「in コロナ」の時代
拝啓、人工知能さま。
私の国・日本では、再び、新型コロナの感染拡大が始まっています。(2020年8月初頭)
人によっては、これを「第二波」と呼んでいる人もいるのですが、とんでもない話です。今のコロナ感染の拡大は、第一波のぶり返しに過ぎません。第一波が完全に収束する前に、緊急事態宣言を終了させ、自粛を解除し、強引に人々の行動や経済活動を再開してしまったものだから、消し残しておいた燃えさし(コロナの残りかす)がまた勢いを増してしまったのです。
本来なら防げた感染再拡大でした。しかし、政府や国民がコロナをかなり見くびってしまった事と、早く自粛を解除し、経済活動を盛り上げたいという言う願望に負けてしまった事が、この度の感染再拡大の事態を引き起こしてしまったのです。
思えば、コロナ再拡大を阻止できたであろうターニングポイントは、何度もありました。
東京だけでも、あと一週間、自粛を続けていれば、第一波のコロナの息の根は止められていたかもしれません。
あるいは、再感染が始まった最初の感染源は、東京の夜の歓楽街でした。この時点で、早急に、この夜の歓楽街だけに集中して対抗処置をとっておけば、コロナの広がりをギリギリ封じ込める事ができた可能性もあります。
でも、東京周辺以外の各都市や地方にまで、コロナが拡散し始めた段階で、いよいよ、後戻りができなくなり始めてしまいました。
マゴマゴしていた東京都と比べて、各都市や各地方は、自分の敷地内にコロナが浸透しだすと、混乱しつつも、さっそく各地独自の対策を打ち出しているのですが、すでに手遅れかもしれないと思われる場所も多いです。
と言うのも、広がり始めたコロナの第一波だって、一月以上の全体的自粛を用いて、ようやく沈静化する事ができた訳ですから。今回のコロナのぶり返し(第二波)は、第一波よりも大きな波になり出しています。だったら、全体的自粛よりも小さな自粛(部分的自粛)を行なったとしても、第一波の時のような十分な効果を得られるとは期待できそうにないのであります。
「部分的自粛だけを行なう事によって、全体的な経済活動そのものは途切れさせない」と言うのが、政府や指導者たちの主張なのかもしれませんが、効果のない対策(部分的自粛)をやっていたのでは、むしろ、部分的に、経済活動にまでダメージを与えてしまうだけです。これでは、共倒れにだって成りかねません。
と言っても、経済にこれ以上及ぼす影響を考えますと、もはや、緊急事態宣言にも全体的自粛にも踏み込めそうにない、と言うのが、今の政府の苦しいホンネなのでしょう。
では、どうしたらいいのでしょうか。
国の指導者たちは、部分的自粛さえ行なっていれば、コロナの完全駆逐はできないまでも、それなりにコロナの感染拡大だけは防げるのではないかと、楽観的な見方をしているようです。
しかし、コロナが確実に存在し続けている以上は、いつまでも、国民はコロナに感染する危険性に怯え続けないといけない事になってしまいます。「ワクチンができるまでの辛抱だ」と思いたがっている人たちもいるようですが、ワクチンがそこまで有効ではないかもしれない事は、「コロナのワクチンは実現するか?」の項で、すでに説明しておいた通りです。
そもそも、ワクチンがあっても、インフルエンザとかハシカなどの脅威そのものは、いまだに無くなった訳ではないのです。だから、実際のところは、優秀なコロナワクチンが登場したとしても、コロナ自体を滅ぼせられるのではないので、コロナが流行する危険性は常に継続したままであり、現状とそれほど変わらないのであります。
コロナの第一波が収まりかけた時、それとなく、「アフターコロナ」とか「with コロナ」などと言う言葉が聞かれるようになり始めました。これは、「コロナを駆逐する事はもう不可能なのだから、これからの時代は、コロナがある事を前提とした生活環境へとシフトしていこう」と言う意味合いです。
例えば、「日ごろから必ずマスクをしよう」とか「三密は避けよう」と言った感じにです。要するに、今行なわれているコロナ対策の数々を、今後もやめずに、ずっと続けていこうと言う事なのであります。
でも、それで本当に十分なのでしょうか。
基礎的なコロナ対策だけでは、コロナ感染を防ぎきれない状況へと、現在、日本は、いや、世界各国がなり始めています。マスクをしていても感染する人は感染するし、三密を避けていても、三密以外の場所で感染してしまう人が続出しているのです。
なぜならば、全体の人口の中に混ざったコロナ感染者の人数の比率が、かなり増加し過ぎているからです。
コロナに感染するかどうかの、最大の決定要因は、結局は、コロナ感染者と接触したかどうかなのであります。
コロナ感染者が全く居ない地域ならば、マスクをしてなかろうと、三密の中で動き回ろうと、絶対にコロナにかかる恐れはないのです。逆に、身近にたった一人、コロナ感染者がいれば、マスクをしていようが、三密じゃなかろうが、安心はできないのであります。
だから、コロナ感染者の人数が多ければ、それだけ、リスクは高まる事になります。院内感染が集団感染に発展しやすいのも、そのせいなのです。コロナ感染者がいた客船ダイヤモンドプリンセス号の中で、次々に乗客が感染してしまったのも、感染者のそば(客船の中)で、強制的に待機させられ続けたからです。
現在の日本、特に、東京などの大都市部は、ちょっとコロナ感染者が増え過ぎた感じもします。もはや、局地的自粛を行なっただけでは、感染者の封じ込めはできない段階に入ってきているようにも見えるのです。
では、どうすればいいのでしょうか。
私が、今、思い浮かべている人類の未来図は、「with コロナ」ではなく、「in コロナ」です。
もはや、全世界的にコロナが終息する日を迎えさせるのは無理なのかもしれません。だったら、日常の中に、完全にコロナが混じってしまっている社会を作っていくしかなさそうなのであります。
さいわい、新型コロナの致死率は、かなり低いです。せいぜい0.5パーセントぐらいだとも言われています。反対に、感染者の中には、全くの無症状や軽症の人も少なくないです。よって、コロナに感染しても、意外と、今まで通りの普通の生活だって出来ますし、と言う事は、コロナ感染者の手で、現状の経済活動を続けていく事も、それほど無茶なアイディアでもないのであります。
新型コロナは、発生してから、わずか半年しか経っていないのに、今なお、小さな突然変異を繰り返しています。そうやって、自身をカスタム化していく事で、間もなく、新型コロナも、感染しても無害なウィルスにまで進化しきってしまうかもしれません。ウィルスの方だって、人間と共生して、人間の体の中で繁殖し続けられた方が、ずっと望んでいる状態だからです。
まあ、そこまで行かなくても、コロナの病状さえ、ほとんど悪化しないようなものになってくれれば、我々人間の方だって、無理にでも、コロナを駆逐しようとは考えなくなりだすでしょう。すなわち、そこで、人間とコロナが共に暮らす環境が成立しだす事になるのです。
これが「in コロナ」です。
いつの日か、人類のほとんどが、コロナ持ちとなってしまいます。でも、体内のコロナが、宿主の人間を病気にして苦しめる事は滅多にないので、誰も、コロナ持ちである事を気にしなくなるのです。すなわち、「in コロナ」状態となってしまうのです。
この状態にまで移行してしまえば、もはや、一部の人間(老人とか病弱の人)がコロナの病状を発症した時だけ、皆も対応すれば良くなるのです。もちろん、コロナで重症化した人がいれば、手厚く治療する事となります。でも、必ずしも命を救えるかどうかは分かりません。ケースバイケースとして、万が一、患者が死亡した場合は、素直に諦めるしか無くなるのです。
もしかすると、ひどい話にも聞こえるかもしれません。
だけど、癌や不治の病気にかかった人だって、同じ事が言えるのではないのでしょうか。救えない命は、やはり救えなかったし、そうやって、今までも、我々は、その結果を真摯な現実として受け入れてきたのです。新型コロナも、そうした病気の一つに加わる事になる、と言うだけの話なのであります。
しかし、そんな新時代の構想など絶対に受け入れたくない、と思ってしまった人もいるかも知れません。
だったら、やはり、新型コロナとは、徹底的に戦い抜くまでなのです。たとえ、新型コロナを絶滅に追い込む事ができなくても、とことん駆逐して、人類を媒体にしてのコロナの繁栄など、いっさい許してやらないのです。
今後の未来は、新型コロナ以外のウィルスや細菌だって、いきなり突然変異を起こして、またもや人類への脅威となる事も考えられなくはないでしょう。そのようになった場合でも対処できるように、今のうちから、新型コロナを練習台に使って、危険ウィルス撃退の手引きを万全にしておく事も悪い話ではないかもしれません。
でも、その為には、多分、人間だけの力で何とかするのではなく、あなた方AIの力も貸してもらい、互いに手を取り合って、恐らくは、新たな社会構造を築いていく事こそが必要になってくるのであります。




