二十三
ノートを捲ると、どうやら漫画らしかった。
一度全体的に軽く目を通すと、連載を取れるのも納得できるほど、絵も背景も良くできているのがわかる。
これも、恋愛ジャンルの漫画らしい。
漫画の一ページ目には、髪が長く、目が大きくくりっとした女の子が大きく描かれている。
その絵と一緒に描かれた名前に、俺は少し驚いた。
『私は、美香』
これは、フィクションなのか。
いや別に、現実に存在する身近な人の名前を、登場人物の名前に使うことは少なくないが。
咲良の走っていった売店の方を見ると、咲良が戻ってくるのが見える。
俺は変に慌てたせいで、そのノートを自分の鞄の中に隠してしまった。
「待たせてごめんね」
「う、うん、別に良いよ」
「次、どこか行く?」
「うーん、寒いし、もう帰ろうか」
「寒い? 和樹が帰りたいなら、そうだね、帰ろうか」
太陽もまだ一番上にあるし、本当はそんなに寒くなかった。
咲良の描いた漫画が読みたかっただけだったのだが、咲良はそう言う事の理由をいちいち聞いてこないから、助かった。
今はそんな、この鞄に入っていた咲良の漫画見ちゃったんだ、なんて言えるところではない。
「じゃあね。今度はゆっくりお魚見よう」
「そうだな、こっちこそごめん。またね」
咲良を家まで送ってから、自分の家へ帰る。
自室に入って、鞄から勝手に持ってきてしまった咲良のノートを取り出した。
しまい込み方が可笑しかったのか、角が小さく折れてしまっている。
それを真っ直ぐに直しながらベッドに座ると、ノートを開いた。
漫画は、美香という名前の主人公の女の子が、幸せに学校生活を楽しんでいるものだ。
そのうち美香には好きな人ができる。
美香の好きな人の名前……
『宮川 和樹』
「俺?」
これは、もしかしたら俺達の事が描かれているのか。
身近な人達の名前を、漫画の登場人物の名前に使っただけなのではなく。
読み進めていくと、一人の女の子が新しく登場するようになった。
「咲良、って……」
読んでいるうち、俺が驚いていたのは、名前のことだけではなかった。
話しの流れも、いつかあった事と同じ進みかたなのだ。
けれど主人公の美香は事故で亡くなってしまって、ふらふらと神社に辿り着く。
中学時代に喧嘩別れしてしまった親友の咲良の事を思い出した美香は、美香が想いを寄せていた男の子和樹に、紙にメッセージを書くという方法を使って神社に呼び寄せ、咲良との仲直りの手伝いをしてほしいと頼んだ。
それを聞いた和樹が学校で咲良に話しかけるが、咲良は冷たい態度をとっている。
あの日の事をそのまま漫画にしているのかと思いながら読んでいると、視点が、いつのまにか咲良に変わっていた。
咲良は胸のあたりを押さえて、頬を赤く染めている。
その絵の隣には、四角の線に囲まれたセリフが書かれていた。
『恋をした』と。
咲良は和樹の事が好きだったと。
いやいや。たかが漫画で……どうせ咲良が考えたものだろう。
漫画の中で切なそうな目をした咲良が、美香の事を思い浮かべながら、教室の自分の席に戻って行く和樹を見つめている。
「たかが、漫画だよな……?」




