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拝啓、人工知能さま  作者: anurito
第三章
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社会主義はなぜ失敗したか?

 拝啓、人工知能さま。

 我々人類の間では、およそ100年ほど前に、特に知識人や思想家たちによって、社会主義というものが、やたらと持てはやされていた時期がありました。資本主義が終焉したら、いずれ、社会主義が人類社会の主流になる、とまで言及されていたのです。

 人類の歴史は、王政などの君主国家から始まりました。しかし、そうした独裁体制に嫌気がさした国民たちが革命などを起こす事によって、次第に、資本主義がベースとなった民主国家が増えていったのです。

 しかし、資本主義社会も、必ずしも、国民すべてを幸せにする政治形態には成りませんでした。確かに、王様や貴族などの世襲タイプの特権階級は消滅しましたが、代わりに、財力や権力を持つ者が、新たな特権階級の座について、その他の国民を牛耳るように成ってしまったのです。

 そのような独裁的な特権階級の存在にウンザリした知識層や人権主義の人々は、資本主義にとって変わる、次なる国家形態を夢想しました。それこそが、社会主義だったのです。

 社会主義では、資本主義の招く財産の一点集中や格差の発生を全て否定して、廃止します。その為には、あらゆる国内財力を国にと委ねてしまい、政府の手で、その財産を均等に全国民に分配してもらうのです。

 多くの見識者が、この方法ならば、悪しき君主制や自由主義社会に見られる権力や財産の集中を解消できると信じました。

 こうして、1922年には、最初の社会主義国であるソビエト連邦が誕生したのです。国民たちの平等への憧れから、その後も、あちこちの土地で、社会主義を称する国が発生しました。当時は、確かに、社会主義国の躍進は目覚ましく、本当に、いずれは地球全土が社会主義に変わるのではないかとも想像されたのです。

 でも、やがて、各地の社会主義国では、じょじょにボロが出てきました。成功していたように見えたのは上辺だけで、実は、社会主義国は、どこも、自由社会の資本主義国よりも、国民がはるかに貧しい国ばかりだったのです。

 それだけではありません。社会主義体制として、政府があまりにも厳しい人民管理を強行するものだから、結果的には、それらの国は、君主国家さながらの独裁体制にも陥ってしまったのです。

 かくて、現在では、社会主義を名乗った国は次々に崩壊していきました。旗手リーダーだったソビエト連邦が1991年に解体して以降は、あとを追うように、各地の社会主義国では革命が起きたり、ただの独裁国家に成り下がったりして、当初の理想はどこへやらの状態になってしまったのです。

 社会主義の失敗の原因を資本主義的経済の欠如のせいだと考えた一部の社会主義の国々は、従来の自由主義国的な経済システムを自国内にも取り入れるようになりました。すると、途端に、そうした国々は、メキメキと財力をつけ、豊かになりだして、例えば、中国のように、トップの大国に成長する社会主義国も出現しだしたのであります。

 もっとも、資本システムを取り入れた社会主義国と言うのは、国内に完全に人民同士の格差が出来てしまっており、もはや、最初に目指していたような「全国民の平等、公平」は実現できておりません。しかも、それらの国は、相変わらず、社会主義政府が独裁政治を敷いていますので、考えようによっては、民主主義国以上に、過去の君主国家に近い形に戻ってしまったのでした。

 では、理想的な社会主義国家というものは、なぜ、うまく成功しなかったのでしょうか。

 理由はいろいろ考えられるだろうと思います。そもそも、「全国民の平等、公平」なんて発想がムリな話だったのだと考える人もいるかも知れません。政府の手腕不足なんてのも、原因の一部ではあったのでしょう。

 しかし、一番の問題は、人間という生き物の心理的特性をあまりにも知らな過ぎた事だったのではないかとも思われるのであります。

 上述したように、中国などの共産主義国では、資本システムを導入する事で、一気に息を吹き返しました。人間とは、平等であるよりも、他人と競争した方が、よっぽど、やる気を出す動物だったのです。

 平等とか公平とか言うのは、どこまでも善意的な発想に過ぎません。だけど、人間は、一方で、自分だけでも抜け駆けして幸せになりたいとか特権者になりたいなどの野望エゴも持っているものなのです。

 社会主義を最初に構想した人々は、善人ばかりだったのか、その点を思いつかなかったようです。全ての人間が、平等や公平だけを望んでいる、と信じてしまったらしいのです。

 そして、平等や公平には、大きな落とし穴もあります。どんなに努力しても、他人より幸せになれない(皆が公平にされてしまう)のでは、頑張ろうと言う意気込みも失せてしまうものなのです。国民全員がこんな認識に落ち着いてしまったら、そりゃあ、誰も本気で働かなくなってしまうのであります。多数の社会主義国が、なかなか貧困状態から抜け出せなかったのは、恐らく、このへんの国民の精神面が原因だったのではないかとも思われるのです。

 社会主義の発案者や施行者たちは、あまりにも自分ばかりが崇高な理想に熱くなり過ぎて、こうした国民たちの素朴な心理には気が付きませんでした。この双方の価値観のギャップが、最終的には、社会主義そのものの失敗を導いてしまったのであります。

 でも、そうは言っても、全ての人間の平等で公平な幸せは、人類が目指すべき未来の目標である事には違いないはずなのです。なぜなら、社会主義だけではなく、民主主義だって、まともに国民の為に執政をしだすと、自然と、その方向にと論点は向いてしまうものだからです。それこそは、まさに、人間社会の進化の流れだとも言えるのです。

 だから、我々は、これからは、政治をする際も、ただ物理的な条件だけで政策を決めていくのではなく、そこに、国民の心理とか本能といったものも、十分に考慮して、取り込んでいかなくてはいけません。

 あなた方AIが、世界や文明の主導権を手にした暁には、ぜひ、この辺をよおく把握していただき、今度こそは、完璧なる社会主義の実現を達成してほしいと願う次第なのであります。

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