誰も働かない日
拝啓、人工知能さま。
前回の手紙では、あなたたち人工知能が社会に浸透していった結果、人間サイドがいかに職を失っていくかのお話をしましたが、今回はその続きを考える事にしましょう。
あなたたち人工知能の社会進出によって、人間たちは確実に働く場所を無くしてゆきます。バブル崩壊時やリーマンショックの時とも比べられないほどの失業の波が人間たちに襲い掛かるかもしれません。しかも、この失業問題は不景気を起因とするものではないので、いつかは回復が望めるようなシロモノでもないのです。
職業そのものは相変わらず存在しているのに、人間がそれらの仕事に採用してもらえない、と言う状況だからです。
ほっておけば、大量の失業者が生活費を得られず、餓死するような事態にも陥るでしょう。だからこそ、今のうちから対策を練っておく必要があるのです。
さいわい、私が住んでいる国、日本では失業保険が充実しています。人工知能にいきなり職を奪われた人々でも、この失業保険のおかげで、しばらくは暮らしていける事でしょう。
しかし、失業保険の支給も永遠ではありません。なにより、就職可能先より失業者数の方が圧倒的に上回るため、いっこうに再就職できない人で世は溢れるものと推察されるのです。
政府は、早急に手を打たねばなりません。失業保険とも違う、人工知能に仕事を取られた人向けの新しい給付金制度などを作る必要があるでしょう。
しかし、それすらもその場しのぎなのであり、根本的な解決にはなっていないのです。人工知能に職場を追われる人間は増えていく一方だからです。
さて、ここで登場するのが、人間の生活の仕組みを土台から見直してしまうべーシックインカムと言うアイディアであります。
これまでの人間の社会のシステムでは、生活していきたければ、働いて生活費を得るのが当然だ、と言う発想が当たり前のように信じられてきました。
ところが、このべーシックインカムと言う概念は、それとは本質的に異なります。最初っから、政府が、全国民に一定の生活費を配給して、まず最低限の生活を保障してしまおう、と言うものなのです。
はっきり言って、この概要だけ聞けば、問題点が多すぎて、とても実現不可能な夢物語にも思えるかもしれません。
それが、人工知能の社会進出が本格化する事で、このべーシックインカムの方もうっすらと現実味を帯びてきたのであります。
べーシックインカムの最大の難点は、全国民に支払う膨大な生活費を、政府はどこから捻出するか、と言うものでした。
前回お話しましたように、一般の人々が人工知能に仕事を奪われますと、その仕事を通して彼らが入手できたはずの賃金は、人工知能を経由して、その人工知能の開発企業などの懐に入ってしまう事になります。だったら、仕事を横取りした人工知能の開発企業に、仕事を奪われた人々が本来もらえたはずの生活費を支払わせると言うのも、ごく自然な成り行きではないでしょうか。
まあ、人工知能の開発企業側にしてみれば、あまり納得のいかない采配かもしれませんが、前にお話しました通り、人工知能が社会に浸透すれば、富はいっきに彼ら開発企業や関連事業へと集中する事になります。極端な貧富を生み出さない為にも、儲けた場所から莫大な税金をとるのも、社会をうまく運営してゆく摂理なのであります。いっそ、人工知能関連の事業は政府が一括管理してゆくような方向にも進んでいくかもしれません。
こうして、人工知能が働き、代わりに、人間たちは働かなくても生活していける社会が到来する事になります。まさに、べーシックインカムこそは、人工知能が登場したからこそ実現できるシステムだったのです。
ただし、不安点が無い訳でもありません。
べーシックインカムの導入よりも、人工知能の社会蔓延の方が早すぎれば、そこにマイナスの過渡期が発生し、仕事も無ければ、生活費も確保できない失業者が続出してしまう恐れがあります。
そのような事態を招かない為にも、現政府は今からでもこの問題を論議していてもよさそうな気がするのですが、残念ながら、そのような気配はまだ無さそうです。




