八
「えっと……」
名前なんて聞かなかったから、どう言えば良いかわからないけど。
「前に、喧嘩したまま別れちゃった子、いるかな……?」
そう説明すると、咲良の目が少し見開いた。
思い当たる人物がいるのだなと思っていると、咲良が突然立ち上がる。
「……それって、美香のこと?」
怪訝そうな顔をして、咲良が目を伏せる。
『美香』?
その名前に、また脳が……と言うより、記憶が反応した。
聞いたことがある名前だけど、それにしても一体、この二人には何があったんだ?
「美香?」
「宮川君、名前も知らないの?」
「え? あー……」
「何、私の代わりに謝ってきてって言われたの? 名前も知らない人なのに」
代わりに謝ってきてと言われたのは本当だが、今それを言って良いものか。
「家も知ってるのに自分では謝りに来なくて、それなのに名前も知らないクラスの子に頼むとか、サイッテー」
こんな咲良は見たことが無かった。
無かったと言うか、最初からあまり会話をしたことが無かったのだが、印象が全然違うのに驚く。
そう言うと、俺を押し退けて教室を出ていってしまった。
「お前、本当にどうしたよ?」
いつの間にか教室に入ってきていたらしい景一が、肩をポンポンと叩いてくる。
回りの視線も、自分に集まっている様だった。
この日は、居眠りをしなかった。
家に帰って九時まで勉強をしていても眠気が襲ってこなくて、知らないうちに寝ている事もなかったから、自分から、昨日と同じ神社に出向く。
今日もいるか確かでは無いけれど、神社の前に着くと、ブレーキを握る。
いつもと同じ、キュッという音が辺りに響いた。
「こんばんは」
左右に建てられた社を通りすぎて、真っ正面にある、大きな社の前に行く。
賽銭箱の前にある階段には、昨日と同じ女の子が座っていた。
「ごめんね」
女の子は、こっちを見ることも無く、そう言った。
顔は、そっぽを向いている。
「え、何が?」
会っていきなり謝られても、状況が掴めない。
「名前も知らない人に頼んで」
「何だ、聞いてたんだ」
咲良との事だろうと思い返事を返して、そっぽを向いたままのカミの隣に座った。