三
時計を見ると、十時を回っていた。
思ったより長く寝ていたようだ。
寝ぼけたままの目で机の上を見ると、いつもと変わらずに置かれた、四つ折りの紙があった。
『頼みたい事』
寝ている時に、言っていたことか。
読んだ紙から顔を上げると、机の上にもう一枚、四つ折りの紙が置かれていた。
『その神社に来てほしいの。貴方の家の近くにあるって言った。』
二枚目の紙には、そう書かれていた。
「一番近い神社か……」
くるくると回る椅子に座りながら、伸びをする。
ついでに机の端を蹴ると、座ったままのくるくる椅子は、俺と一緒に勢いよく机から離れていった。
ここから一番近い神社なら、自転車だと十分くらいで行けるだろう。
二階にある自室から出て階段をおりるが、そこはしんと静まり返っていて、人の気配を感じなかった。
親はまだ帰っていないようだ。今日は残業なのだろうか。
残業って、何時に終わるんだろう?
働いたことない俺にはわからない。
「行っても、良いかな……」
立ち上がって、リュックサックに適当に物を詰める。
水筒とか、財布とか、そんなもん。
重さを無くした椅子が、くるくると回る。
親が帰ってきても部屋には入ってこないだろうし、靴がなくても……多分怒られることはない。
「いってきます……」
帰ってきたときと同じで、発した言葉に返事はない。
靴を履いて玄関を出ると、紺色の空に星がいくつも出ていた。
少しじめじめとした風が頬にくっつくようで、どこともなくオケラの鳴き声が聞こえてくる。
車庫に入ると、いつも通学で使っている自転車を出して跨いだ。
家を出て右に曲がり、少し急な坂を上る。
突き当たりにある小さな駄菓子屋で角を右に曲がって、それから道のりに走っていけば神社が見えた。
「はぁっ……」
強く握られたブレーキは、キュッと高い悲鳴を上げる。
スタンドを立てると、神社の壁の近くへ自転車を置いた。
自転車かごに入れていたリュックサックを背負いなおすと、周りにある外灯の明かりに照らされて、所々光を反射している神社の砂利を踏む。
「……来てくれたの?」
その時また、あの綺麗な声が聞こえた。
頭の中で話し掛けられているのではない。
ちゃんと、聞こえる。
耳から。
「え……」
ザクザクと砂利を踏みながら、左右に向かい合っている社を通り過ぎて、正面にある、大きな社に目を向ける。
そこには自分と同じくらいの歳の女の子が一人、賽銭箱の前にある階段に、脚を組んで座っていた。




