第1話 戦闘する方舟(はこぶね)の伝説
なろうの文法に従って、少し読みやすく文章を整形しました。
内容に変化はありません(2018.10.08)
「見ろよ、ジョイス。クレーターだ。16年前の戦争そのままだな」
ベラス・ミラスの空を真紅のGカーで翔びながら、リュー・スチュアートはナビゲータシートのジョイス・ウォーラーに声をかけた。Gカーは反重力ストームを最大展開している。高度1万メートルの高空も嵐だ。
「すごい気流だな。雲が引きちぎれて飛んでいく」
「リュー、私たちは観光に来たのではないわ。乱気流は戦時中の重力弾によるものだし、そのせいで住民が星外に避難して復興が遅れているのよ」
ジョイスがたしなめるように応えた。
リューはこの大女がいささか苦手であった。分析的で冷静な上に超能力者ときている。
眼下の大小のクレーターは、完全な半球となって地面を穿っていた。衝撃波ではなく、瞬間的な重力加速度によって質量がえぐりとられたからだ。なかにはまだ重力波を発生させつづけているものもあり、この不安定な気象の原因になっている。
「うわ」
Gカーが突然傾いた。あわてて姿勢制御を重力相対から座標相対に切り替える。
「ほら、ところどころ重力が傾いているんだから。ちゃんと計器でチェックしとかないとだめじゃない」
「はいはい」
重力断層と言われる現象だ。
しかし・・・と、リューは考える。
ジョイスの言うように住民が星外に避難したことが復興の遅れの原因なのか?
いくら「はずれ」の星系とはいえ、連邦不動産開発や星間観光協会がいまどき手を出さない惑星があるか?
人類の大統一から銀河標準宇宙暦で16年。人類はいまや敵なし、増殖しっぱなしだ。超光速通信と超光速輸送による超地平線効果で経済は上昇局面しかない(下降局面が発生する前に、どこかの上昇局面を”超光速で”運んでくればいい)。好景気で労働者は引く手あまた、基準賃金は毎年10%近く騰がっている。超インフレだ。こんなご時世で、惑星ひとつ転がしとくなんて。重力弾だって、戦争博物館にでもすりゃいい観光資源に成ると思うがなあ・・・。
このときのリューの疑問はまさに正鵠を射たものであったのだが、それ以上考える間もなく目的地に到着した。
傾斜の谷。
壱万年教会が難民救済のために造ったプレハブ都市だ。
地上の嵐を避けるため、重力クレーター内に造成したので惑星の鉛直方向に対して90度傾いている。谷の壁から生えた街だ。
遠景で見ると奇怪な眺めだが、いったん街に入ればさほどの違和感ない。頭上を対岸のクレーターが覆っているのと、太陽が水平に移動するぐらいのものだ。
建物の外観はそれなりに整っている。が、リューが壁をたたくと、ぺこぺこと音がした。接着工法で建てた急造ビルだ。人の数もまばらで、街らしい活気は見られない。
「ふうん・・・変なところだな。」
リューの感想は、もっともなものであった。
「本当にここにいるのか? ターゲットは・・・」
銀河標準時で3週間前。
πブラスター装備の超弩級宇宙戦艦「バルバドス」は目標宙域に到着した。
数時間後、アラートサインが艦橋を埋めた。
「幽霊戦艦補足!」
「距離1900」
「艦首縮退砲、重力砲、EVCM砲、全セフティ解除!」
「超次元バリア作動、全方位全周センサー、エネルギー探知」
「高次元エネルギー軌跡!」
「座標ゼロゼロゼロ!? これは一体・・・」
そのとたん、超弩級戦艦「バルバドス」は宇宙の藻屑となって四散した。
「連邦軍戦艦が次々と沈められている”幽霊戦艦”事件・・・」とジョイス。
「4つの支配者が出した幽霊戦艦の正体は、16年前の大戦後行方不明のザウレア帝国旗艦、ザウレア2」これはリュー。
「その主兵装、虚空域誘導砲(フレアカノン)によるものだと」
「そして、16年前、連邦軍宇宙戦艦ジャンカードSSSと交戦後、ザウレア2が行方不明になったのがこの星ベラス・ミラスの上宙ね」
「しかし、だからといって・・・」
リューはおもわず失笑した。昔の大戦争の幽霊が甦って復讐してるって、お偉方は信じているのか? おまけに俺たちの任務と来たら・・・
どん!
後ろからリューにぶつかってきたものがいた。10歳そこそこの少年だった。
「あいてっ このくそがきっ!」
少年は脱兎のごとく逃げ去っていく。
「まったく、なんてー星だ・・・」
「ふふっ、取り戻してきたら、リュー?」
少し離れた路地で、少年はリューからすり取ったカードを眺めて悦に入っていた。
「へへへ」
連邦本星承認のクレジットは、こんな辺境の地では滅多にお目にかかれないお宝だ。
「ボウズ、そのカードには残高は期待できないぜ」
感電したように少年は硬直した。
「おとなしく返しな! さもないと」
リューが仁王立ちでにらみを利かせる。
「こらっ だめじゃないか! 人のもの盗んじゃ!」
場末にふさわしからぬ、透き通る声が少年を叱咤した。
「すぐ返しなさい!トト!」
長身長髪の少女が現れ、トトと呼ばれた少年の手をひねった。ジャンバースカートに白のブラウスという質素な服装だが、かえって少女の清潔な美しさを引き立てていた。
「ほんとうにすみません」
少年から取り上げたカードをリューに返す。少女の瞳を正面から見たリューの胸が「ドキ!」と音を立てた。
(か、かわいー!)
それはリューにとっても意外な感情であった。特殊訓練を積んだ軍人である彼は、感情をコントロールする方法をいくつも学んでいる。そんな心理防壁も目の前の少女のすがたには何の役にも立たなかった。
ありていに言って、リューは少女の虜になった。
「ごめんなさい」
トトも素直に謝る。少女には従順なのだ。
「返してもらえばいいよ。ところで君は?」
冷静なふりをしてリューが尋ねた。
「あたしはリドリー。リドリー・ワクガニア」
「この子は君のおとうとか?」
「ちがうわ。トトの両親は重力傾斜に落ちて死んだの。あたしの親も前の大戦で死んで、ひとりぼっちだったのよ。それでトトを引き取ったの」
「そうか・・・ぼくはリュー。リュー・スチュアート」
「本当にごめんなさい。リュー。」
リドリーはトトをつれて立ち去ろうとした。
ふたりの前に大きな人影が立ちはだかった。
「ジョイス!?」
「だまされてはだめよ、リュー。ターゲットは彼女よ!」
「なんだって!」
リドリーとトトの周囲に強力な力場が形成され、鳥かごのように二人を閉じこめた。ジョイスの念動だ。さらに力場をスピンさせ、気圧を急速に下げる。
「く、くるしーーっ ねえちゃん! い、息が出来ねー!」
「トト!」
「さ、さむいー」
「な、なによこれはーっ」
ミニチュアの嵐に翻弄され、ふたりが悲鳴を上げる。力場の外から見ているとまんが映画のようだが、中の人間にとってはまさに天変地異だ。
(ふむ? 恐怖・・・おびえ・・・ それだけだ。・・・ちがったか?)
「ジョイス、止めろ。リドリーはターゲットじゃないよ!」
念動を止めさせようとリューが叫んだ。
そのとき、遙か衛星軌道上から高エネルギーがアングル・リバーを襲った。
ジュシュシュシュシュシュー!
イオン化した大気の咆吼を引き連れて太いビームが谷を穿った。
どがががががーーーーん!
谷底で爆発が起こった。重力弾にビームが曲げられたのか、街への直撃ではなかったが、ひと呼吸おいて衝撃波が襲った。
プレハブビルが倒壊をはじめる。上階からバラバラになって四散する。ちぎれた床や壁とともに什器や人間が落下してくる。
「虚空域誘導砲!」リューが叫んだ。彼らの頭上にもガレキが降り注いでいる。
「念動光線、ゴッド・アルファ!」
ジョイスが力場を傘状に展開しリドリー、トトを含めた4人を守る。
輝く斥力の場がガレキをはじき返す。
「なんてこった!幽霊戦艦もターゲットに気づいたんだ!」
「次は直撃がくる。念動の場などでは虚空域誘導砲の直撃には耐えられない」
ジョイスがリドリーに言った。
「時間がない! おまえが本当にターゲットなら、真実の姿を示せ!」
「なんのことよ!」
次の瞬間、世界が白熱した。
アングル・リバーが虚空域誘導砲の直撃を受けた。
リューが、ジョイスが、リドリーが、トトが、この街のすべてが融けて蒸発した・・・と思われた。
リドリーの額に5つの円で構成された幾何学的な紋様が浮かび出た。
(・・・私を起こしたな・・・)
(・・・4つの支配者にコネクト!)
(すべてのスレイブ・プログラムをフリーズ。5番目の支配者をロード。フォアグラウンド処理:ジャンカードSSSへログオン・・・マスターキーグリーン、ルータ開放、ファイティングシステム=ブレイクアップ!)
(遅い!)
バキャ!
虚空域誘導砲のエネルギーは光の壁に跳ね返され霧散した。
アンチ・ショック・コーンのバリアだ。アングル・リバー上空に巨大飛行物体が突如出現していた。
全長およそ3キロメートル。翼を広げたその姿は、かつての大戦で活躍した連邦軍宇宙戦艦に似ていた。バリアはこの艦が展開しているのだ。
しかし、ほとんど瞬間移動とも言える出現の仕方、そして虚空域誘導砲を苦もなく消去する能力。恐るべきポテンシャルを持った艦だ。それは、あの艦以外に考えられなかった。
「これは! ジャンカードSSS!?」
「そうよ、リュー、ジョイス。これがあなた達の探していた船よ」
リューがリドリーの額の紋章に気づいた。
「あれは4つの支配者の紋章! リドリー、君はやはりターゲット・・・アイ・ナクガだったのか?」
「母は死んだわ」
「なに?」
「今詳しく説明している暇はないわ。幽霊戦艦を叩くのが先!」
リドリーがそう言うと、4人はジャンカードSSSの艦橋に瞬間移動していた。
「これは一体・・・・」
「リューは航法を、ジョイスは測敵を手伝って。この艦は一度死んでいたの。今うまれかわったばかりなのよ」
「ではこの船は・・・」
「ジャンカードSSS2。さあ、初陣よ!」
全長3キロに及ぶ巨大戦艦は、瞬く間に衛星軌道を越えた。
「前方に障害発生!・・・確認。高密度重力波!二重になっている!」
リューが叫ぶ。
「右舷にブラックホール発生!、左舷にも!」
「潮汐力で艦を引き裂くつもりね・・・バカなやつ!」
リドリーは薄く笑った。
「ニュートリノ・ガン!」
左右のブラックホールに向け、ニュートリノビームが照射された。スピンとエネルギーを与えられ、ブラックホールはたちまち荷電粒子を噴出するクエーサーと化した。
「さて、返すわ。受け取りなさい」
リドリーがそういうと、ブラックホールが蒸発した。
数光秒先で衝撃が起こった。
「こ、これは」リューには何がなんだかわからない。
「特異点のトンネル効果! 質量超過に耐えきれず発振点が崩壊したのね・・・。しかし、軍事レベルで制御できる技術があったとは」
ジョイスも一応解説したものの、今自分が乗っている艦の能力に恐れを感じずにはいられなかった。
「16年間たっぷり技術開発したからね。・・・こっそり物資を戴くのはちょいと苦労だったけど。それはおいといて、さあ、つぎはどうする?幽霊戦艦!」
リドリーは明らかに楽しんでいる。リューはあの星の復興が遅れている理由を得心した。
ビキビキビキッ!
空間が割れる音が聞こえたような気がした。
そう、まさしく、宇宙が割れたのだ。
ジャンカードSSS2の前方の空間が蜘蛛の巣状にひび割れ、剥がれ落ちた。
「げえっ!宇宙が割れる!」
もはやリューの常識の限界だ。
「こ、これが虚空!」
ジョイスも冷静さを忘れていた。
宇宙のひび割れから、悪夢のような生物の姿が見える。幽霊・・妖怪・・・?ぬらぬらとした、細部のはっきりしない、様々な生物の特徴が融けて混じり合ったような異形のものがいくつも蠢いている。
「そうだ、もはや幽霊戦艦には虚空域そのものをぶつけるしか方法がない! しかしこちらも、虚空域誘導機関なのよ! 残念ね!」
リドリーが叫んだ!
「艦首消滅砲、発射!」
SSS2の艦首から、宇宙の裂け目に向かってビームが放たれた。
光芒は裂け目をぶち抜き、数光秒先で爆発して、唐突に消えた。
すべてが静寂に戻った。
「幽霊戦艦は? 撃破したのか?」
「去っていったわ。虚空の彼方に」
「なんだって?」
「幽霊戦艦、つまり16年前のザウレア帝星旗艦ザウレア2は、自らを虚空の存在に変換したのよ。まさしく幽霊そのものにね。既に死んでいるものを、殺すことは出来ないわ」
「ザウレア帝国の亡霊・・・怨念・・・?」
「エネルギー準位が遙かに下がったから、まあ当分はこの世に戻ってくることは出来ないでしょうけれど」
「ところで、リドリー、君は本当にアイ・ナクガなのか?」
「母は16年前、私を産んですぐに死んだわ。私に5番目の支配者の形質を遺してね。でも私はあまりに若く、無防備だったわ」
「だから仮の人格をコーティングして隠れていたのか。ジャンカードSSSともに」
「で、どうする気?」
「・・・トト」リドリーが少年に声をかける。再び優しい姉のまなざしに戻っている。しかし少年にももはやわかっていた。少女が違う世界の人間であることを。
「大丈夫だよ、ねえちゃん。俺、一人で生きていけるよ。もう大人だぜ」
「クス・・・もう盗みなんてやっちゃダメだぞ」
「いけねー、ばれてたのか」
「リュー、ジョイス。わたしは連邦に戻ります」
「リドリー!」
「その名前ではなく、アイ・ナクガの娘、アイ・ナクガ・ワイルダーとして」
宇宙暦10008年。
こうしてジャンカードSSS2とアイ・ナクガ・ワイルダーは地球連邦に帰還した。
しかしそれは同時に新たな混乱と動揺の歴史の始まりでもあったのだ。