三十二
「あ、の……」
咲良を見上げたまま動けなくなっている。
「好きです」
咲良が、さっき言ったばかりの言葉をもう一度繰り返す。
「え……」
「大分前から。でも和樹は美香の事が好きで、ずっと……言えなかった」
咲良が顔を伏せる。
咲良といると、楽しい。
だけど。
一緒にいたいって思っても、それは友達としてで。
「………ごめん」
俺の返事は、良い方にはならなかった。
「そうだよね……」
「まだ、美香の事が好きだから」
「……うん。でも、今日は有り難う。それじゃあ……またね」
それだけ言うと、咲良は走って帰っていった。
咲良の背中を見送って、ゆっくりと立ち上がる。
テイクアウトしたココアを飲みきってゴミ箱に投げると、家までの道を急いだ。
「ただいま」と言う。
自然と弱々しくなってしまった。
咲良は、本当に俺を好きだったのか。
荷物をベッドに放り投げると、勉強机の前の椅子に座る。
机に突っ伏せば、また、暗闇に沈んでいった。
『……和樹』
頭の中で聞こえる声。
それは、美香の声にも似ていて。
『お前は、美香か?』
頭の中で、自然と自分が反応する。
『咲良の気持ち、断っちゃったの?』
『ねぇ、美香?』
「ん……」
机の上で、目が覚める。
これは、ただの夢だったのか?
そう思ったけれど、机の上には、あの懐かしい四つ折りの紙が置かれていた。
『和樹の事は好き。だけど、私の事は忘れて良いよ。』
それは、美香からのカミ回しだった。




