第五話 嘘泣きは奥の手です
「やっぱり太陽は苦手なんだね、シャルロットは」
「……こんなにきついものだって思わなかったわ、有難うドナ」
私はドナに背負られて、教会へ向かっていた。
小さなリュックを背負って、その中にはアルお手製のトマトとチーズ、それからブラックオリーブを挟んだサンドイッチがある。
素材は全部村人から貰ったものらしいけれど、アルが張り切って作ってくれたもの。
「どういたしまして」
「私ね、ドナは反対すると思ったの。神様を利用するなんて!って怒るのかと」
「……怒ってもいいかもしれないけれど、さ。
でも、君がそれで心から神様を信じる切っ掛けになれば嬉しいし、
何より今の君は小さくて可愛くて守らなきゃいけない存在だからね。
それに伯爵様のお気に入りだ」
「……ドナはお兄ちゃんみたい」
「あはは、その言葉は伯爵様には聞かせないようにね」
さぁついたよ、とドナは私を教会の前に下ろす。
教会はステンドグラスが綺麗で、日差しから十字架に向けて伸びている。
眩しさのあまりに、私は息を呑む。
同時に――苦しい。
やっぱり、吸血鬼になったというのがこの体に応えるみたいで、
私はくらくらとしそうになった。
「つらい?」
「大丈夫。神父様は?」
「あそこにいるよ、神父様! こんにちわ、こっちが例のシャルロットという子です!」
「ああ、はい、お待ちしておりました」
神父様はにこにことしたおじさんで、しゃがんで視線を合わせてくれた。
「……シャルロット、あのことは内緒にしてるからね」
こっそりとドナが教えてくれる。
あのことは、私が吸血鬼になったことだろう。
ばれたら大変な目に、アルがあってしまうから。
「それで伯爵様は元気にしてましたか?」
「はい」
「あの人も本当に不憫な方で……クリスティーヌ様は素晴らしい方でした、
ああ、亡くなられた奥様のことです」
あの絵の人、クリスティーヌっていうんだ……。
「クリスティーヌ様の作る野菜は、我々に革命をもたらしました……。
あの方の提案された肥料は素晴らしい。
肥料から拘り、土の軟らかさをも愛しみ、家畜にも慈悲の心を持つなんて
なんてあの方は素晴らしいのか……」
「神父様、小さな子にそんなこと言っても判りませんよ」
「いえ、ね。シャルロットが、あまりにクリスティーヌ様に似てるから、つい……。
シャルロット、修道女になりたいのだね?」
「はい!」
「じゃあまずはお勉強しましょう。貴方が大きくなっても、同じ考えなら此処で受け入れましょう」
どきっとした。
だ、だって大きくなったらって……私、吸血鬼だからもう年を取らないのに!
ドナと視線を交じらせる。
「し、神父様、やっぱりやめちゃうみたいです」
「おや? そうですか?」
「いや、何かほら泣きそうじゃないですか!」
「う、うわぁああん、お勉強ヤダヨー!」
ドナの演技にあわせるけど、中々にこれは酷い。
日本にいた頃の私なら、こんな演技見ていたら腹抱えて笑っていたかもしれない。
神父様が首を傾げる頃に、「失礼します」とドナが私を連れて行く。
「油断していたね、そうだ、君は年を取らないんだ……!」
「……そ、そうなると何かまずいの?」
「うん、僕が黙っていても周囲に伯爵様が人を噛んだってばれちゃう……
これは、まずいな。君のことは隠すべきだったんだ」
まずったな、と顔に書いてある。
「……アルは処刑されたりしちゃうの?」
「――大丈夫、伯爵様は今まで村人に沢山沢山尽くしてくれたから。
だけど怖がられてしまう未来はくるから、……ねぇシャルロット。
お城でも賛美歌や、神の教えを僕が教えに行くよ。
だから君と伯爵様は、さ。何か他の手段で、神の教えを広める方法を考えよう」
どうやらシスターになるまでも前途多難のようです――。