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第7話 武装局へ

 アイ・ナクガ・ワイルダー中将の艦隊司令就任にともない、ジャンカード・フリートの再編成が行われた。ジャンカードARX(アークス)は、SSS(スリーエス)に艦名、艦籍コードを変更、SSS2(スリーエスツー)は艦籍コードを新たに設定し新造戦艦として認定された。これによりジャンカード・シリーズは(ファースト)(セカンド)(サード)SSS(スリーエス)SSS2(スリーエスツー)の5艦となった。しかし、各艦は従来どおり特務艦として独立運用される。艦隊は編成しない。

 16歳の将軍兼艦隊司令抜擢にはジャンカード・フリート内部に驚愕と猜疑の波が起こったが、アイ・ナクガ・ワイルダーが故アイ・ナクガ中将の娘というよりも再生体であるといううわさが広がるにつれ、無言のうちに納得をみせた。そもそもジャンカード・フリートは故アイ・ナクガ中将により創設された艦隊であった。メンバーには、アイ中将のカリスマ性に惹かれた者が多い。ザウレア独立戦争を殉死により終結させたことでそのカリスマ性は伝説化している。むしろ生きていたときよりも強化されているくらいだ。そして再生体といううわさ。5000年前の生命戦争(ライフ・ウォー)以来御法度の生命工学を「合法的に」連邦が行ったということである。いやがおうにも、アイ・ナクガ・ワイルダーに期待と憧憬が集まるのだった。


 辞令からしばらくして、アイ司令に武装局より出頭命令が下った。例によってタイムスケジュールが細かく指定されたミッションファイルである。アイはジャンカードSSS2ではなく、高速巡洋艇GGS-X102で慌ただしくJFSBジャンカード・フリート・スター・ベースを出発した。X102 は軍用の極超光速駆動機関(シートリプルプラス)を搭載したなかでは最小クラスの艦艇で、小規模人員の移送によく使われる。JFSBにも25艇が配備されている量産艦艇だ。中将の乗艦にしてはいささか力不足だが、武装と防御システムは一級品だ。


 武装局本局は連邦首星レジェにある。レジェは銀河中心に造られた人工惑星だ。銀河中心部にはブラックホールと、その周囲を回転する星間物質の降着円盤がある。円盤はおよそ直径100光年。中心付近の角速度は光速に限りなく近い。巨大な宇宙の台風だ。そしてブラックホールに落下する際に莫大な位置エネルギーを解放する。銀河系が存在する限りエネルギーを生み出し続ける重力発電所だ。レジェはこれを動力に利用している。

 レジェは、降着円盤に対して「北」に位置するレジェAと「南」のレジェBからなる。A・Bは専用の極超光速ネットワークで接続されており、量子レベルで相互にバックアップされている。仮にどちらかが外的攻撃により破壊されても瞬時に再生される。レジェを破壊するためには、同時にA・B双方を完全に破壊しなければならない。「同時に」というのは極超光速ネットワーク的に同時、すなわち同時性宇宙(リアル・コスミック)の絶対時間としてプランク秒にいたるまで同時、ということであり、「完全に」とは時間を遡行して存在する極超光速ネットワークを含めた全て、という意味である。同様のバックアップシステムは4つの支配者(フォー・マスター)にも存在する。およそ人類史上考えうる最高の保障機構であり、レジェや4つの支配者(フォー・マスター)が失われるのは、この宇宙そのものが消滅するときだろうと思われた。

 もちろんレジェに配置された各種の防衛システムは地球連邦最強の機構であることは言うまでもない。また、レジェ近傍33・3分の1光年は航行禁止区域であり、宇宙軍艦といえど基幹ネットワークの許可なく近寄ることはできない。


 アイの乗るX102はミッションファイルに示された公開鍵コードをレジェから適宜送られてくる暗号鍵コードと照合しながら指定された航路に沿ってレジェに近づいていった。濃密な星間物質の渦を通過するX102は嵐に遭遇した小船のように揺れた。

「たく、なんちゅーコースを指定してくるかなまったく」船酔い気味になってアイは毒づいた。微妙な艦体の揺れには慣性中和機構イナーシャル・キャンセラーも追従しきれない。

「レジェ近傍33・3分の1光年。絶対防衛線内に進入します」X102のジェイナス・ドミトリー艇長は24歳。銀河中心核付近を航行するのは初めてだ。まして地球連邦の首星レジェの絶対防衛宙域に至っては、宇宙軍人といえど一生涯縁が無い者が大半である。


「そんなに緊張してると、ぶつかるよ」アイがしれっと言う。

「ぶつかる?」

「センサに反応!右舷に障害物!」

「なに?」

「進路変えない!そのまままっすぐ!」アイが操舵士に警告した。


 そのとたん、右舷モニターに巨大な影が写った。


「あぶないなあ。レジェ絶対防衛戦艦インフィニティ。非公開の隠蔽機構、通称Qシステムが搭載されていて、バリア接触ラインまで接近しないとセンサに反応しない。同型艦45機が絶対防衛ラインを周回しているわ。レジェからのコース指示を正確にトレースしないとぶつかって降着円盤の藻屑になるわよ」

「申し訳ありません、司令!」

「わかったら肩の力抜いて、操艦よろしくね、ジェイナス君」


 ドミトリー艇長は冷や汗びっしりだ。

 それにしても・・・と思う。


(アイ司令も初めてレジェに来たはずなのに、なぜこんなに慣れているんだ?)


 それは母アイ・ナクガの記憶と経験であったが、下級軍人のドミトリー艇長には知る由も無い。さすが16歳で中将・艦隊司令になるだけの器とは、こういうものだと、勝手に納得をするのがせいぜいであった。


 1標準時間後、X102はレジェの周回軌道に乗った。最終航路指示のあとはブラインド飛行を命じられたため、レジェ側の遠隔航行となりレジェAなのかBなのかは不明であった。

 やがてレジェの赤道を一周し、軌道エレベータの中部ステーションに接舷した。

 アイ・ナクガ・ワイルダーただ一人がステーションに進むことを許された。ドミトリー艇長以下はセンサーやモニター類を全面機能停止したブラインドのままの艇内にて待機だ。

 アンドロイドの案内でアイは軌道エレベータに搭乗した。エレベータといってもシャフト内を音速で自走するリニア・カーだ。カプセル状の座席で気圧や重力の変化にも快適に対応する。ステッピング・ゲート等の空間工学を使用しないのは、防衛目的のためだろう。わずかな空間歪曲もモニターし、侵入者を阻止するため空間雑音を防止しているのだ。

 アイは傍らのアンドロイドを見上げた。


(ゴスロリのメイドドレス・・・誰の趣味?)


 黒のドレススーツにウェーブヘアの少女型アンドロイドは、連邦首星の警備兼案内係にはなんともミスマッチに思えた。

 どうせ人工皮膚の下は重火器の塊なのだろうが。

 やがて、リニア・カーは緩やかに減速して地表に接近したが、停止はせず、水平方向に向きを変えたシャフトに沿ってそのまま地表を走りはじめた。走りながらほかのリニア・カーと連結し、列車様となった。単調なシャフトを抜けて、窓越しに地表の光景が広がる。広大な草原の大地を、亜音速でリニア列車がまさしく弾丸のように軌道を走り抜けていく。振り返ると、早くもあの巨大な軌道エレベータが空にかすんでいた。


「この列車は武装局本局までノンストップでまいります。到着予定は13時、約1時間半後です。ただいまよりお食事、ご喫煙が可能となります。何か食べられますか?」メイド・ロボがいきなり話し掛けてきた。

「警備モードから接客モードに切り替わったんなら案内音ぐらいだしなさいよ。びっくりするなあ・・・食事って何があるの?」

「本日のお勧めはトマトとカッテージチースのパスタ、ポークソテーのアプリコットソース、カサゴの姿蒸しでございます。その他のメニューはここに」


 3Dサンプルがカプセル内に投影される。


「じゃあお勧めのパスタでいいわ。あとジンジャーエール」

「承知しました」


 メイド・ロボがサンプルアイコンになにやら操作すると、しばらくしてカプセル横のテーブルに食事を乗せたトレーが現れた。してみると、この列車内はステッピング・ゲートが有効になっているのだろう。


「わあ、おいしそう。これって食堂車で作ってるの?それとも外のレストラン?」

「そのご質問は機密に属しますのでお答えできません」

「あそう・・・まあいいや、いっただきまーす!」



「あー、喰った喰った・・・おいしかったー。さすが地球連邦首星のお召し列車。いいもの出すわね」


 パスタに肉料理にスープに寿司に魚にサラダにフルーツ盛り合わせにパフェに。8枚もの皿を平らげて、最後にコーヒーを飲んでいると1時間半が経っていた。


「まもなく、武装局です」


 メイド・ロボのアナウンスとともに、地平線に白亜のピラミッドが現れた。地球連邦宇宙軍を統括する、連邦政府武装局本局の建物である。


「腹が減っては戦ができぬ・・・ってね」

「? 何かおっしゃいましたか?」

「あんたが気にすることじゃないわよ」


 リニア・カーはピラミッド基底部の穴に入っていった。


「では、ここではきものをぬいでください」

「ここで、はきものをぬいでください?」

「いえ、ここでは、きものをぬいでください」

「はあ?」


 リニア・カーを降りて到着ホームから小部屋にはいるやいなや、メイド・ロボとの漫才のようなやり取りもそこそこにアイは全裸にならされた。すると頭上からリング状のセンサユニットが降りてきて、およそ1分ほどをかけてアイの周囲をゆっくりとらせん状にスキャンした。 検疫兼防犯ゲートなのだろう。しかし、いまどき全裸になるとはこれいかに・・・と首をひねっていると、


「スキャン終了しました。着物を着て、次のゲートへおすすみください。わたしのエスコートはここまでです。ありがとうございました」

「はいどーも」


 扉が開くと、ざっと直径50メートルほどの円形の部屋だった。床には「ダイダロスの256のコード」のダンプマップ、天井には「メトセラの樹」の7賢者の紋様パターンが描かれている。


(悪趣味・・・)


 アイは胸が悪くなった。


「ようこそ、アイ・ナクガ・ワイルダー中将」


 部屋の中央のデスク(マホガニー製だ)に初老の人物がいた。


「お招きいただきありがとうございます。ウォルトハイム司令閣下」


 アイは片膝付きの最敬礼をした。


「うむ、姿勢をくずしてよい。さて、再会を祝うと言うべきか、初めての出会いに喜びを語るべきか、な?」

「閣下の思うがままに」

「うむ、では再会を祝おう。16年前は私は副長官であったが・・・今再び、アイ・ナクガに出会えた喜びを素直に神に感謝する」

「ありがたき幸せ」

「うむ、では本題に入る。ザ・ホールは知っているな?」

「グレート・アトラクターのことですね」

「そのとおりだ。ミレニアム・プロジェクトは再起動した。すべての戦争が終結した今、われわれは全人類を未来の脅威から護るべき義務がある」

「未来?」

「27万年後と言えど、時間は連続している。今のわれわれの行動が、未来の人類を救うことになるのだ。そのためのミレニアム・プロジェクトである」

「・・・・・」

「ザ・ホールは本質として16次元に元を持つ集合として理解される」

「知っています」

「ザウレアの見えない戦艦(ゴースト・エネミー)な、あれは16次元上を確定しないまま漂っているな」

「・・・・・」

見えない戦艦(ゴースト・エネミー)が再び4次元時空連続体に戻るのに、ザ・ホールを利用するのは適切な行動だとはおもわんかね」

「虚空域誘導を相転移の引きがねにすると言うわけですね。ふむ・・・しかしそれでは、見えない戦艦(ゴースト・エネミー)つまりザウレア(ザ・セカンド)と共に、ザ・ホール自体が4次元上に展開されてしまいますね・・・。そうか、なるほどその展開エネルギーをも利用して反撃をかけてくると」

「合理的だと思うが」

「制御できれば。ザウレア(ザ・セカンド)の虚空域誘導機関は16次元のいわば近似型。相転移を起こせても、爆発的に連鎖反応が起こって消えてなくなってしまいます」

「そのとおりだ。しかし、それこそが奴らの狙いだとしたら?」

「虚空域誘導を爆弾として使用するということですか!」

「奴らの目的が連邦へ一矢報いることだとすれば、ありえない話ではあるまい」

「ザウレア(ザ・セカンド)が、地球連邦に特攻をかけてくると・・・」

「奴らは追い詰められている。戦力の無い彼らが実行出来る戦術はそう多くは無い」

「だとすれば、どこに?」

「君はどこだと思うかね?アイ中将」

「そうなればこのレジェか、あるいは4つの支配者(フォー・マスター)・・・しかしいずれもバックアップシステムが働きあっという間に再生してしまう・・・本質的なダメージは与えられない・・・死と引き換えにするなら連邦全体に大いなる衝撃を与える必要がある・・・それは・・・そうか!」

「気がついたかね?」

「地球ですね。地球連邦発祥の地、聖なる地球・・・ザウレア(ザ・セカンド)が狙うとすれば、そこしか」

「そういうことだ。特命を与える。ジャンカードSSS2(スリーエスツー)はただちに発進、ザ・ホールと虚空域誘導爆弾(フレア・ボマー)から聖地球を防衛せよ。しかもこれは、完全に隠密裏に遂行されなければならない。SSS2(スリーエスツー)乗員には一切の緘口令を発する。ザウレア残党がわが聖地球を狙っているということがわずかでも漏れれば、奴らの作成は成功したも同然なのだ。聖地球はいかなる脅威からも無縁で当然なのだから」

「了解しました!」



 アイ・ナクガ・ワイルダーがレジェ(実はレジェBであった)を離れた頃、レジェAの(もうひとつの)武装局地下―生命戦争(ライフ・ウォー)以来ご法度の生命工学研究施設がここに残されていた―で、あることが行われていた。

 培養槽内に、小さな粒子が沸き立つように生まれ、それが集まり、うっすらとした形を作り上げていた。

 やがて、それは人と判別できるようになり、骨格や筋肉、神経組織、血管、内臓、皮膚等が形成されていった。

 金色の髪が伸び、胸が膨らんで、心臓が拍動をはじめた。


 それは、アイ・ナクガ・ワイルダーのコピーだった。


 レジェBでウォルトハイム長官はほくそえんだ。

 アイ・ナクガ・ワイルダーのスキャンデータから、レジェ独自のバックアップシステムを利用して、アイの複製を生み出したのである。

 このバックアップシステムは専用回線であり、4つの支配者(フォー・マスター)の基幹ネットワークからは独立している。5つ目の支配者(フィフス・マスター)としての機能を放棄している今のアイにはもちろん、そうでなくてもレジェAで行われていることは知る由がなかった。


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