第九話 助けを求めるなら泣いて媚びて
「シャルロット、この手紙をドナに届けてくれないか?」
「どうして? ドナは今日こないの?」
「ドナに来られたらまずい客がきてしまうからな。
お願いしてもいいだろうか、シャルロット?」
「……うん、わかった! 届けてくる!」
「そうか、流石俺のシャルロット、良い子だ。
外は危ない、何かあればこの笛を吹き給え」
アルは私の首に、木笛をぶら下げて、私の頭を撫でる。
私はにこっと笑いかけると、アルはやたらと私の頭を撫で回した。
外はいい天気で、背中のリュックにはドナへの手紙と、
私のお弁当が入ってる。
メニューは大きなトマトが二つ。
村への道は、城を囲む森を通過しないといけない。
今は夕方だから、日差しは弱くて、少し落ち着く。
だけど歩いて行けば、時間がかかるから、夜にもなるわね。
ドナの家を見つけてやっとの思いで辿り着けば、ドナが優しく出迎えてくれた。
手紙を渡すと、目をすっと冷たく細める。
「ふーん、ジョルジュがくるんだ……」
「じょるじゅ?」
「村にとっては、大嫌いな吸血鬼かな」
ドナは手紙を大事に受け取ったと思ったのに、ぐしゃぐしゃにしてゴミ箱へ捨てる。
「あーっ! ひどい!」
「……ごめんね、シャルロット。伯爵様に伝えてくれないかな。
僕はジョルジュがくるなら、監視しなきゃいけない。
村が心配だからね。
だから〝来ないでくれ〟という願いは聞き入れられない、と」
ふーっと蟀谷を抑えながら呼吸をゆっくりするドナは、どこか
冷静じゃない気がした。
そんなドナが少し怖くて、手紙を届けたし、「もう帰る」と飛び出る。
いつものドナなら引き留めるのに、「一人じゃ危ないよ」って。
でも、いつものドナじゃないのは合ってたみたいで、ドナはそのまま私を見送った。
森で、少し寂しい思いで、トマトを食べていた。
(手紙をぐしゃぐしゃにするなんて……。
そんなにじょるじゅさんは、嫌な人なのかな?)
ドナは私が吸血鬼になったといっても、あまり毛嫌いしなかったのに。
他の人が吸血鬼を嫌うっていうなら判るけれど、ドナが毛嫌いするのは何だか意外。
「ぐるるるる……」
獣の唸り声が聞こえる。
はっとして振り返ると、そこには狼がいて、私は囲まれている……。
「あ、あ……」
木笛を吹かなきゃ。
慌てて胸元にある笛を手探りで探して、手繰り寄せるのに。
手が震えてうまく持てない。
涙がぼろぼろ零れると、
狼たちは喜んで近づいてくる――私を食べ物と見なしている瞳で。態度で。鳴き声で。
やだ、怖い、助けて!
「あるうううううう! 助けてえええ!!」
私の泣き叫ぶ声と同時に狼たちが襲ってきたと思った。
瞳を強く閉じていた。
だけど、何も衝撃が来ない。
どうして? 不思議に思い、瞳を開けると――。
「ったく、ロリコンかよ、獣まで。
ロリコンは、アルカードだけで充分なんだよ……」
水色の瞳に、月明かりが綺麗に映し出され、輝く。
薄い白銀の髪色は、夜に包まれ、少し青みを帯びている。
ドナより少し年上くらいの見目の少年は、空中に浮いていると思えば、すっと降りる。
降りると同時に、狼たちが地上に叩きつけられて、きゃうんと鳴き声をあげた。
狼たちは、水色の美しい人を見ると、怯えてさっさか消えていった。
「大丈夫?」
「……あ、ありがとう」
「……ン? アンタ……真のロリじゃねぇな? 何だ、助けて損した」
言ってる言葉の内容が、判るようで分からない。
「もっとこう泣きじゃくって、お漏らししたりしてさァ、ありがとおおおって
感涙してほしかったのによォ。まァ、いいか。アンタ、アルカードって奴知ってるか?
そいつンとこに連れて行け」
「あの、貴方は――?」
「俺様は、ジョルジュ・アンリ。アルカードの兄貴分だ」