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掌編「遥か遠い空の向こう、雲の上を目指して」

作者: かさのきず

 空は遠い。

 俺は改めてそれを感じていた。

 王立魔法学院初等部。国中の神童と呼ばれるような存在のみが集まるこの学園の屋上で、俺はただ空を見つめていた。

 この空をどこまでも高く飛んでいく。それが僕の願いであり、目標。

 シルファのために、俺が立てた目標だ。

 シルファの両親はついこの間死んだ。それからシルファは学園に来ていない。

 俺みたいに両親からさっさと引き離されてこの学園にきた人間と違って、シルファは学園に入学した後も毎日家から通っていた。

 もう家族という存在がどういうものなのか、俺にはおぼろげな記憶しかないけど、シルファは違っていたのだろう。あまりにもショックな出来事だったんだろう。

 だから俺は決めた。

 空の向こう。雲の先にある天界まで行けるような魔法を開発するって。

 しかし俺はそのとっかかりすら掴めずにいる。

 情けないな……。そう思う反面で、この結果が当たり前であることもわかる。

 まともに魔法開発の授業が行われるのは高等部以上。本格的なものになるとそれこそ宮廷魔法師の開発部しかやっていない。それだって年に一個、使えるか使えないか微妙な魔法を開発されるくらいだ。

 俺はまだ初等部の学生。その立場がこの上なく不甲斐なく感じる。

 でも、おぼろげな父の記憶がふと蘇って、諦めそうになる心を奮い立たせてくれた。

「進むべき道を決めたら、わき目を振るな。まっすぐ進んでいけ」

 俺にはそれができる。そう信じてくれる眼だけは、父の顔も思い出せない俺の記憶にはっきりと残っている。

 俺は立ち上がった。

 再び魔法陣を組んでいく。

 使うのは風の魔法。ただ単純に風で体を押す魔法だが、これを上に向かって発動させる。

 しかし。浮いたのは一瞬だけだった。それも三十センチも行かない。これなら身体強化系の魔法を使ってジャンプしたほうが高く跳べる。

 自分の体が落下していくのを感じながら、諦めきれない俺は空へと手を伸ばす。

 その手の先、遥遠い空の向こうで、鳥が地面にはいつくばる俺たちをあざ笑うかのように飛んでいった。



 目標、二階にあるシルファの部屋の窓。

 俺は魔法陣を組んで、発動する。

 使うのはあの時と同じく風で体を押す魔法。

 練習した結果通り、俺の身体が強烈な力で押されて、窓枠がほぼ一瞬で目の前に来る。

 事前に確認した通り開いていた窓に身を滑り込ませると、シルファがベッドの上で呆然と俺を見ていた。

「よう、お寝坊さんだな」

 シルファはまだ寝間着姿だった。もうお昼にもなるのにかかわらずだ。

「えっ、ちょっ、見ないで」

 弱弱しい声だった。何日も泣き通していたのだろう、目が真っ赤に腫れている。

 それなのに、彼女の反応は苛烈だった。

 シルファは俺の姿を確認した瞬間、ほぼ一瞬で魔法陣を空中に描くと、なんの躊躇もなく魔法を放った。

 窓から飛び立つ俺。

 この威力なら真上に飛ばせば十メートル近くまで行けるんじゃないか……? 何時間もの練習の成果か、そんなことを思いながら俺は落ちていった。



「もう、ちゃんと玄関から入ってよ」

「いや、お前が出ないからこうして窓から入ってくるしかなかったんじゃないか」

「じゃあ、来ないで」

 再びシルファの部屋で彼女はそう言うが、そういうわけにはいかない。

「お前が元気ないとこっちまで元気なくすんだよ。だから元気出せ」

 そうじゃないと張り合いがない。

 シルファはいわゆる神童って存在の中でも一握りの天才だ。学年次席の俺にとって、先を行く目標だ。そのシルファがこうも不甲斐ないんじゃ、学園に行く楽しみも半減する。

「勝手な言い方……」

 じと目でシルファに睨みつけられるが、そんなのはどうだっていい。

「シルファ、俺は進むべき道を見つけたぞ」

 悲しくなんてないけど、すっかり忘れてしまった父の記憶は大切なもので、だからこそ俺にとって進むべき道というのは何よりも大きな言葉だ。

「俺は、この空の遥か向こう。雲の先にある天界まで行ける魔法を作って、お前を両親に会わせてやる」

 おそらく一生を賭けることになるだろう。それでも、俺を信じる父の眼が、俺を前に押し出してくれる。

「だからそんなに悲しそうな顔するんじゃねえよ」

 両親のことを思い出したのか、泣きそうな顔をするシルファに俺は言う。

「うるさい。出てって」

 そう言うシルファにまた窓から吹き飛ばされ、今度は窓もしめられて玄関からも入れてもらえなかったが、次の日からシルファはまた学園に復帰しはじめた。



 結局のところ、空を自在に飛ぶ魔法を開発するのには数十年かかってしまった。

 しかも、そうして空を自在に飛んだ結果として、空の遥か向こう、雲の先にある天界の存在は否定されることになり、俺は進むべき道というものを失ってしまったのだ。

 しかし、その頃にはシルファも立ち直っていて、失意の底にあった俺を慰めてくれた。

 そして俺は思い出す。元々シルファのために開発しようとした魔法だ。シルファが元気になった今、その魔法は必要なかったのだ。

 ただ、そうして魔法の開発に身を置いていた経験は結構なもので、俺はその後もたくさんの有用な魔法を世に送り出す。

 発明王。だなんて呼ばれた。

「しかし、やっぱり見つけたかったな。天界」

「もう、その話はいいって言ったじゃない」

 病室の中、ベッドに横たわりながらシルファに言う。

「別にシルファのためじゃないぞ? 俺がお前の両親に会いたかったんだ」

 年老いたシルファは首を傾げる。その目は泣いていたのか真っ赤に腫れている。

 俺もいい加減、歳だ。寿命なのだろう。

 魔法による延命措置で死の瞬間まで寝たきりながらも普通にしゃべっていられるが、それももう終わりであることを他でもない俺自身が感じ取っている。

 だからこれが最後の言葉だ。

「娘さんを俺にくださいって言いたかったからな」

 目を閉じたつもりもないのに、目の前が真っ暗になっていく。これが死ぬということか。案外、あっさりとしたものだな。

 そうして意識を失う直前、シルファの声が聞こえる。

「プロポーズならもっと早く言いなさいよ……」

 すまんな。天界で待っているから、のんびり来いよ。

 最後にそれだけ想って、俺は眠りについた。

今回は結局二人は結ばれませんでした。

けれど、天界に行ったらめっちゃいちゃいちゃしているんじゃないでしょうか。

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