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拝啓、人工知能さま  作者: anurito
第二章
53/99

コロナの第四波に向けて

 拝啓、人工知能さま。

 2021年の2月中旬、我が国・日本でも、やっと、皆に待ち望まれていた新型コロナのワクチンの接種が始まる事となりました。

 ところが、こんなギリギリになって、とんでもない事が発覚したのでした。すなわち、このワクチンは、病気の発症、重症化を防ぐ効果は確認されたものの、他人への感染を阻止できるかどうかまでは、よく分かっていないと言うのです。

 多分、ほとんどの人間の方々は、ワクチンさえ打てば、もう、コロナにかかっても、別の誰かにうつす心配はなくなると期待していました。つまり、マスクや消毒などの感染予防も要らなくなると言う事です。

 ところが、そうではなかったのです。これからも、自分の身の心配は無くなっても、人にうつす不安は残り続けるのであります。だから、今まで通りの、コロナ対策の万全なる感染予防を行なった生活を続けないといけないと言う事になったのでありました。

 人間たちが一番望んでいたのは、自分自身がコロナの発病で苦しまなくなる事ではなくて、ほんとは、一切の感染予防をやらないで済むようになり、コロナ以前のような伸び伸びとした日常に戻る事だったに違いありません。

 しかし、その夢は、ワクチンだけでは叶わなかったのです。のみならず、ワクチンによる集団免疫獲得の話だって、ちょっと怪しくなってきました。

 これまでの理論では、構成員の7割ぐらいがウイルスの抗体を手に入れれば、集団免疫が可能になると言われてきたのですが、もし、コロナのワクチンを打っても、人にうつしてしまう恐れがあると言うのであれば、ワクチン接種者は、全然、コロナ感染の防御壁にはなってくれない事になります。ワクチンを接種した人が、どれだけ居ようと、コロナは皆にうつりまくるのです。ただ、新型コロナによる致死率、発症率がぐんと下がると言うだけの話です。皆に感染しまくっても、それもやむを得なしとして社会の活動を継続していくのであれば、それこそ、in コロナの時代だとも言えるのではないのでしょうか。

 果たして、我らがワクチン作戦は、どうなってしまうのでありましょう?

 でも、実を言いますと、世界全体の状況といたしましては、新型コロナの感染拡大は、現在、次第に収束にと向かいつつあります。後世、その理由は「ワクチンの接種が始まったからだ」とか「都市封鎖ロックダウンなどの強力な感染対策が功を奏したのだ」とか言われる事になるのかもしれませんが、それは、現実には正しくありません。各国の実情と照らし合わせてみた限りでは、ワクチンとも感染対策の強化とも関係なく、それらが行なわれる以前から、すでにコロナの収束は始まり出していたみたいなのであります。

 例えば、インドは、一時は、新型コロナの感染被害が世界二番めにまで膨れあがったのですが、昨年9月ごろから、その新規感染者数が急速に減り始めました。それは、もちろん、ワクチン接種が始まる前の話でしたし、それ以前は厳重な都市封鎖ロックダウンを施行しても、まるで効果がなかったと言うのにです。現在(2021年2月)では、インドの新規感染者数はピーク時の7分の1にまで減っています。その理由は、いまだに、はっきりした事が判明していないのであります。

 そして、このような奇妙なコロナ感染者急減の現象が、日本やインドだけではなく、他の多数の国においても、確認する事ができるのです。

 実際には、この現象は、今回だけの話ではありませんでした。前にも触れました(「総括!コロナをめぐる近未来」)が、コロナの第一波の時も、どうやら、本格的な感染対策を開始する前から、新規感染者数は自然と減り始めていたらしい、と言うデータが提示されているのであります。

 さらに、もっと過去にまで振り返ってみますと、1世紀前に大流行したスペイン風邪ですら、その大規模感染が、十分な対抗策も確立する前に、なぜか、その被害が収束した件に関しては、詳しいメカニズムは未だに解明されていないままなのです。あるいは、ほんとは、歴史上の多くの感染症の収束に、同じ現象が当てはまっていたのかもしれません。

 この謎をとく鍵として、学者たちが真っ先に注目したのが、集団免疫の仮説でした。これらの学者は、伝染病が激しく蔓延しすぎた結果、皆が十分な抗体を手に入れて、それで、いつも、伝染病のそれ以上の拡大を防げるようになるのではないか、と考えてみたのです。

 ところが、今回、新型コロナの流行を対象にして、最新の医学で詳しく調べてみたところ、意外なデータが得られてしまいました。

 あちこちの国で調査してみても、コロナ感染の収束地では、集団免疫に必要なだけの抗体を持った人数は見つからなかったのです。東京でも、昨年12月に、大掛かりな抗体検査が行なわれて、都民のどのくらいが、すでに新型コロナの抗体を持っているかの数値が割り出されましたが、それは僅か1パーセントでした。集団免疫を実現させるには、構成員の7割ぐらいは抗体を持つ必要があると考えられていますので、これでは全然足りないのであります。にも関わらず、それから一ヶ月後には、東京のコロナ感染者数は一気に激減しだしているのです。

 同じ事は、その前にも、スウェーデンでも起きていました。スウェーデンは、ここでも何度も紹介してきましたように、意図的に、集団免疫を得ようとして、わざとコロナの感染対策を緩める作戦を施行してきました。その結果、いったんは、コロナの感染拡大も収まったのですが、その後、抗体検査で調べてみたところ、何と、こちらでも、国民内の抗体保持者は6パーセントぐらいしか見つからなかったと言うのです。

 これで、当初の、集団免疫理論も大幅に崩れてしまいました。スウェーデンのコロナ対策班は、現実の方を優先して、「集団免疫を手に入れるのに、7割も抗体保持者は必要なかったのだ」と言いだしちゃったぐらいです。もっとも、その後、スウェーデンには再びコロナ感染の新たな波が押し寄せ、集団免疫を会得したなどと言うのは、全くの夢の夢だったと分かったのは、史実が示す通りなのであります。

 前にも書きましたが、コロナの感染には、どうも、波があるみたいなのです。現在は、世界規模で、コロナの波が低下し始めています。でも、それに満足して、完全にコロナは収束したなどと油断したら、またもや、巨大なコロナの波に襲われて、手痛い被害を受けてしまう事にもなりかねないでしょう。

 我々は、やはり、このコロナの波のメカニズムを、ある程度、解明しておくべきなのではないかとも思われます。

 私が、このコロナの波の正体を解くために、新たに注目した点は、社会における人間の行動範囲というものです。別に、「皆が活発に動きすぎると、その分、コロナも広く拡散されてしまう」みたいな単純な事を指摘しているのではありません。私が考えているのは、「人は、集団生活をしていると言っても、実は、諸個人の行動範囲は、意外と狭いのではないか」という、独自の概念なのです。

 そもそも、新型コロナは、人と人との近接がなければ、ほぼ感染する事はありません。だから、その感染拡大を防ぎたければ、「人と人との接触機会を減らせばいい」という事になり、実際に、自粛や都市封鎖ロックダウンなどの対策が、目に見える効果を上げているのです。

 しかし、現実には、自粛や都市封鎖ロックダウンで遮断しないといけないほど、全ての人間は密接に関わりあっているものなのでしょうか。

 そこで、私は、こんな風に考えてみます。

 ここに、Aさんと言う人がいたとします。Aさんは、家族やら、職場やら、友人関係など、多数の集団コミューンに属しています。だから、もし、Aさんが新型コロナの保菌者だとすれば、これらの関係者全員にもコロナをうつしてしまう可能性があるのであり、場合によっては、クラスターも発生するのです。

 だけど、Aさんの近くに住んでいたとしても、Aさんと全く接点のない人たちも沢山いるのであります。例えば、Aさんの家の隣人がそうです。Aさんが、近所づきあいを軽視するような人でしたら、その隣人は、Aさんの集団コミューンの中には含まれませんので、Aさんから直にコロナをうつされる恐れはない訳です。

 もちろん、隣人だって、Aさんの身内の誰かとは親しくて、その人からうつされる危険はあるでしょう。でも、少なくとも、1クッション、2クッション以上、間を空ける分、Aさんの直接の関係者よりは、コロナに感染する確率は、はるかに低いのであります。

 大体、Aさんがコロナ保菌者だと分かった時点で、その周辺の隔離処置は始まります。すると、Aさんの関係者も行動を制限されますので、彼らからコロナをうつされる確率は、ますます薄まるのです。いわゆる、Aさんクラスターは、Aさん集団コミューンだけで収束するのであります。つまり、日本の、濃厚接触者を追跡する形のコロナ対策は、めちゃくちゃ、有効で効率的だった訳です。

 もっとも、積極的に、Aさん集団コミューンを囲い込まなくても、元から、その集団外にまでコロナが伝播する可能性は少ないのではないか、とも推察されるのであります。

 仮に、Aさんの趣味がキャンプだったとしましょう。だとすれば、インドア系のゲーム好きのBさんは、Aさんと接点がないだけではなく、Aさんのキャンプ好きの友人集団そのものとも関わりあう事がないのであります。すなわち、Aさん集団コミューンとの交流がないから、最初っから、彼らからコロナをうつされる可能性自体、無いと言う話になってくるのです。

 案外、社会全体が、ほんとは、そんな感じなのかもしれません。社会の構成員の全てが、皆、均等に密接に関係し合っているのではなく、人によって、その関係性の濃いグループは異なっているのです。反対に言うと、関係のないグループの人々とは、まるで接点がないのです。

 だから、あるグループの構成員であるAさんが、コロナにかかったとしましょう。すると、Aさんの関係するグループの中には、いっせいにコロナが広まってしまいます。しかし、その外部にいるグループにまでは、コロナは伝染しにくいのです。そして、Aさんグループの全体に、一通り、コロナが行き渡ると、それ以上は他人には感染させないので、あとは、感染拡大は勝手に収縮していく事となるのです。

 これが、私の行き着いた、コロナ感染に波がある現象の正体です。

 このへんの仕組みが本当に正しいのかどうかは、あとは、社会行動学者が実地で調べてみたり、あるいは、あなた方AIが数値的に分析してくれる事で、やがて、はっきりした事が判明するのかもしれません。

 もちろん、この私の発想に、異を唱える人も多い事でしょう。そうした方たちは、「全くのアカの他人でも、同じ場所にいたら、ウイルスをうつしてしまうのではないか」と指摘するのではないのでしょうか。

 しかし、皆が恐れているほど、コロナの感染力は高くはないのであります。コロナ保菌者のウイルス排出部位は、ほぼ、その人の口なので、その人が口さえ塞いでいれば、まず、ウイルスが外に漏れる事はないのです。だから、アカの他人が大量に密になっているような場所でも、これまで、ほとんどクラスターが発生する事はなかったのです。

 劇場がそうでしたし、パチンコ店がそうでしたし、スーパーがそうでした。これらのお客は、いずれも、全くのアカの他人ばかりだから、余計な口を聞く事もないので、コロナ保菌者の口からウイルスが飛び出る事もなかったのです。しかも、皆さん、注意して、マスクも外さないようにしてますので、ますます、口からコロナが飛び散るような事はなかったのであります。舞台などで、たまに、クラスターが発生する事はありましたが、大体は、舞台出演者中心のクラスターでした。観客の間だけでの感染ではなかったのです。

 このように、施設内に大量にアカの他人が集合していても、滅多にクラスターにはならない訳ですから、ましてや、野外で、道を歩いている最中に、通りすがりのコロナ保菌者からウイルスを貰ってしまうなんて事は、まずまず、考えられないのであります。

 以上のように、これまで判明してきた話をつなげていけば、コロナの感染ルートの、そのほとんどは、身内からだったと言う事になります。一見、どこからウイルスを貰ったか分からないように見えても、本当は、やっぱり、思い当たる節があるはずなのです。感染ルート不明に振り分けられているコロナ保菌者だって、実際は、忘れているか、都合が悪い事があって、感染ルートを隠しているケースばかりなのです。

 だからこそ、ガッチリと濃厚接触者を調べ上げていくのは、コロナ感染を収束させる手段としては有効なのだし、その施行が多少はズサンだったとしても、その身内の間だけでクラスターが発生すれば、その外部集団にまでは感染は広がりませんので、コロナの波は、きちんと自然に引いていくのであります。

 ただし、濃厚接触者の囲い込みが甘いと、やはり、若干の身内の外へのコロナ漏れも起きてしまう事になり、そこから、また、ジワジワと、別の集団での感染が継続されていく事になります。コロナの新規感染者を十分に減らさないままに、感染対策を緩めてしまうと、すぐさま、リバウンドが起きて、コロナの波が再び大きくなってしまうのも、その為です。

 各国の現行の政府は、これまでの苦い経験から、このリバウンドを恐れています。それゆえに、現在いまは、ワクチン接種が始まったにも関わらず、厳しい感染対策をすぐには緩めないようにしているのです。特に、我が国・日本は、この夏はオリンピックを控えています。ここまで来たら、もう、国の威信をかけて、オリンピックは開催するしかないので、なおさら、自国内のコロナの収束には、ピリピリしているのであります。

 もっとも、今のような、ムチャな自粛政策を続けていれば、やがて、赤字になった会社やお店が、ボロボロと潰れていって、結果的には、日本経済そのものがズタズタになってしまう事でしょう。

 果たして、自粛ばかりするのではなく、なにか違う、より良い方法でも無いものなのでしょうか。

 これについても、今の私は、次のような考え方をしております。

 これまでの各国のコロナ対策では、人と人との接触を断つ為に、場所を制限する事ばかりを考えてきました。だから、極端な形だと、お店の休業とか都市封鎖ロックダウンとかになってしまったのです。確かに、これでも、感染の封じ込めには効果があるのですが、同時に、経済活動全ても圧迫して、衰退させてしまいます。

 だからこそ、これからは、場所の制限ではなく、行動の制限へと切り替えていって、コロナ感染の危険性のない場所については、広く開放していっても良いのではないかと思われるのであります。

 実際に、我が国では、自粛の実現度の目安として、町の主だった通りに、どの程度の市民が出歩いているかがチェックされてきました。すると、2度目の緊急事態宣言の時は、最初の緊急事態宣言の時よりも、町での人出は、はるかに多かったのです。にも関わらず、現状では、コロナ拡大の波は無事に収まり始めています。前述したように、アカの他人同士の人ゴミについては、コロナ感染と全く関係がなかった事を示唆しているのではないのでしょうか。

 だから、よけいに場所の制限をしてしまう必要もないのです。あちこちの場所を開放したって、ウイルスを感染させる危険のある行為だけを制限すれば、十分な感染対策にはなるのです。この行動制限にだけ限定する事で、さまざまな事業やお店も、全面的な活動休止をしないで済むようになり、経済も、ある程度、元の状態にまで戻せるようになる訳です。

 ここで重要になってくるのが、組織や事業者側ではなく、諸個人の心掛けという事になってきます。

 場所の方が、どんなに熱心に感染対策を施行してくれていても、その使用者の方が、たった一人でも、そのルールを守ってくれなければ、そこから、結局はコロナ感染が広がってしまう事になります。このルール違反者を絶対に出さないという事は、場所の提供者側の努力だけでは限界があるのです。ずる賢くルール違反を犯そうとする、その本人を何とかしない事には、それは無くせないのであります。

 なぜ、感染対策にきちんと従ってくれない人がいるのでしょうか。彼らのせいで、ますます、場所側ばかりが悪いような言われ方をされて、場所側がさらに厳しい制限を受けさせられて、あげくは、廃業に追い込まれるような事にもなってしまうのです。いっちばん悪いのは、ルール違反をする一部の個人なのです。彼らこそが、真の、感染拡大を引き起こしている元凶なのです。

 その事を、我々は正しく認識しなければなりません。それこそが、確実に感染対策を成功させて、コロナを駆逐させて、再び、コロナのない社会を築くための第一歩なのです。

 まず、コロナのことを舐めてかかって、最初っから感染対策のマナーを守る気のないような連中は、問題外です。そんな奴らには、情けをかける必要もありません。ガンガン非難してやっていいのです。そんな風に責め立てられてしまうのも、彼らの自業自得です。責められるのが嫌なら、彼らだって、じょじょにルールに従おうという気持ちにもなってくるでしょう。意固地になって、より感染対策に反抗する人もいるかもしれません。でも、逆らったところで、彼らには何の得もない訳ですし、いずれは、感染対策に従った方が正しい事も理解してくれるでしょう。このへんは、時間の問題かと思います。

 間違っても、連中に同情して、少しでも妥協したりしてはいけません。そんな事をしたら、連中はいきなり図に乗って、ますますルール違反をやりまくるのです。その結果、相変わらず、ウイルスの感染は収まらなくなり、いつまでも他の皆も感染対策をやり続けないといけない事になってしまうのです。

 ただし、マスクをするとアレルギーを起こすなど、正当な理由があって、ルール違反をせざるを得ない人たちも居ます。でも、そのような人たちとは、丁寧に話し合って、特別ルールを決める事もできるはずでしょう。感染対策を推奨する我々だって、鬼ではないのです。明確な理由を提示してもらえれば、それに沿った融通は利かせる事ができるのです。

 問題は、こうした特殊例に便乗して、感染対策そのものを否定する方向に話を持って行こうとする連中でしょう。いわば、最初に紹介した、わざとルールに従いたくない連中です。このような奴らの口車に引っかかってはいけませんし、連中と本物の特殊なケースの人々とは、十分に区別していかなくてはいけません。

 そして、上記した種類の人間とも違う、感染対策をきちんと守れない人たちと言うのも居るのです。それが、惰性で感染対策に従っている人々です。実は、このパターンで、うっかりルールを守れていない人たちと言うのが、一番多いのです。

 彼らは、確かに、それなりに感染対策のマナーには従ってくれています。だけど、その意味とか理由とかが、しっかりと分かっていないものだから、肝心なところでルール違反を犯してしまい、コロナの感染に貢献してしまうのです。あるいは、行為を守る事ばかりに夢中になって、核心部分が分かってないものだから、どこかズレた自粛警察やらマスク警察などに変貌して、よけいな迷惑を周りに振りまいてしまったりもするのです。

 ただ、そんな彼らのことを、頭ごなしに非難する訳にもいかないでしょう。彼らは、正確なことを知らないだけなのです。だから、言われた事に忠実になっているだけなのであり、知らない部分については、困った方向に暴走してしまったりもするのです。彼らもまた、考えようによっては、気の毒な被害者なのです。

 だからこそ、今後のコロナ対策として重要なことは、もっと、各個人が新型コロナに関する正しい知識を知ることなんだとも言えましょう。政府も、国民に自粛する事ばかりを強いるのではなく、そのような国民に学ばせる方向に力を注いでいくべきなのではないかと思われます。

 ほんとは、日々のテレビでのニュースや報道番組を観るだけでも、かなりの詳しいコロナの知識は手に入るのですが、多様化した現在では、テレビのニュースもろくに観ない人も少なくありません。彼らは、個人の自由として、コロナのニュースなどには目を向けず、自分の好きな情報ばかりを漁ってしまいます。その結果、知らないものだから、惰性だけで感染対策を行なって、先入観だけでコロナを中途半端に恐れて、最終的には、災いを振りまく側にと身を置いてしまうのです。

 でも、彼らにだって、自主的にテレビでコロナのニュースを観る義務はありませんし、政府側にも、彼らに無理やりコロナのニュースを観せる命令権はありません。

 だからこそ、学校とか職場などで、コロナに関する講習会を開くような方向に持っていったらいいのではないのでしょうか。それでしたら、多くの人がそれに素直に従うしかなく、その講習会から、皆が、対等に、コロナの知識を得られるようになります。

 さらには、一般向けのコロナの講習会も、市内で頻繁に開く事にして、自分から聞きに来てくれた人には、逆に報酬を支払うようなシステムにすれば、より多数の人に講習会に参加してもらえるのではないかと思います。

 こうやって、国民全員が同じだけの詳しいコロナの知識を得て、感染対策に臨むのです。そうすれば、惰性でズサンなコロナ予防をしていた人も、ぐんと減るはずです。間違った知識で、自粛警察になってしまう人も居なくなっていく事でしょう。だから、何でもかんでも自粛してしまうのではなく、コロナ感染と関係のない部分については、解放できるようになり、少しずつですが、経済活動も元に近い状態へと戻せるようになっていくのです。

 もしかすると、また到来するかもしれないコロナの第四波を前にして、今のうちにやっておかねばいけない事は、まだまだ、沢山あるのです。

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