第4話 超光速SOS!(前編)
ジャンカードSSS2は、船籍登録の手続きを終えフォーマルハウト・スターベースを出港した。アイ・ナクガ・ワイルダー、リュー・スチュアート、ジョイス・ウォーラーに加え、フォーマルハウトの技官が8名同乗していた。儀装調整作業、火器管制登録作業、艦載機の登録作業などを引き続き航行しながら行うためだ。ただでさえ軍艦の初期設定項目は多いが、SSS2はワンオフのためデフォルトの設定がなく、すべてを手動で行うため作業量が膨大になっていた。
「本艦はSBX998617に向け航行中だが、いまからおよそ8000光年ほど一般幹線航路上を進む。速度規制で極超光速駆動系、虚空域誘導機関は使わないから、そっちを優先して作業してくれ」
ブリッジのリューが機関部にいる数人の技官に内線で指示する。リューは大尉。SSS2の暫定艦長を命ぜられていた。すべてはSBX998617到着までに終了しなければならない。SBX998617は宇宙暦9986年に建造された17番目の空間基地を意味する。認識番号だけなのは、フォーマルハウトのように自然の恒星系を利用したものではなく、完全な人工天体だからだ。またXナンバーは一般航法ネットワークからはアクセスできない非公開の空間基地である。宇宙軍内部では、SBX998617はJFSBと呼ばれていた。すなわちジャンカードフリート・スターベース。
「アイはどこにいった?」
ジョイスに声をかける。ブリッジはふたりだけだ。
「主格納庫にいるわ。スケルトンの調整に手間取ってるから、手伝ってるみたいよ」
「スケルトン?」
「人型全域格闘戦闘機。モニタで見たら?」
館内モニタのひとつを主格納庫に切り替える。人型兵器がずらりと整列していた。宇宙軍の人型兵器の歴史はかなり古く、さまざまなバリエーションが開発されている。モニタに映ったそれは、比較的人間にちかいプロポーションで、軍用の無骨なイメージはあまりなく、コンシューマ向けのようにも見えた。
人型全域格闘戦闘機スケルトン。地上、海中、大気圏内、恒星重力系内、外宇宙、超空間などの領域で戦闘行動できる全長15メートルほどのロボットだ。スケルトンという名はアイがつけた。キャノピー状の頭部にコクピットが宙吊りになっており、300度近い有視界を確保しているためか、手足が細長く骨のようだからだろう。SSS2同様アイ・ナクガ・ワイルダー+4つの支配者の設計製作による最新兵器だ。両脚に超光速駆動系を内蔵し、固定武装は小口径重力砲。ピンポイントタイプの超電磁バリアも装備し、流体内では変形して高速移動する。また両手があるので、オプション武装を携行できる。ビーム・ライフルやビーム・サーベルなどがシリーズ化されているが、コネクタの規格は連邦標準仕様に則っているので、ほかの既存兵器も流用可能だ。
アイはスケルトンの足元で二人の技官と話していた。マーロウとルイーズの二人で、どちらもまだ20代の若い男性技官だ。
「だから、このエンジンは一応超光速駆動なんだけど、コア・レベルでオーバードライブすると最終出力では超超光速駆動できるわけよ。でもターミネータが焼付くから、超超光速駆動時間は10分ってトコね。もっとも、ジェネレータから超空間チョークまでカートリッジ化してあるから、だめになっても換装は簡単。これあたしの特許ね」
「じゃあこれ超超光速駆動で登録しないとだめなんじゃないすか?」
「肩高14メートル以下はFクラスでしょ。これは13.8メートル。静止乾燥質量は19800キロプラスマイナス2パーセント。カテゴリーはF-Aね。レギュレーションではFクラスはピーク出力ではなく、巡航出力、つまり静止質量同等加速出力で登録することになっているわ。計算の仕方はわかるわね?巡航出力時のコアは2倍駆動だから・・・」
「ほんとだ。計算上は超光速駆動系になる」
「ね」
「これ、でも詐欺っぽいなあ。オーバードライブは出力曲線が非線形だから、通常のレギュレーションの偏差値とは合わないですよ。適正でないルールをあてはめるのは・・・」
「いいの、なにごとにも例外はあるものよ。超超光速駆動系は認証手続きが煩雑だから、いざってとき困るでしょ。だからこれはカテゴリーF-Aの超光速駆動系なのよ。わかった?」
「コア直結の重力砲、超電磁バリアもオーバードライブかかるわけですね。すごいや、戦艦なみじゃないですか。10分間の時間制限があるけれど・・・」
「それがね、エンジン・カートリッジは背中のパイロンにあと2機搭載できるの。羊の皮をかむったオオカミよ。ふふふ」
リューはむっとした。技官たちはわざとおしゃべりをしているのだ。
アイは作業用のつなぎの上半身をあけ、腰のところで袖を結わえている。下にスリーブレスのシャツを着ているが、ノーブラの胸が透けている。なかなかに刺激的なスタイルだが、アイ本人は頓着していないらしい。
技官どもめ。だべってないで、てきぱきと片付けろよ。喝入れたる!
リューが内線のダイアラーに手を伸ばしかけたとき、コールが鳴ってジョイスのコンソールに通信アイコンが浮かんだ。
「こちら、武装局人事課、ハニー・ダイアン。リュー・スチュアート大尉をお願いする」
「スチュアートだ」
「暫定艦長に人事課より指示を伝える。SSS2の乗船ならびに進宙式の日程が決まった。ミッションファイルを転送するので確認すること。なお、当然だが遅滞なくSSS2を到着させること。以上だ」
「了解した」
ミッションファイルをロードすると、分刻みのスケジュールが記載されていた。
「あいかわらず人事課の指示は細かいな。制服を着替える時間まで書いてあるぜ。ええと、とりあえずはSBX近傍30天文単位でリードマーカーにログオンすれば間に合うんだな。そのリミットが50銀河標準時後か。12000光年の距離だから、超超光速駆動でおよそ45銀河標準時間。余裕は10パーセントか。ありがたくて涙が出るぜ」
「休み無しでね。もっとも後半4000光年は極超光速駆動も使用可能になるはずだから、もう少し余裕はあるけれど」
「登録作業が問題だが、航行そのものは自動運転だから、半舷休息でなんとかなるだろ」
リューは改めて内線に手を伸ばした。
白鳥座X-1。
ジャンカードSSS2が航行しているオリオン腕幹線航路の7000光年先にある。
銀河連邦時代に白鳥座とは意味がないが、この時代でも旧世界座標を慣例として使っているのでこう呼ばれている。
ブラックホールであるX-1Aと中性子星X-1Bからなる連星で、パルサーとしてよく知られている。中性子星から質量がブラックホールに落下しており、あと3万年程度でX-1Bは中性子をささえるだけの重力を失い、爆発することがわかっている。そのため開発がなされず、自然嗜好派の人々(グリーン・リソース・ピープル)の聖地となっていた。
今、年に一度の空間ミュージシャンの祭典「ライブキグナス’07」を明日に控え、X-1宙域で準備が急ピッチで行われていた。
X-1第3惑星軌道上に設けられたキャストコントロールキャンプでキグナスのアシスタント・ディレクターのひとり、ライトン・フォービットはあせっていた。
「スリージーが間に合わないんですよお。極超光速クルーザーでデネブ出たらしいんですけど、まだ30標準時間ぐらいかかるんですってえ。出番変えてもぎりぎりの線ですよお。どうしましょ」
チーフ・ディレクターのタイレル・アドバタはスケジュールテーブルに斜線を入れながら言った。
「間に合わせろ。でなきゃお前クビ」
「どう?キグナスとは連絡ついた?」
ラチュエルがキャビンに戻ってきたセラニーに尋ねる。
ラチュエル・グラビティーは女性ユニット「スリージー」のボーカル。セラニー・リボンド・アッカスは事務所のマネージャーだ。一行はレコーディングが今朝まで押してしまったのに加え、デネブのトラベルベースで事故があり足止めされたため、ようやく出発したころには予定からずいぶん遅れていた。
セラニーがチャーターした極超光速クルーザー「真紅のトビトカゲ号」の艇長マグロウ・クックヒルは最善を尽くすと約束し、規制速度いっぱいの超超光速駆動でひたすらに飛んでいるものの、ライブの最後に飛び込めるかどうかきわどい状況だった。
「キグナスのスタッフには出番を変えてもらえたわ。ランスルーのリハがあと1時間ほどで始まるらしいから、ここにキグナスとリンクした仮想スタジオを組むわ。機材が充分じゃないので、転送レートは128ギガ以上には上げられないけど、同調はほぼ完全にできるはず。わかるわね、衣装も合わせて。準備頼むわ」
「そのままリンクで出演しちゃだめなの?」これはセカンド・ボーカルのジェイミー・ゲネシス。
「なにいってんの。これはキグナスなのよ。全員が生で一堂に集まるから意味があるんじゃない!10年も続いてるイベントなのよ。ようやくこれに出れるようにまでなったんじゃない!」と、サード・ボーカル兼MIDIクリエータのコム・ゴールドバーグが声を荒げる。最年長の彼女は、スリージーがアイドルからアーティストへ路線変更するときに交代したメンバーだ。ユニットの音楽性を重視しており、アイドルぐせが抜けないジェイミーとはいつも衝突している。
「だいいち128ギガじゃバンドが細すぎて、あたしたちアニメのキャラ見たくなっちゃうわ」ラチュエルが諦めたように言う。「とにかく、セッティングしましょ」
「間に合わなければ意味がないわ。スピードは上げられないの?」
コムはキグナスに出ることを夢に見ていた。そのくせ、レコーディングが長引いたのもコムのこだわりのせいなのだが。
「そうね、ブリーフィングではぎりぎりって話だったけど、スケジュールの確認の意味でも、もう一度詳しく聞いてみましょう」
セラニーは艇長マグロウ・クックヒルをキャビンに呼んだ。
マグロウは慇懃な中年紳士だった。超超光速駆動中だったが、にこやかにキャビンに現れ、説明をはじめた。
「今日、すべての宇宙船は基幹ネットワークのサポートを受けなければ、光速を超えて航行することはできません」
基幹ネットワークとは、4つの支配者のネットワークだ。
「超光速航行は、宇宙に近道の穴をあけるようなものです。無節操に穴をあけつづければ、そのうち宇宙は裂けてばらばらになってしまいます。出来るだけ穴の数を節約して、また使用後は補修することが肝心です。だから空間強度の高い領域を調べて、そこを幹線航路としていますし、また基幹ネットワークが常に時間線を補修してつじつまを合わせています。先ごろ15秒凍結事件がおきましたが、絶対時間ではわずか15秒でも、超光速では時間線が無限にループして大変な事件を引き起こしたのはご記憶のとおりです」
「ロマンス・イン・ロストね!古代アーティクター王朝にタイムスリップしちゃったのよね」とジェイミー。
「あの件は比較的ましなほうでしたが、それでも内部時間で半年も超空間をさまようことになりました。帰還できたのはまさに奇跡でしたね。というように、光速を超えるということには大きな危険が伴います。ところで、一口に光速を超えると言っても、超光速航行には3つの段階があるのをご存知ですか?」
「超光速、超超光速、極超光速ね」これはコム。
「そうです。そして3つの段階は速度ではなく、航行のしくみで分けられています。駆動原理が異なるということです。もっとも超超光速駆動系は超光速駆動系の上位互換規格なので、この二つが一体となったエンジンが現在では大半となっています。本艇の主機関も超光速・超超光速一体型です。さて、超光速駆動はタキオン・フィールドで宇宙船を覆い、光速を超えます。超超光速駆動はタキオン・フィールドをさらにプランク領域まで加速することで、空間を移動すると同時に時間を遡行します。加速すればするほど、過去に戻るので結果的に超光速をはるかに超えることになります。もうひとつの極超光速駆動系は、空間に穴をあけるというより、物体の位置を書き換えるというほうが近いイメージです。量子レベルでは位置は正確に決まるものではなく、宇宙のあらゆるところにわずかながら存在する確率があります。極超光速駆動系は宇宙船というマクロな物体全体を波動化して、位置の確率を操作し、目的地に再収束させることで、原理的には瞬間移動を可能にします。マクロな物体の波動化と再収束には膨大な計算が必要なため、また確率の波が超空間を伝播する際にも実時間に対してロスがでるので、現実には超超光速駆動の数倍から数十倍の速度というところです」
「やった!間に合うじゃん!これ極超光速クルーザーだよね!」ジェイミーの目が輝く。
「それがだめなのです。今航行中のオリオン腕ハイウェイでは最高速度は超超光速駆動までとなっています。極超光速駆動の使用は禁じられています」マグロウ艇長が肩をすくめる。
「なんでよ!」
「宇宙の波動構造そのものを直接操作するため、航路上に別の物体があると、思わぬ障害がおきやすいからです。15秒凍結事件でも、深刻な被害が出たのは極超光速駆動中の船にまきこまれた地域でした。地上の都市が丸ごと衛星軌道に瞬間移動してしまったり、コロニーが海に突き刺さったりしたのです」
「うー・・・」ジェイミーがうなる。
「そもそも、極超光速駆動は銀河系外の深宇宙航行用に開発されたものなので、銀河内で使いにくいのは止むを得ないのですよ」
「待って、キグナスからコールだわ」セラニーが自分の携帯端末を開いた。「もしもし・・・?はい、そうです、はい・・・、申し訳ありません・・・はい?はい・・・、いえ、そういうわけでは・・・、はい、はい・・・承知しました。はい」
「どうしたの?」
「キグナスより指示が来たわ。必ず間に合うという保証がなければ、出演をキャンセルするって」
「えー!」
「2時間以内に確約が取れなければ、出演は無理よ」
「そんな・・・」
「全力を尽くしますが、デネブの事故の余波で航路上に障害が多くなっています。到着時刻の精密な予測は2時間程度では厳しいですね・・・」マグロウが言った。
「ちょっと待って・・・。極超光速駆動は使いにくいって言ったわね?使えないわけじゃないのよね。幹線航路上でなければ!」
コムの目が輝いた。
「半舷休息!」
リューの合図で、半数の乗員が12時間オフとなった。大半は、睡眠をとるために生活区画に移動をはじめた。
全長3.5キロに及ぶジャンカードSSS2の艦内を移動する手段は自走式エレベータ、リニア鉄道、モーターバイク(専用道路がある)などいくつかあるが、人荷輸送に主として使われるのがステッピングゲートだ。艦内約3000箇所に設けられたゲートをくぐると別のゲートに瞬間的に転移する。
ごく近い距離のため、極超光速駆動に使われているような量子レベルの物体の再構成(狭義の瞬間移動)ではなく、ローレベルの空間歪曲による転移だ。そのためSSS2が超光速駆動など空間負荷の高いミッション中でも無理なく使用することができる。
アイ・ナクガ・ワイルダーは主格納庫からステッピングゲートをくぐってブリッジに戻ってきた。
「半舷休息で間に合うの?」
「進捗状況は予定をやや上回っている。大丈夫よ、アイ」ジョイスが答えた。
「じゃあ、あたしも休ませてもらおうかな?あっちのほうはほぼ終わったし」
「JFSBに着いたらまた忙しくなる。休んでおけ」
「ありがと、リュー」
「わたしも休息させてもらおう」
「じゃあいっしょにクアハウスに行こうよ、ジョイス。結構楽しめるように作ったんだ。全方位ミストとかオイルマッサージロボットとか。カラオケもあるでよ」
「お、いいねえ」
「温泉もいいが、ちゃんと睡眠も取れ」
「へーい」
アイとジョイスが出て行くと、とたんにリューはいじけた。
「なんでえ、俺も行きたかったなあ、アイと温泉・・・」