表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓、人工知能さま  作者: anurito
第二章
46/99

総括!コロナをめぐる近未来

 拝啓、人工知能さま。

 今、我が国日本では、コロナの収束を十分に確認する事もなく、各種の経済活動を元のレベルへと戻そうとし始めています。東京も「Go To トラベル」の対象区域にと加え、イベント類の参加可能な観客数も大幅に上げようとしているのです。(2020年9月末)

 はて、なんともデジャヴを感じる状況でもあります。確か、5月に、コロナの第一波が落ち着きを見せて、緊急事態宣言が解除された時も、こんな感じだったと思うのです。恐らく、多くの人間(日本人)の方々も、同じ事を思っているのではないのでしょうか。

 きっと、政府は、新型コロナの完全駆逐を行なって、日本をAグループの国にする事は完全に諦め、いかに、コロナの感染被害を低水準で抑えて、経済活動と両立していくかの方に、ほぼ政策をシフトしたものと思われます。つまり、コロナと共存していく道を選んだのです。

 まあ、それなら、それでもいいでしょう。しかし、あまりコロナを甘く見すぎるようだと、必ず手痛い目にあうであろう事だけは、きちんと注意しておいた方がいいかもしれません。

 5月の末に第一波が過ぎ去った頃、国内のコロナ感染者の数(陽性者の発見者数)は、もう20人以下にまで押さえ込まれていました。ただし、これは徹底した自粛を行なったゆえの成果でもあります。

 現在(9月)は、ようやく第二波のピークを超えたと言われているのですが、それでも、一日の新規のコロナ感染者数は、500人前後の日々が続いており、なかなか、それ以下に順調に下降していく気配は見えないようです。今回は、大掛かりな自粛は行なっていませんので、あるいは、現状程度のコロナ対策では、感染を押さえ込むのは、この辺までが限界だという事なのかもしれません。

 ただ、そうなりますと、この先、コロナ対策の規制を色々と緩和していきますと、最低限に押さえ込める新規コロナ感染者数と言うのは、明らかに、現在よりも底上げされてしまうだろうと言う事になります。果たして、現日本政府は、そこまで十分に念頭に置いた上で、コロナ対策の規制を緩めていくつもりなのでしょうか。

 確かに、今のところは、病院も医療崩壊を起こさずに、どうにか機能はしています。だけど、万が一、コロナ感染者が急速に増えてしまった場合は、それでも、あちこちの医療機関が無事に稼働していけるのかどうかは、まだまだ何とも言えないのです。

 また、コロナは、積極的な感染対策を行なわなくても、自然と収束していくものだ、と言う憶測もあったようなのですが、これも、あまり期待をかけ過ぎるべきではないでしょう。

 なるほど、第一波の時は、緊急事態宣言の自粛が始まる前から、感染のヤマがすでに下降し始めていたかのような、感染グラフの数値は出ていました。でも、この感染者数の減少が、本当にそのままゼロになるまで継続していたとは、とうてい考えにくいのです。と言いますのも、現在の第二波の感染者数の減少は、前述したように、500人前後のあたりで、すっかり停滞しております。そもそも、コロナの感染者数の増減には波があり、その波は、ほっといても上下するものだし、そこへ感染対策を上乗せすれば、さらに、感染のヤマの下降を促進できると考えてみた方が、どうやら、考え方としては正しそうな感じがする訳です。

 だから、外国のコロナ感染状況を見れば分かりますが、コロナ対策が不十分な国は、多少は、感染者数の波は上下しますが、基本的には、新規感染者数の底値は高止まりしたままで、ずっと現状維持を続けていますし、または、強力な感染対策をあえて避けてきた、あのスウェーデンも、結局は、200人前後の新規感染者を毎日、出し続けている状況で、ここ最近は滞っているのです。

 そもそも、スウェーデンの人口の少なさを考えますと、新規感染者の底値がこのぐらいなのは、むしろ、ごく自然な数値だったのだとも言えましょう。だって、スウェーデンの総人口は1000万人で、東京都の人口は1300万人なんですから。現在の東京の一日の新規感染者数もおよそ200人か、それより、やや低めなので、もしかすると、感染対策が少し充実している分、東京の方が、スウェーデンよりも、コロナの押さえ込みはうまく行っている方なのかもしれません。

 では、コロナの駆逐にほぼ成功しているAグループの国(台湾、中国、ニュージーランドなど)はどうなっているのかと言いますと、やはり、それらの国と言うのは、かなり強力な感染対策を徹底させていた国家ばかりなのであります。しかも、それらの国は、日本やヨーロッパの幾つもの先進国みたいな、最後の詰めの甘さを見せませんでした。新規感染者数が一ケタまで落ち込んでも、なお感染対策を緩めず、国内のコロナが十分に消え去るまで辛抱したからこそ、現在のコロナ一掃状態を手にいれる事ができたのです。

 やはり、楽をして、コロナ被害を全て収拾させようなんて、都合のいい話は、期待できそうにない訳です。


 さて、続いて、コロナの感染対策をどこまで緩めても大丈夫か、と言う話に移る事にしましょう。

 新型コロナが流行し始めた今年度の初めの頃と比べると、このウイルスの性質も、だいぶ分かってきました。

 コロナ保有者が、他人に感染させやすい時期とか、コロナを撒き散らす距離とかが、かなり具体的に割り出されてきましたので、コロナの陽性者が見つかったとしても、その接触者全てが感染している危険性を疑う必要もなくなってきたのです。これは、とても有益で画期的な発見です。これまでのように、闇雲に、人と人との接触を禁止しまくる必要がなくなってきたのです。

 よって、そうしたデータを根拠にして、我が国でも、イベント類の観客数の制限をかなり緩め始めたのですが、実は、ここにまだ、若干の不安要素が残っています。

 と言いますのは、上記したコロナ感染の危険性の目安というのは、あくまで、過去の一般的な感染データから導き出したものなのであり、科学的実験を行なって、学術的な統計をとって、導き出されたものではないからです。特に、イベント会場におけるコロナ感染の実際については、ほとんど資料が存在していません。

 もちろん、だからこそ、日本とかヨーロッパでは、感染対策を完璧に施したイベント会場を満席にしてみて、クラスターが発生するか否かの試みも開始していて、そのほとんどは、クラスターが起きないと言う結論に達しているのですが、実は、これらの挑戦も、やや問題点アリなのです。

 と言いますのも、もし、観客の中に、コロナ感染者が一人も居なければ、最初っから、クラスターなど発生するはずも無いからです。コロナ感染者が居ない満席状態ならば、もはや感染対策を全く行なっていなくても、絶対に観客全員が平気なのであります。

 上述したイベント会場の満席の実験の数々につきましては、この部分の疑惑点がどうだったのかが、はっきりしておらず、観客の中に、そもそも、コロナ感染者がまるで居ないのでしたら、そんな実験で会場内感染が起きなかった事を確認したところで、あまりに無意味なのです。

 だからこそ、本当は、わざと、イベント会場内に、確実なコロナ感染者を混ぜておいて、同じ実験をすべきなのですが、これは、リスクが怖すぎて、とても、誰も着手しないでしょう。つまり、結局のところ、イベント会場を満席にしても、コロナが感染しないと言う事の立証には、まだ至っていないのであります。

 にも関わらず、我が国(日本)では、もう、イベントでの観客制限の緩和に踏み切ってしまいました。だけど、歌舞伎の会場なんかは、満席を許可されたにも関わらず、やはり、場内感染が起きるのを警戒してしまって、相変わらず、観客数を減らした形で開催してしまった有様です。まあ、興行主としては、お客の生命が一番大切なので、それが当然の判断なのでもありましょう。

 とは言え、今回の政府の決定した観客数制限の緩和を、喜んで受け入れて、早くも、大量に観客数を増やしてしまったイベント会場だって、決して少なくはありません。場合によっては、こうして、政府の指示に実直に従ったイベント先が、本番をいきなり、イベント会場でのコロナ感染の状況を分析する為のデータとして、役立てられてしまう、と言う事にもなりかねないのであります。


 さあ、それでは、コロナにかからない為のより確実な方法とは、何なのでしょうか。これにつきましても、私は、今まで、本エッセイのあちこちで、それとなく指摘してきました。

 コロナに感染するかどうかは、実際には、確率の問題なのです。

 感染対策を充実させれば、それだけコロナにかかる危険性は軽減されます。しかし、完全にゼロになる訳ではありません。コロナ患者を専門に扱う医療従事者ぐらいの徹底した防備をすれば、そりゃあ、絶対に感染の心配はないかもしれませんが、市販の普通のマスクや消毒液ぐらいでは、まだまだ、ウイルスに突破されてしまう恐れが残っています。

 大体、病院でも、頻繁にコロナのクラスターが起きてきたのです。これは、最初っからコロナ患者を扱った病院においてではなく、主に、通常の病院で、一般の患者の中にコロナ患者が混ざっていたから発生したクラスターでした。我々庶民より、はるかに感染対策に通じているはずの医療従事者でも、一般的な感染対策の装備だけでは、やっぱり、コロナにはかかってしまうのであります。

 でも、だからって、マスクや手洗いをしたって、結局は意味がない、と言っているのではありません。もし、これらの感染対策を止めれば、格段と感染リスクは上がってしまうのです。確実に、ウイルスがうつってしまうと言ってもいいでしょう。だから、感染対策を軽視しすぎる意見は、実はとんでもなく危険なのです。ほんと、テレビなどに出ているタレントや有名人などには、無責任に、こうした意見を撒き散らしてほしくないと思うのであります。

 しかし、困った事に、感染対策を怠っている人間が、全員、コロナにかかっているかと言うと、そうでもないのです。それで、なおさら、マスクも手洗いも過剰な感染対策ではないか、と思い込むような連中が出てきてしまい、せっかくの感染対策が行き渡った社会環境が崩れてしまったりもするのです。

 コロナにかかるかどうかは、残念ながら、本人の努力だけではなく、運にも大きく左右されています。だから、私は、さっきから、確率の問題だと言っているのです。つまり、ギャンブルみたいなものなのです。

 宝くじは、努力をするだけでは当たりません。最後は幸運に祈るしかないでしょう。ただし、宝くじを何枚もいっぱい買っておけば、少なくとも、当たる確率は上がります。すなわち、コロナの感染対策とは、この「くじをいっぱい買っておく」行為に相当するのです。でも、くじを大量に購入しておいても、あまりに運が悪ければ、全部が外れもします。感染対策していても、やはりコロナにかかってしまう、と言うのと同じ理屈なのです。

 多分に、コロナ対策とは、ギャンブル的だとも言えましょう。だから、どうしても、感染対策に対する考え方に、個人差が出てきてしまいます。堅実な人は、いっぱい感染対策をして、コロナにかかる確率を下げようと考えますが、勝負好きな人間は、運に任せて、感染対策を疎かにしてしまったりするのです。

 つまるところ、コロナのウイルスがそばに無ければ、コロナにかかる恐れは絶対にありません。さらに、コロナ保有者がいたとしても、ウイルスを他人にうつしやすい期間というのも、だいぶ判明してきていて、その期間というのが、意外と短い事も分かってきました。だから、運悪く、他からコロナをうつされてしまう危険性の確率というのは、思った以上に低いものなのです。

 東京都には、現在、2万5千人ほどのコロナ感染者が確認されています。そのまま当てはめてみるのは、実際には正確ではないのですが、仮に、東京の全人口(1300万人)の中での比率を出してみますと、520人に1人しか、コロナ感染者はいない事になります。何となく、コロナ保有者と鉢合わせになってしまう可能性とは、ほんとは限りなく低いのです。クラスターなどで、コロナ感染者は一箇所に集中していたりもしますので、それ以外の場所にいる人は、ますます、コロナと接触する機会は少ない事になります。

 これが、つまりは、コロナ感染のカラクリの基本的な秘密です。

 市内に潜んでいるコロナ感染者が少なければ、それだけ、他の人もうつされるリスクは低くなります。コロナ保有者が混ざっていないような三密のど真ん中でしたら、感染対策をしてなかろうと、全く安全なのです。

 だけど、その事が、思慮の浅い人たちに勘違いをさせます。そもそも、感染対策なんてしなくても、コロナはうつらないのではないか、と誤解させてしまうのです。

 そうやって、多数の人が、感染対策を緩めてしまうと、万が一、コロナ保有者と接触した時の感染リスクが思いっきり上昇してしまい、そのようなケースが増える事によって、コロナをうつされる人自体がどんどん増加していく事となるのです。感染者が多くなれば、そのまま、市内の感染者の比率も高くなり、同時に、コロナ保有者と出会いやすい確率の高さにも繋がっていきます。

 このような事が互い違いに繰り返されていく事によって、ついには、都市内の全体にコロナが広がってしまう事になるのです。こうして、地球上の多くの地域が、コロナのパンデミックになってしまいました。これは、現在進行形の話でもあります。

 我々人間は、どうしても、感覚的にものを考えがちなので、このような話を聞かされても、いまいちイメージが湧かなくて、感染対策を徹底する事の大切さをつい見くびってしまう人も多いのかもしれません。むしろ、あなた方AIの方が、論理的に計算して、この感染の仕組みを正しく理解しやすいのではないのでしょうか。


 感染対策をしているかどうかとは関係なく、コロナが少しでも市内で見つかってしまった場合は、今度は、このコロナを排除していく作業を行なわなくてはいけません。その究極的な方法が、都市封鎖ロックダウンだったり、住民全員にPCR検査を受けさせて、コロナ保有者を全てを洗い出すと言ったものなのですが、これらは大きなデメリットも伴いますので、頻繁に、どこででも実施できるものでもないでしょう。

 だから、自粛をさせる区域や検査をする範囲を限定的に絞っていく事となります。各国は、現在、このへんの範囲の絞り方に頭を悩ましている最中なのであり、幾つかの国は、すでに失敗もしております。

 さて、我が国日本はどうなのでしょうか。

 日本の場合は、大掛かりな都市封鎖ロックダウンは行なわず、PCR検査の規模も意図的に狭めてきたのですが、その結果として、コロナの第一波が過ぎ去った後、ほとんど、ひと段落の期間を経ずに、第二波に突入する事態を招いてしまいました。もっとも、この第二波は、恐れていたほど、社会を混乱させる事も無いうちに沈静化しつつあり、ある意味、日本の戦略は他国のものより優れていたとも言えたのかもしれません。

 特に、日本では、諸外国から非難されるほど、PCR検査の施行範囲を狭めていました。しかし、もしかすると、それで十分だったのかもしれなかったのであります。

 外国のPCR検査の実施方法のスタンダードは、とにかく、コロナにかかっている疑いがあるかどうかとは関係なく、国民を片っ端からPCR検査にかけてみて、無症状のコロナ保有者まで洗い出して、ウイルスの国内での拡散状況を調べ上げながら、コロナを締め出していく、と言うものです。

 独裁国家の中国などは、コロナ患者が見つかると、その患者がいる地域すべての住民のPCR検査を行なって、完璧にウイルスを取り除いてしまうという徹底ぶりであり、コロナをほぼ駆逐し尽くした今となっても、まだ、このやり方を続行しています。確かに、ここまで行なえば、一番安心できるかもしれませんが、非常に効率が悪く、ロスが多い事も否定はできないでしょう。特に、中国がAグループとなった現在では、一人のコロナ感染者が見つかったところで、その感染がすでに市内に大きく広がっている可能性は、ほぼゼロなのです。実際、地域全体のPCR検査を敢行したところで、あとから大量のコロナ保有者が見つかるような事は、多分、起きてはいないはずでしょう。

 日本のやり方は、この中国の戦略とは、全く真逆でした。

 もし、コロナ患者が見つかったとすれば、その人の接触者だけに、PCR検査の実施を絞っていったのです。いわゆる、感染経路だけを追いかけて、その拡散を断ち切っていったのです。そして、今となって考えれば、この戦略は十分に理にかなっており、とても効率的で、決して間違ってはいなかったのです。

 と言いますのも、前から説明してますように、コロナは保有者から第三者にと絶対に感染するものでもないからです。むしろ、他人にうつさないパーセンテージの方が高いのではないかと思われます。だから、一人のコロナ保有者が見つかった場合、その濃厚接触者を全て検査して、この段階で、うつされた人を発見してしまえば、二次感染、三次感染に発展する前に、容易に感染経路を塞いでしまえます。それだけで、この一件のコロナ感染の拡大は防げてしまうのです。最初のコロナ感染者とまるで無関係な地域住民の全部にまで、PCR検査を受けさせる必要は全く無いのであります。

 少なくとも、コロナの第一波の頃は、日本は、この方法で、非常にうまく乗り切っていました。これに、緊急事態宣言に基づく全国的自粛を掛け合わせた事で、国内からのコロナの完全駆逐も達成しかけていたのです。

 にも関わらず、最後の最後で、うまく行かず、再び、全国にコロナを蔓延させてしまったのは、作戦がマズかったと言うよりも、国民の善意や協調性を信じすぎたのが、原因だったとも言えます。

 この感染経路を追う形のコロナ洗い出し作戦は、コロナ感染者の全面的な情報提供の元でしか成立しません。でも、日本は厳しい独裁国家ではありませんので、コロナ感染者から、あらゆる個人情報を強引に聞き出す事ができなかったのです。一部のコロナ感染者が、自分の権利を優先して、必要なデータを提供してくれなかったばかりに、そこから、コロナの感染ルートが拾えなくなり、結局、チェック漏れしたコロナ感染が、瞬く間に、全国に広がってしまったのでした。

 これでは、政府の手際が悪かったとばかりも言い切れないでしょう。弾圧的な独裁政権というのも嫌ですが、個人の権利を尊重しすぎて、他人を蝕んででも、自分ばかりが得しようと思っている人間まで好きに放置してるような自由社会というのも考えものなのです。

 とにかく、こうして、日本のコロナ対策は、当初、目指していたようなゴールには到達しませんでした。そして、現状のように、ここまでコロナ感染が広がりましたら、もう、感染経路を追うだけの手段でのコロナ駆逐は、まず不可能です。かと言って、経済を潰さない為にも、もう、第一波の時のような全国的自粛もできそうにはありません。部分的自粛は行ないもしましたが、それだって、ずっと続ける訳には行かず、コロナが完全に消え去る前から順に解除し始めています。

 つまり、これ以上、国内からコロナが減っていきそうな希望的要素は、何も見当たらないのです。第二波のピークは越えたとは言われてますが、これも、前に説明しましたように、コロナの自然な感染周期によるものである可能性が強くて、このまま、新規感染者が全て居なくなるまで、その数が減っていくとは思えません。それどころか、感染対策をじょじょに緩和しだした分、早くも、また感染が上昇周期に移行していきそうな兆候までもが見え始めています。

 要するに、今の日本は、コロナと共存していく道を選んでしまったのです。もはや、全く、コロナへの不安を感じないで済むような生活は、望めそうにないのです。マスクをしたり、三密を避けたりと言った、感染対策をし続けるしかなく、コロナが無かった頃のような自由な生活は戻ってきそうにはないのです。

 そんなの耐えられないと感じている人間の皆さんもいらっしゃるかもしれません。

 そのような人たちにとって、せめてもの救いは、やはり、コロナ感染は確率の問題であるという点でしょう。

 コロナに感染する確率を極めてゼロへと近づけてしまえば、今の世の中でも、昔のように、感染対策なしの伸び伸びとした生活もできない訳ではないのです。すなわち、Aグループになればいいのです。

 もっとも、残念ながら、日本全体としては、Aグループの国家になる事は失敗してしまいました。しかし、国内を細かく分けて、分析してみれば、まだまだ、Aグループに相当する地域はいっぱい残っています。

 この事は、前にも指摘しておいたはずです。コロナの感染レベルは、人口密度とも深い関係があるらしく、過疎地帯ではコロナは繁殖しにくいのです。日本唯一のコロナ未汚染県である岩手県も、ついには陥落してしまい、もはや、コロナに冒されていない地域は無いように思い込んでいる人たちもいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。広い範囲の地方クラスで判断したら、確かに、完全なコロナ未汚染地域は、もう無いのかもしれませんが、もっと範囲を狭めてみて、市町村レベルで調べてみたら、まだまだコロナの感染者が現われていない区域は、たくさん存在するのであります。

 これまでのコロナ感染者数が二ケタ以内で、それも、最近では、新規感染者が全く報告されていない県だって、一つや二つではなく、そんな県の過疎地域ならば、もう、ほとんどコロナの心配はありません。まさに、国内にこっそりと存在していた、オアシスのようなAグループ地帯なのです。

 という訳で、コロナの事を本気で回避したいと考えているのならば、こうしたAグループの地域に移り住めばいいのでしょう。都会では、仲のいい人のそばで感染対策(マスク着用など)を怠る行為が命取りとなりましたが、Aグループ地域では、ほんとに、気を許して、感染対策を緩める事もできるのです。だって、そもそも、コロナのウイルスがある確率自体がゼロのような場所なのですから。それ以上の過度な感染対策を講じてまで、確率を下げる必要もないのです。

 しかし、そんな田舎に引っ越したら、仕事はどうするんだ、と言う人もいるかもしれません。だけど、地域に移ったって、働く方法はいくらでも有ります。何と言っても、コロナのおかげで、皮肉にも、リモートで仕事をする技術が急速に促進されてしまったのです。これを応用すれば、わざわざ、都会にいなくても、地方や田舎にいても、仕事をする事が可能になりました。先見性のある最先端企業などは、さっそく、本社を地方へと移転させてしまったほどです。

 まさに、コロナ禍は、コロナに対抗する手段をも発達させる結果となったのです。

 コロナ自粛による不況で、都会での生活が続けられないほど、経済的ダメージを受けてしまった人々も少なくはないはずでしょう。そうした人たちも、今までの都会での生活スタイルに見切りをつけて、地方に移り住んでしまえばいいのです。

 言っとくけど、もう、withコロナの世界になってしまったからには、社会がコロナ以前の状態に戻る事はありません。現状の感染対策を施行した状況では、赤字の生活から抜け出せないと言うのであれば、もはや、生活が好転する事は、まず見込めないのです。しつこく今の生き方にしがみついているよりも、早く、新しい人生に踏み出した方が、絶対に幸せになれるはずなのです。現在の都会での生活ができないのであれば自殺するしかない、みたいなネガティブな事ばかりを、皆さんには考えてもらいたくはありません。

 それと、皆さんが想像している以上に、地方や田舎にも、仕事や働き場所はあるものなのです。

 地方や田舎は、過疎化で悩まされています。これまでは、人手不足を外国人労働者で何とか補って凌いできましたが、この半年ほどは、コロナの入国規制のために、外国人の働き手が日本に来れなくなっていました。とりあえず、10月からは、この入国規制が急きょ緩和され、再び、外国人労働者が日本に来れるようにはなりましたが、それでも、相変わらず、働き手は不足気味のままなので、今は、地方や田舎でも、都会から働く人が来てくれる事を大歓迎してくれる状態なのです。

 田舎の生活は不便だと想像している人もいるかもしれませんが、これも、実際は、それほどでもありません。と言いますのも、昨今では、インターネットや宅配などの環境も抜群に整っているからです。欲しいものとかは、多少の時間差があるだけで、都会にいる時と変わらずに、ラクに手に入ります。むしろ、人によっては、都会よりも住みやすく感じるぐらいかもしれません。要は、自分の趣向に合った地方に住む事がポイントです。

 そして、このように、地方や田舎暮らしの人が急増すれば、ますます、インターネットや宅配などの仕事は忙しくなり、業務内容も進化し、作業員を増やす必要が出てくる分、この方面でも雇用や求人も増加するようになる訳です。アフターコロナの社会は、かつての職種が経営していけなくなるばかりではなく、同じぐらい、別のタイプの仕事の需要も増えていくものなのであり、つまりは、そうした世の動きを敏感に読み取り、その上に乗っかっていく事こそが大切なのです。

 もちろん、どうしても、今住んでいる都会の中から離れたら、その仕事ができなくなってしまう人たちと言うのもいる事でしょう。そのような人たちにまで、脱都会を勧めるつもりはありません。ただ、多くの人々が、都会から離れていけば、それだけ、都会内も人口密度が薄まるはずでしょう。すなわち、それによっても、都会におけるコロナ感染のリスクを軽減させる事ができるのです。都会に残された人々も、コロナの脅威から少しでも逃れられると言うのであれば、まさに最高の話だと言えないでしょうか。

 もっとも、この地方分散計画には、やや気がかりな点もあります。それは、政府が、将来的に、新型コロナの危険度を5類に下げたりしないか、と言う事です。もし、そのような事態になったら、新型コロナも既存のインフルエンザと同じような扱いになってしまい、その感染の拡大の明確な状況が、国民には積極的に伝えられなくなってしまいます。地方のAグループに住んでいるつもりが、いつの間にか、コロナの感染区域になっていた、なんて事にもなりかねないのです。

「現在のコロナの感染者数の推移をニュースで発表するのは、いたずらに国民の不安を煽っているだけだから、こんな発表はやめてしまった方がいい」なんて事を、よく考えずに、平気で提案していたタレントとかが居ましたが、実に腹立たしい話です。

 なぜなら、多くの民衆は、このコロナ情報を目安にして、自身の感染対策のレベルを決めて、気を引き締めているからです。もし、国内の感染状況が分からなければ、恐怖や不安が薄れて、民衆の警戒心が弱まってしまう事で、感染対策の方まで緩んでしまい、その事が逆にコロナの拡散を助長してしまう事にもなりかねないでしょう。

 何よりも、地方の人々にとっては、自分の住んでいる地区に、どの程度、コロナの感染が迫ってきているかをチェックしておく事は、大切な日課となっています。もし、自分の地区にコロナ感染者が発見されれば、すぐに現状の感染対策を強化できるように身構えているのです。

 だから、コロナ情報のニュースが無くなってしまえば、Aグループに住む人間ですらも、せっかく、まだ安全であっても、大都会なみに、コロナに神経質になってしまうでしょう。あるいは、気付かないうちに、すっかりコロナに汚染されてしまうかもしれません。日本全土が、どこも安全地帯が無くなってしまい、それこそ、全国規模のコロナパニックになってしまう恐れもあるのです。

 全く、コロナの脅威を軽視するような発言を軽々しく吹聴しているような著名人とかタレントとかは、実際のコロナ感染者以上に、コロナの害を世に撒き散らしているとも言えるでしょう。こう言う奴らは、ほんと、公の場からは消えてしまってほしいです。

 そんな訳で、仮に、諸事情から新型コロナが5類扱いになったとしても、その感染の拡大状況の情報だけは、この先も、変わらず、国民には伝え続けて欲しいと願っている次第なのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ