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Multidimensional Stories: 偽  作者: ABY 1252695
第五章 開幕
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第零話 勇気あるもの


 薄暗い部屋。電気は付けていない。窓からの光もカーテンで遮っているただパソコンの淡い光だけが部屋を照らす完全に社会からシャットアウトされた空間。部屋の本棚にはライトノベルや漫画、ゲーム攻略本などが詰まっている。更に部屋のあちこちにキャラクターのフィギュア、アニメポスターや抱き枕など、重度のオタクの自室だ。

 僕はそこで軽くジャンクフードを食べながらパソコンのオンラインネットゲームに没頭している。今はボスの討伐戦だ。


「……あ、負けた」


 ボスの一撃を食らいゲームオーバー。やはりボスは強かった。ハァー、とため息を吐く。流石に推定二十人で攻略するボスを一人で戦うのは無理があったな……。

 ふと、机の上にあるデジタル時計に目を向ける。今日は六月十五日土曜日の午後二時を過ぎたところ。


「ふぁぁぁーー、オールした……」


 大きなあくびをすると、後ろのベッドにダイブする。夜間から午後までずっと起きていたせいでもありすぐに暗い世界に行ける。しかし不意にピンポーン、と大きなインターホンの音が家中に鳴り響く。

 僕は居留守モードに入る。聞こえはいいが動くのが面倒だからそのまま寝ているだけだ。

 ――ピピピピピピピピピンポーン。

 誰かがボタンを連打している音が鳴り響く。正直うるさい。もう犯人は分かっている。人の家のインターホンを遠慮なく連打する人間は彼女しかいない。あいにく僕は核家族世帯の一人っ子で両親は海外出張中でいないから出てくれる人はいない。仕方がないので部屋から出て彼女とインターホン越しに対話を試みることにする。

 自室の唯一の出入り口であるドアから出て、重い足取りでリビングへと向かう。

 リビングに出ると急に視界が明るくなった。窓がカーテンで遮られていないので日光が直に当たる。日光は引きこもりの敵だなー、と思いながら、まるでヴァンパイアのように日光を避けてインターホンに近づき、着く。ちょっと時間が掛かってしまったがまだいるだろうか。きっといるだろうな……。


「はーい」


『――あ! 遅い! 一体何分待ったと思っているの!?』


 インターホンのボタンを押して返事をするとやはり聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。


「あー、ごめん。香澄……」


 この声の主は水無月 香澄――茶色ショートヘアーの女の子。中学生の時からの仲でなぜかいつも僕に突っかかってくる。高校不登校状態の今の僕にもそれは怠らない。理由は分からない。もし分かるのなら苦労はしないだろう。

 しかし人の心が読めるとか状況を変えるような超能力は現実には存在しない。――あればいいのに、と何度思ったことか。


『はぁー、今日も学校来なかったね……』


 彼女の悲しそうな声が聞こえてくる。


「――行く必要がない」


 僕がそう言うとインターホン越しからは香澄のため息が聞こえる。


『強情』


「……何の用?」


 今の言葉は軽くスルーして早速要件を聞く。出来るだけ早く帰ってもらうためにも聞いとくだけ聞いておこう。


『ん? 生存確認! そんなのは初歩的な事だろ、ワトソン君っ』


 …………。


「僕はワトソンではないっ! あと僕の生存確認は初歩的ではない!」


 彼女のボケをなぜかツッコんでしまう。そのツッコミは静かな家に響く。インターホンからはクスクスと笑い声が聞こえる。


『やっぱタイガくんツッコミが上手い』


「……もう生存確認は終わっただろ。じゃあな」


『――え!? ちょ……』


 僕はインターホンの通話終了ボタンを押す。香澄はまだ何かあったようだがそんなのは気にしてはいけない。自室に戻る途中、チャイムがなっていたが今回は出ない。社会から孤立した自室に戻り、ベッドに倒れ目を瞑る。

 そのままで数分経っただろうか。夢の世界が背中ぐらいまで近づいて完全に浅い眠りについていると突如真っ暗な世界に明るい光が灯る。


「ちょっと! 人が話している最中に勝手に――うっ、不潔な部屋……」


 ちょっと幻聴が聞こえたが気のせいか……。僕、疲れてるんだな。


「……。寝てるの?」


 幻聴は僕に問いかけてくる。――おかしいな、幻聴って質問するのか?

 僕は瞼を開けて見ると、そこにはセーラー服を着た茶髪ショートボブの女の子がいた。その子の前髪には昔からの白色のヘアピンがつけてあり茶色の髪の毛に絶妙に地味なアクセントを与えている。――正確にいうと香澄がいた。


「――!? なんでいるんだよ! 鍵は閉めてあったはずだぞ!」


「これで開けたの」


 そう言って香澄はポケットから何かを取り出す。それは香澄の手の平で銀色に輝いている言わば鍵だった。僕の家の……。


「タイガ君のお母さんから合鍵、貰ったんだ」


「――何渡してくれとんじゃぁぁぁぁ!!」


 僕は今までにないほどの大声で、今ここにいない親に向かって叫んだ。その声は家中に反響して、自分に返ってきて耳がキーンとなる。香澄は耳を塞ぎながらニヤニヤ笑っている。


「その合鍵を返せ! そして今すぐ出て行け!」


「うーん。流石にこの光景を見ちゃったら普通に帰るのも気が引けるなー、こんなに不潔だとGとNとPが湧くよ」


 …………。

 僕は図星を言われて出て行くように仕向ける言葉を見つけられなかった。ただ……NとPってなんだ?


「Gは分かるけどNとPってなんだ?」


「え? なんで一個ずつで考えようとするの?」


「は?」


 彼女は何を仰ってるんだ? 一個ずつで考えないのか?  じゃあNP? いや、GNP……。


「僕の家にGNP(国民総生産)が湧くのか!? そんなの湧かれても困るわ!」


 クスクスと香澄が笑う。


「やっぱツッコミの才能あるよタイガ君は」


「そんな才能いらねぇー」


 僕は涙ながらに悲観する。


「まあ、掃除してくれるなら嬉しいけど終わったら帰れよ」


「ハイハイ」


 彼女は軽く言葉を流すとすぐにゴミの選別を始める。カップラーメンの残骸に触れると「これはゴミ袋が必要だなー」と呟く。


「リビングの引き出し」


「ん。ありがと。でも教えてくれるなら自分でやってよ」


「――そもそも頼んでねぇよ」


 彼女がリビングにゴミ袋を取りに行くと僕は座っていたベッドに倒れる。オールしていた分の疲れが体に出て来たのだろう。直ぐに深い眠りへと入って行った。




 ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※※ ※※ ※ ※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※ ※※ ※  ※ ※ ※ ※※ ※



 …………。

 …………。

 暗い世界から帰るとそこにはいつも見る天井があった。僕は辺りを見回す。部屋はとても綺麗でホコリ一つなかった。フィギュアなどは捨てないでくれるのは彼女なりの優しさだろう。


「掃除もしてくれたのか……」


 毛布も掛けてもらっていて、電気も消してもらっている。これだけのことをしてくれたのにお礼の一つもないのはなんかいけない気がする。デジタル時計は午後の七時過ぎを示している。もういないのだろうか。

 僕は毛布を羽織ってリビングに向かう。

 リビングのドアを開けると六〇インチくらいはあるテレビでニュースがやっている。しかし肝心の香澄の姿がない。やっぱり帰ったのかな……。後でRINEでお礼を書こう。そう胸に決めてソファーに座ろうとするとそこには香澄が横たわって寝ていた。


「なんだ。まだ居たのか……」


 僕は安心して小さく呟くと、羽織っていた毛布を香澄に掛ける。もう暗いから起こそうかとも思ったが、気持ち良さそうに寝ている彼女を見るとそのまま寝させて上げようという気持ちになる。

 ソファの前に座るとテーブルの上に置いてあったリモコンでテレビ局をポチポチと変える。しかし殆どのチャンネルはある特集で持ちきりだった。


「ハレー彗星……」


 ハレー彗星、またはハリー彗星とも言われるこの巨大な隕石は太陽系状を楕円軌道で回っているあのお馴染みの短周期の大彗星。昔、宇宙が好きだった時期によく宇宙図鑑で目にした事がある。案外覚えているもんだな……。たしか七六年ぐらいで近づくんだっけ?

 それがなんで特集組んでるんだ?


「明日?」


 テレビの内容から察するに明日、地球に彗星が接近するらしい。日本からでも見えると専門家も言うからこんな特集を組んでるのか……。日本で見れる約七十六年周期のハレー彗星。きっと観れる確率はすごく低いんだろうな……でもなぜ明日なのだろうか、次に来るのは2061年ではなかったか?

 ふと、背後で小さな物音が聞こえた。振り向くと香澄が起き上がっていた。


「おはよ」


「寝ちゃってたの私……?」


「ああ」


「そっか……」


 香澄は小さなあくびを手で隠しながらするとまた横になる。


「――って! また寝るのかよ」


 僕が正確なツッコミを入れると香澄がクスクスと笑う。


「だって眠いんだもん」


「だったらっ……」


 だったら早く家に帰って寝ろよ。そんな言葉が出掛かって喉元で止まる。


「……? そこは早く帰ろーじゃないの?」


「いや、疲れてるんだったら別に無理強いはしない」


「…………」


 香澄はこちらを向いて呆然としていたが、すぐに我に帰る。


「……優しいね。タイガ君は」


 香澄はそう言うとテレビの方を向く。その顔が少し赤かった事に僕は気づかなかった。


「彗星、一緒に見れるといいね」


「……そうだな」


 後ろのソファから聞こえる声を適当に肯定しておく。それだけしか出来ないから。


「さてと! タイガ君お腹すいてない?」


 香澄は急にソファーから立ち、僕に問いを出した。


「……まあ、一応」


 その言葉を聞くと、香澄は台所へ向かう。その流れがあまりにも自然だったので僕は気づかずにテレビを見ていたが、流しで水の流れる音が聞こえるとやっと台所でなにかをしている事に気づく。


「何してんの?」


「ん? 台所でする事なんて一つしかないでしょ?」


 ――まさか料理をするつもりか!? ……あいつ料理できるのか?

 半信半疑で僕は料理ができるのを待つ。


「出来たよー」


 最初は不安しか無かったがテーブルに並んで行く料理を見ていると普通。いや、結構美味しそうな一汁三菜の和食が綺麗に配膳された。


「あれ? 思ったより普通」


「え、ちょっとそれ酷くない?」


 彼女はムッ、とした顔をする。


「……料理出来たんだ」


 昔の記憶を探るにも料理が出来ていた覚えがない。中学で味噌汁を作っていて鍋ごとひっくり返していたのが記憶に残っているからだろうか。


「料理の腕は成長したんだよ」


 彼女はエッヘンと言わんばかりの顔をして来る。

 そっか……そうだよな。そりゃあ、時間も経てば人間は変わる。変わっていないのは僕だけだ。


「食べて見て。感想を聞かせてよ」


「分かった」


 僕は料理を口に運ぶ。食べてみるとしっかりした旨味が口の中に広がっていく。


「……旨い」


「――ホント!?」


「嘘をつく必要は無いだろ?」


 それを聞くと香澄はとても嬉しそうに喜ぶ。


「良かった。気に入ってもらえて」


「…………」


 香澄は笑みを浮かべると前の席に着いて一緒に食べ始める。


「一緒に食べるのなんて久しぶりだな」


「そりゃあずっと会ってなかったからね」


 香澄は苦笑する。


「一年経っても変わらないねータイガ君は。縦に伸びただけ」


「そう言う香澄は変わったよな」


「そう? どこら辺が変わった?」


 香澄は自分の変わり具合に気付いていないような様子を見せる。まあ自分の変化なんて普通は分からないもんな……。

 変わったところと言えば、昔に比べて落ち着いている。体つきも女っぽくなった。そして何よりも……。


「――可愛くなった」


「そうかそんなところ…………。――!? え、え……いっ、今なんて言った!?」


「可愛くなった」


「……ッ!!」


 その瞬間、香澄の顔は真っ赤に染まった。……何かまずい事したか?


「大丈夫か?」


「だ、だ、大丈夫だよ。しっ、心配しないで」


 香澄はご飯をかけこむと、急にむせ始めた。


「――本当に大丈夫か!?」


 僕は大急ぎで麦茶をコップに注ぐと香澄に手渡した。香澄は麦茶を飲み干すと「ふぅー」と一息をついた。


「大丈夫。落ち着いた」


「…………」


 どうしたんだろう。……大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど……少し心配だ。

 僕の心配そうな雰囲気を感じ取ったのか香澄は「大丈夫だから……!」と強く言うのだった。




 ※  ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※ ※  ※ ※ . ※ ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※




「私、もうそろそろ帰るね」


 ――もうそんな時間か。リビングの時計を見ると時間は午後の十時を回っていた。

 僕は香澄と一緒に玄関まで向かった。香澄は靴を履き振り向く。


「…………」


「――? どうしたの?」


「いや……見送り。もう遅いから気をつけろよ……一緒に行こうか?」


「大丈夫だよ。子供じゃないんだし――それに体力のないタイガ君がいたところで何にも出来ないでしょ」


「うっ……」


 図星を言われて何も言い返せなかった。


「またな……もう来んなよ」


 僕の言葉を聞くと香澄は笑みを浮かべて言う。


「それは無理☆」


「――だろうな」


 もうインターホンを連打されるのも慣れた。多分チャイムを鳴らされた回数は優に百は超えるだろう。それだけ彼女は僕を現実(リアル)に戻したかったんだろう。なぜかはわからないけど。


「じゃあ、また明日ねー♪」


「うん。……明日?」


 バタンッ! と玄関の扉が閉まる音がして急に静かになる。


「明日、マジか……」


 明日も来るのか――面倒くさい。だけどなぜか悪い気はしない。カップ麺以外の飯が食えるからかもしれない。……明日もどうせゲームしか、しないだろうし――まあいいか。

 急に静かになって落ち着いたからか、腹が満たされたからか、オールしたせいか分からないが眠気が襲い体が重くなってきた。


「ふぁぁーー、眠いな。寝たはずなんだけどな……明日特別なイベはないから……寝るか」


 確かゲームの特別イベは明後日だったはず――。

 僕は重い足取りで自室へと向かった。自室に着くとベッドに倒れこみ意識が瞬時に暗い世界に落ちていった。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 深夜二時ごろ、とある高層ビルの屋上で一軒の家を見ている一つの人影があった。


「あれが……」


 真っ黒なマントを羽織った赤い目の男は小さな声で呟く。慧眼なる赤眼は暗い夜空の中で不気味に光る。


「――おい君! 一体何をしている!」


「――――」


 赤眼の男が振り向くとそこにはライトを持った男。警備員らしき人物が彼を見ている。

 赤眼の男はその警備員を見るなり不気味に笑いだす。


「……? 何がおかしい」


 警備員がそう言った瞬間、風が切れるような小さな雑音が夜空に舞った。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 暗い世界から帰るとそこにはいつもと同じ天井があった。カーテンの隙間からは光が漏れて、日のある時間帯という事を教えてくれる。案の定、机の上のデジタル時計を見ると六月十六日の日曜日の正午を迎えていた。

 ――おかしいな。こんなに寝たのにまだ眠い。

 謎の脱力感と倦怠感を感じながら、僕は両手を上げて全身を伸ばす。昨日も沢山寝てしまったから計十八時間、四分の三日は眠っている。風邪でも引いてしまったのだろうか……。

 ベッドから出ると、すぐさまパソコンをつける。オンラインゲームで明日から始まるビックイベントのために色々なアイテムを集めておく必要がある。

 ゲームを開こうとしてデスクトップのアイコンをクリックしようとした瞬間、ピンポーンと大きなチャイム音が家中に鳴り響く。


「無視したら面倒臭くなるな……」


 どうせ犯人は香澄だろう。自慢じゃないが友達は全然いない。だからチャイムが鳴るときは香澄か、宅配の人の二択なのだ。そして宅配は頼んでいないから必然的に香澄が鳴らしていると想定出来る。


「――何?」


 玄関のドアを開け、敢えて無愛想に答えると香澄はムッとした表情をする。


「なあに、来てあげたのにその態度は」


「――別に来てなんて頼んでないけど!?」


 香澄は僕のツッコミもとい、嘆きを聞くと笑みをこぼす。


「今日も快調だね。タイガ君」


「今のはツッコミじゃなくて嘆きだぞ……」


 彼女は僕の言葉は軽くスルーして玄関に入り、重そうなトートバッグをフローリングに置く。トートバッグからはネギや大根がはみ出ていた。


「……何その荷物」


「――ん? あー、これは食べ物」


「うん。それは見ればわかる。僕が聞いてるのはそれをどうするつもりなのかって事だよ」


「冷蔵庫の中に入れるよ? タイガ君の家の冷蔵庫の中って独身男性の冷蔵庫みたいに空っぽだもん」


「――そりゃ、独身男性だからね」


 僕は冷静にツッコミを入れると、玄関の鍵を閉め自室に戻る。彼女が何をやっていようとも僕には関係のない話だ。それよりも早くゲームをやりたい。期限は明日までなんだ、時間は限られてくる。ヘッドホンを装着してデスクトップ上にあるゲームのアイコンをクリックしてゲームを始める。今日やるべきことはアイテムの確保、出来るなら昨日倒せなかったボスを狩る。


「…………」


 ボスの一撃を喰らいゲームオーバー。こいつ攻撃力高すぎじゃないか……?

 町に戻りアイテムを買い直す。もっと強くなってから戦うべきなのかもしれない。僕は小さなため息を吐くとヘッドホンを外し後ろを振り向こうとすると、横にゲームを見ている顔があることに気付いた。


「――うあぁぁぁぁぁぁ!!」


 僕は驚き、椅子から転げ落ちる。香澄も少し驚いている。


「……大丈夫?」


 これは腰にきたな……。結構痛い。


「――危ないだろ! 声ぐらいかけろよ!」


「いや……ヘッドホンしてたから聞こえないかなと思って……」


「…………」


 あまり強く言えないな、こちら側にも非があるわけだし……。


「――で? 何の用?」


「昼ご飯食べてなかったみたいだから――」


「あぁ……」


 香澄の言葉を聞いて、デジタル時計を見ると午後の二時ぐらいになっていた。

 自室から出てリビングに行くと、ダイニングテーブルの上には綺麗に料理が配膳されている。テレビのリモコンを取って席に着くとテレビを付けチャンネルをピコピコと変える。どれもこれも彗星に関するものばかりだ。


「楽しみだねー、彗星」


 香澄はいかにも楽しそうな声色だ。何がそんなに良いのだろうか。

 僕はニュース番組にチャンネルを変え、面白くないので更にチャンネルを変えようとすると指が止まる。理由はそのニュース番組に出てきた速報だ。


『速報です。昨夜未明。東京都、品川区の有名企業、     のビルの屋上で警備員の山本 茂さん(60)が遺体で見つかり警察は、巡回中何者かに刃物で首を切られ殺害されたと見て、殺人事件として捜査を進めています。これまでの調べで――』


「……結構近いな」


 品川はここの隣の名前だ。しかもあのビルは僕も何度か見たことがある。


「怖いね……犯人はまだ見つかってないんだって」


 香澄は心配そうな顔をする。


「ちょっと調べてみるか」


 僕はそう言ってスマホで調べてみる。やはりネットニュースでも事件の欄でかなり上位にきていた。内容には山本(やまもと) (しげる)さんの死体が首から上がない状態で見つかったそうだ。そしてなぜかビルの屋上の気温は氷点下に達していたとのこと。六月なのに……しかもビルの屋上だけというピンポイント。謎が謎を呼ぶ事件だな。


「ねぇ……どうだった?」


 香澄は心配そうに聞いてくる。しかしこの斬首死体事件をそのまま伝えてもいいのだろうか。心配している香澄を更に煽ることになりかねない。


「――ん? これはちょっと危ないけど、無差別って訳ではないらしい」


「本当に……?」


 多分。そんなことどこにも買いてないから絶対とは言い切れないけど、ここで不安を煽るのも良くないだろう。僕は頷いて見せると香澄は安心したような顔を見せる。


「それよりも飯食おうぜ」


「そうだね」


 まだ彗星の特集を見てたほうがよかったかもしれない。そう静かに思うのであった。



 * * * ** ** *** ** ** ** *** ** *** *** *** ** ***** ********



「そういえば今日は何の用事で僕の家に来たんだ?」


 普通に疑問に思った。今日は休日で学校に行く日ではない。だから、香澄の来る理由が分からない。まさか料理を作るためだけに来たとは思えない。


「あれ……? 約束したこともう忘れちゃったの?」


「約束?」


 そんな事したっけ……。全然覚えていない。


「えー! 昨日一緒に彗星を見ようって言ったじゃん! そんなことも忘れちゃったの!?」


「あー、それの事か」


 あれって約束だったのか……。適当に流してた。


「それでも来るの早過ぎじゃないか? 見えるのって日が暮れ始めてからだろ? あと三時間はあるぞ?」


「暇だったから……」


「あっそう。じゃあ、マ○オカートでもやるか?」


 暇つぶし案を提示する。しかし香澄は何かを思い出したかのように「ぁ……」と小さく呟く。


「どしたの?」


「いや……家に折りたたみ式の望遠鏡があるなーって思ったの」


 取りに行きたいって訳か……。正直僕も望遠鏡で見てみたい。


「全然間に合うだろ? 取りに行けば良いじゃん。ベランダにセットすればいい」


「うん。じゃあ取りに行って来るね」


 香澄はそう言うと小急ぎで出て行った。

 さてこの間に何してようか、ベランダでも綺麗にしとこうか? いやそれはだるい。じゃあオンラインゲームだな……。やっぱりオンラインゲームは……………………。




 * *** ** * * ** * ** * * * * * ** *** ** *** *** ** ** **



 …………。

 …………。

 あっ! また寝てた……。何でだ? 何でこんなに眠いんだ? ……どれくらいの間寝てたんだろう。リビングの時計を見ると三時間も寝ていた。三時間……?

 どうして香澄が帰ってきてないんだ?

 ふと、家の外がいつもより騒がしいことに気づいた。いくつものサイレンの音が近づきそして去っていく。

 ――またなんかあったのか?

 そう思いながら、テレビをつけると速報ニュースが目に飛び込んできた。


『速報です。先程からお伝えしている大根尾路市のタエモジカマンションを中心に発生している大規模な火事ですが――最新の映像が届きました。こちらを見ると火は近くの家々に移り、現在では半径一キロは火が燃え移っているとのことです。付近にいる住民の方は速やかに避難して下さい。現在消火活動中ですがまだ消える気配はありません。何故この大規模な火災が起きているのか原因を警察が調査中とのことです』


 ……また速報? 今そんなことがここで起きているのか。

 テレビでは火災現場であるマンションが写し出されていた。

 そして僕は重要な事に気づいた。


「――ここって、香澄のマンション!?」


 その瞬間、自分の体は無意識に外に飛び出ていった。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ . ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 タエモジカマンションに向かって全力で走る。二年間全然動かなかったことのツケが今頃になって体に伸し掛かる。思うように体が動かない。――筋トレぐらいはしといたほうが良かったな。

 マンションの方角には真っ黒な煙と火の鈍い光が見える。市役所からは警報のアナウンスが流れる。それだけ被害は大きいということだ。香澄の安否が気になる。そうこうしているうちに香澄のマンションに着いた。周りの人々が騒いでいる。大きなマンションが燃えていた。現在状況を知るため近づくと周りには叫び声や泣き声等が聞こえる。ほとんどが「家がぁぁぁ!」「お金がぁぁぁ!」と言う声。更に前に行くとそこには警察が規制線を張り、騒ぎに駆けつけたマスコミや消防隊がいた。しかし、かなり少人数にも見えるが……。

 消火活動をしているがテレビで言っていた通り、火が消える気配がない。ポンプ車の数も全然足りてない。一体なぜこんなにも少人数なんだ? ……まさか、火事の範囲が広すぎて分散しているのか?

 辺りがピリピリした状況の中、泣いた女の人が消防士の人に必死で言う。


「助けてください! めぐみが、娘が中に!」


「なんだって!」


 消防士の人は女の人の指した方向を見た。 そこには小学生ぐらいの小さな女の子がいた。


「お母さん! 助けて!」


 ベランダにいる少女は泣き叫びながら助けを求める。

 偶然会話を聞いていたので女の人が指した位置を僕も見たが、少女の後ろには炎が多い尽くしている。いや、そんなことを言えばもう火がマンション中を、いやその周りの家も木も多い尽くしている。この大きさの火を一瞬で消す方法は湖の水全部を降らせる位の量じゃないと消えない。電柱に乗り移り電気がショートし、町中が停電し始めた。

 もうどうすることも出来なかった。

 ――こんな、普通の人間達に何が出来るって言うんだ。人間はちっぽけ過ぎる。何にも出来やしない。証拠として、火事の中にいる少女すらも救えない。すぐ目の前にあるのに。

 ふと、この大騒ぎの中向こうの方で消防士が無線機のようなものに怒りを露わに怒鳴っている様子が見える。


「――なんで救助隊の応援がこないんだ! ポンプ隊の応援も来てないぞ!」


『それが……近くの消防署の全ての消防車が燃料タンクに大きな穴が開いていて、ガソリンが入らないんです! 救助隊の人達もさっきからずっと連絡が取れなくて!』


「――なんだと!?」


 流石の消防士達も少女救出は動けずにいるようだ。

 その間にも炎はどんどん燃え上がりもう消せないんじゃないかというほど大きくなっている。

 ――あれ……。そう言えば香澄はどこだ?

 さっきから香澄の姿が見当たらない。……一番嫌な結果が脳裏を過る。まさかこんなに火が大きいとは思わなかった。電話をしてみる。スリーコールしてから、電話が繋がる。


「もしもし! もしもし!」


 掠れた声が聞こえる。


『タ……イガ君? そこに……いるの……?』


「…………!」


 まさか……! まだマンションの中にいるのか!

 頭が真っ白になる。


「ゲホッ! ゲホッ! 望遠鏡探してたら……いきなりボヤ騒ぎがあって……ゲホッ!」


 考えろ考えろ考えろ考えろ。考えれば考えるほど、考えが浮かんでこなくなる。誰か(・・)が昔に言ってたことを急に思い出してしまう。『人間はちっぽけだ。なにもできない。もし出来たとしても、それと同時に何かを失う』

 足の力が無くなる。膝をつきマンションを見上げたまま、動かなくなる。


 ――もう駄目だ。もう終わりだ。


『私……死んじゃう……のかな……』


「――!」


『もし……私が……死んだら……悲しんで……くれる?』


「……そんなこと言うなよ。まだ可能性は……」


 ……可能性なんて無いにも等しい。

 ――何であのとき寝てしまったんだ。もし寝なければ、違った結果があったかもしれない。いや、あの時引き止めていればそもそもこんなことにはならなかった!

 Ifや夢物語を語るのは馬鹿馬鹿しい。そう思っていたのに。


『……この際……だから、ゲホッ! 言わせて……もらう……けど……ずっと、前から……好きだった……よ』


「――!!」


 香澄は最後の力を振り絞って言った。最後の最後で告白かよ……。もう……遅いよ……。

 視界が狭くなり真っ暗になる。

 その時だった。僕は、心の奥から言葉が聞こえたような気がした。


『人は諦めたら全てが終わるんだよ、君も諦めるの?』


 その言葉とともに蘇る色々な記憶。香澄と共に過ごした時間はとても楽しかった。またその日々をやり直したい。だから……!


「――――諦める訳ねぇだろ!」


 その瞬間、僕は誰かに動かされたように走りだし、規制線をくぐり抜け、マンションの中に入る。


「――ちょっと!! 君!」


 警察や消防隊の声が聞こえるが気になんかしてられない。

 ――僕は何をしているんだ……! これじゃあただのバカじゃないか。

 今頃になって自分のしている愚かな足掻きに気付きながらも足を止める事は無かった。

 マンションの入り口はすでにボロボロで、簡単に侵入出来た。しかし入った瞬間、入り口が崩れて戻ることが出来なくなった。だがまだ大丈夫だ。二年前に行った時は緊急脱出用の裏口があったはず。

 マンションの扉はもちろん鉄製で僕の攻撃ではびくともしない。しかし、火のせいでもあり、鉄製の扉が溶けていた。僕はこのことを疑問に思うべきことだったのに……。

 何回か足で脆くなった壁を蹴って壊すとそこには女の子が火の海で身動きがとれない所にいた。あの女の子だ。もうあんな所まで来たのか。

 助けるべきなのだろうか。そのとき脳裏に昔誰か(・・)の言った言葉が聞こえる。『何かを得るには、何かを失わなければならない』

 失うから助けない?

 そんな考えは存在しない。デメリットの方が高いが助けない理由なんて無い。助ける方法は超スピードで火の海を走り抜けること。強引だがそれしかない、迷っている暇なんて無かった。

 火の海に体を投げ入れると皮膚が焼けてくる。ピリピリとした激痛が脳神経に危険信号を放つ。しかし、立ち止まっては居られない。自分のジャージを脱ぎ、体に着いた火に叩きつけて緊急消化、痛みと同時に、何かが外れる音。足になにかが起きたが構っている時間は無い。足を動かすとブチブチと肉が裂ける感覚。痛みが全身を支配するが、その痛みが却って意識を強くさせる。

 今にも火に燃えそうになってた女の子を抱え込む。女の子は泣きながら、体にしがみついて来る。丁度その部分が怪我をしていた部分でもあり、激痛が走る。しかし、そんなの気にしてはキリがない。

 そして、考える暇は無かった。そこにあった突っ張り棒を取り、火の海の上にある天井に槍投げの様にぶん投げる。槍投げのフォームがおかしいのはこの際関係ない。その突っ張り棒は脆くなったコンクリートの壁に突き刺さる。でも、案外壊れなかった。壊して火を消そうと思ったが駄目か。

 そして、走り幅跳びの領域で火の海を越えようとするが、足がぐちゃぐちゃになり、更に子供を抱えてる重量で火の海に落ちる。がしかし、突き刺さった棒を掴み、それを引き抜くと同時にぐちゃぐちゃになっていない方の足で天井を蹴り、火の無い部分に着地するが転倒、受け身は取れなく壁に激突。骨が折れる音がする。その直後、天井が崩れる落ち、後ろの火を消す。しかし、黒い煙は行き場をなくし僕らに襲い掛かる。僕は瞬時に「息を止めろ」と言い。

 女の子を庇う。大量の一酸化炭素を吸い、頭に酸素が届かなくなる。だが、何故か体は動く。棒を杖に走る。廊下は火があまりなく、その先には、緊急脱出用の外に繋がる非常階段があった。


「君に……お願いがある」


「――?」


「この、まま真っ直ぐ……にいく、と階段がある、そこ……から階段を下れば……きっと大丈夫だ」


「お兄ちゃんは……」


「僕は……大切な人を……助けに行く!」


 そう言って、僕はマンションの上に走って行った。瓦礫で簡単には上には行けないのだが、棒を瓦礫に挟み、それを足に、登る。自分の体に何かが起きている、身体能力が明らかに違う。

 その時の僕は隣の壁に書いてあった文字を気にかけている暇はなかった。

 香澄がいる部屋までたどり着いた。僕は扉を開けようとドアノブに触る。――熱い!

 左手が真っ黒に染まる。痛みで脳がはち切れそうになる。強引に左手を使い、ドアノブを回し、開ける。その瞬間大爆発が起き、体が吹き飛ぶ。バックドラフトだ。

 その衝撃で窓が割れて、背中に沢山のガラスの破片が突き刺さる。


「――あぁっ! うぅぅ」


 もう体が言うことを聞かない。瞼がとても重くなっていく。――まだだ。まだ終わっちゃいけない!

 最後の力を振り絞り立ち上がる。なぜか体はまだ動ける。

 部屋の中に入ると香澄が倒れていた。急いで安否を確認する。心臓の音が聞こえたので、まだ生きている。香澄を担ぎ、後ろを見る。しかしもう炎は後ろまで追いついてきてもう戻ることはできない。僕は香澄を担ぎベランダまで行った。

 もう考える事は一つ。僕は身体中の力を振り絞ってベランダから香澄を投げた。近くの池に落ちる角度で、女の子が飛ぶ光景を下に居た皆が驚きながら見ている。

 香澄は見事に池の中に落ち、救助隊に助けられた。――成功だ。

 だが、もう体に力が入らない。ベランダに体の重心を預け、ぐったりと空を見る。そこには大きな彗星の姿があった。なんだよ……望遠鏡無くても全然見えるじゃないか。


 ――綺麗だな……。


 青白い彗星は図鑑で以外見たことが全然無かったからすごく新鮮だった。


 ――ハハハ、彗星を見てこんなに気持ちが和らぐとは思わなかったな。


 もう悔いは残ってない。あえて言うなら、香澄と両親に何もしてあげられなかったことそれだけだ。

 目を瞑ってベランダに力無く座る。本気で死を覚悟した瞬間、辺りの音が消える。


「…………?」


 異変に気付いて薄っすらと目を開ける。そこには真っ黒な何か(・・)がいた。それは動物とも言えず、かといって植物でも無い。ただ人間の形をしていた。その《怪物》は僕の目の前に立ちパーツの無い真っ黒な顔でこちらを見下ろしている。その顔を見ていると、急に顔の下半分に大き過ぎる口が現れる。


『『『――――』』』


 謎の言葉を口々に放ち、最後に大きな口が嗤う。

 その直後音が戻り、後ろの部屋が大爆発。

 そうしてその勢いはベランダまで届き、僕はその爆発と一緒に火の中に溶け込んでいってしまった。人間の体のほとんどが水と脂肪で出来ていると聞いたことがある。つまり火を強化させるもの。

 大きい熱量と衝撃で簡単に体が灰になってゆく。しかし、痛みは最後まで消えてくれなかった。



 ――熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い――



 頭の中が全て熱さに変わった。

 ――ああもう死んじゃうんだな。
















 ――僕、火矢 タイガは死んだ。




 ※ ※ ※ ※ ※※※ ※ ※ ※ ※ ※※※※※※※※※※※※













「ハハハハハハッ! 面白いものを見れたな」



 かなり上機嫌な男の声、赤眼の彼の見る先は燃えているマンション。



「――いやぁー! 実に楽しませて貰ったよ。……さて、彼はどんな≪物語(ストーリー)≫を展開するのか楽しみに見ようじゃないか」



 赤眼の男は嘲笑する。

 その笑い声は乾いた空気に交えて消えた。


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