十八
次の日目を覚ますと、捲れた布団から出た足に冷たい風があたって、体が震えた。
冷房を付けて寝るのも、もう終わりらしい。
すっかり秋の雰囲気に飲まれていた。
「行ってきまーす」
と言って、玄関のドアを開ける。
目玉焼きとハムが乗った食パンを口に入れて、ボロボロになったローファーの爪先を鳴らした。
半袖のシャツの上には、ニットベストを着ている。
この日俺は、放課後に会いたいと言ってくれた咲良の事を信じて、話しかけなかった。
▩
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴って、みんなが一斉に席を立つ。
帰りの用意を済ませると、三階からの階段を降りて下駄箱に向かう。
「行くか」
「ちょっと遅かったね」
「おう、悪い」
下駄箱に着くと、木で作られたソレにもたれ掛かっている咲良に声をかけた。
一緒に神社へ行くと、約束をしていたのだ。
「じゃあ、行きましょ」という言葉で、靴を履いて歩き出す。
角を数回曲がって暫く歩くと、いつもの神社が見えてきた。
「美香!」
と声をかけると、階段に座る影が少し動く。
階段の前で立ち上がって、こっちに近寄ってくるようだった。
「そこに居るの?」
美香の事が見えない咲良が聞いてきたので、美香の目の前まで連れていき、ここだよと教える。
「咲良……」
「咲良……って言ってる」
美香の言っていることを、そのまま繰り返す。
「美香……ごめん。死んだなんて嘘だって疑ってた」
「そんなの、気にしてないよ」
「そんなの、気にしてないよ、って」
相手のことも見えないせいもあって、咲良の目は、本当に目が見えないかのように、焦点がしっかりと合っていない。
「私の連載が決まって、嬉しかったから皆に言っちゃったのも、転校は逃げたんじゃないってのも、宮川君から聞いた」
「和樹くん、伝えてくれて有り難う」
お礼を言う美香に、笑って返す。
「一人で勝手に怒って、ごめん」
咲良が顔を下に向けて俯く。
「謝らなくても良いのに。わかったなら、それでいいから」
「謝らなくても良いのに。わかったなら、それでいいから、だって」
美香は優しく笑っている。
その事を伝えると、再び顔を上げて、咲良はニコッと笑った。
目の端に溜まった透明な粒が、外灯の光に照らされてキラリと反射したが、俺はそれに気付かない振りをした。




