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キンモクセイ

作者: 東雲 秋葉

 いきなりこんな事を言うのもどうかと思うけど、いきなりだからこそ言えることもあると思う。


 ボク――葵ツバキは現在、片思い中だったりする。


 相手は同じクラスの柊結花さん。周りからは「お花さん」と呼ばれていたりする。

 ガーデニングが趣味で、よく学校に家で咲いた花を持ってくる。そのため、教室はいつもお花さんが持ってきた花で飾られていて、華やかで、色とりどりだ。


「おはよーお花さん。今日はどんな花を持ってきたの?」

 同じクラスの女子が、小さな鉢植えを抱えて教室に入ってきた彼女に話しかける。

 足を止めるのに連なって、お花さんの長い黒髪がシャランと軽く揺れた。

 ……可憐だ。

「おはようござます。これですか? こえは『プリムラ』という花です」

 お花さんはまるで自分の子供を自慢するように、ニコニコと持ってきた花について話し始める。

「ちょうど今の時期ーー秋頃から咲き始める花で――」

「へ、へぇ……」

「それで――――」

「う、うん……」

 何時もはお淑やかで、野に咲く一輪のナデシコのような存在のお花さん。しかし、こと花の事になると向日葵の様に活き活きとし始めるのだ。

「あっ。ご、ごめんなさい。つい捲し立てちゃって・・・・・・」

 マシンガントークに相手が困っていることに気が付いたお花さんは、自分のさっきまでの態度が恥ずかしくなったのか、膨れた風船から一気に空気が抜けるように萎み始める。

 心なしか、プリムラの花も元気が無くなったように思える。

「ううん。気にしないで。お花さんの話面白いよ」

「……ほんとうですか?」

 ピクッとお花さんの体が反応する。

「本当本当。ほら、せっかく持ってきたんだし。早く飾っちゃおうよ。皆も楽しみにしてるよ」

 その言葉を聞くと、お花さんは俯いていた顔を上げ教室を見渡し始める。

 クラスの皆がうんうんと頷く。

 そして、見渡すお花さんの目がボクと合う。


 どうしよう。目が合うだけで嬉しい、というか、心臓がバクバクして仕方がないんですけど……っ!


 嬉しさ。いや、ニヤニヤが表情に出ないように堪える。堪える。堪える。堪える。

 今の自分は、ひきつったような歪な笑みを浮かべているに違いない。

 そんなボクをお花さんが見ている。

 せめてもと思い、ボクは出来るだけの笑顔をお花さんに向けた。


 ――プイッ。


 逸らされた。

「……え?」

 逸らされた? ボクの目が正しいのなら、お花さんに視線を逸らされた様な気がする。

 いや、あれだよ。お花さんはクラスの皆を見渡していたんだ。ずっとボクだけを見ているわけにもいかない。ボクの反応を見たから次の人の反応を伺いにいったんだ。


 ボクはモヤモヤを抱えながら朝のホームルームを迎えた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 帰り道。あれから疑問が晴れることなく、学校は終わりを迎えてしまった。

 そして今、ボクはお花さんと肩を並べて帰路に就いている。

 というのも、帰ろうとしたところに「少し良いですか?」とお花さんに声を掛けられ、「一緒に帰りませんか?」とお誘いを受けたからだ。

 しかし、一緒に学校を出て歩き出したのは良いものの、一向に会話が始まる兆しが見えない。

 まずい、まずいぞ。折角のチャンスなのに。このままでは何の話もなく、終わってしまう。

 何でもいい。いや、何でもは良くないか。何か会話の切っ掛けになる物があれば……!

 その時、ほのかに甘い香りがボクの鼻をくすぐった。

 お花さんが足を止めた。釣られてボクも足を止める

 何だろう、この香りは。オレンジを甘く煮詰めたような感じ。

 お花さんはどうなんだろう。ボクは隣に立っているお花さんの横顔を覗く。

 覗くと、お花さんは目を閉じていた。どういうことだろうか?

「柊さん?」

「……っ! す、すいません。キンモクセイの素敵な香りがしたものですから、つい……」

「キンモクセイ?」

「はい、この独特の甘い香りはキンモクセイのものです。ちょうど今頃が開花時期なんですよ?」

「へぇー」

 再び僕たちは歩き始める。

 一歩一歩進むにつれて、甘い匂いが強くなるのが分かる。

 匂いに誘われるように、自然と足が進む。

 やがて、一見の家の前に辿り着いた。

「ここかな?」

 ボクはお花さんに尋ねてみる。

「はい。よかったら見ていきますか?」

「え、勝手に入っちゃったら拙くないかな?」

 ボクの言葉にお花さんが「クスクス」と悪戯な笑みを浮かべて楽しそうに笑う。

 今の遣り取りに何か可笑しなことでもあっただろうか。

「葵さん、この家の表札を見てみてください」

「表札?」

 ボクは門に掲げてある表札を観察する。

 すると……。


『柊』


「柊って――」

 ボクはお花さんの方を向く。

「はい、ここは私の家です。だから入っちゃって全然問題ありません」

 お花さんに導かれ。ボク達は中庭へ入る。

「これが、キンモクセイか」

 間近に見るキンモクセイは、より芳しい香りを放ち存在を示していた。

「あの、葵さん。今朝は申し訳ありませんでした」

 突然、お花さんがボクに謝ってくる。

 今朝? 今朝って……。

「もしかして、目を逸らしたこと?」

 ボクがそう告げると、お花さんは目を俯かせた。やはり間違いではなかったらしい。

「でも、どうして?」

 ボクは理由を尋ねる。

「えっと、その……。知りたいですか?」

 お花さんからの、訳ありそうな質問に、「もちろん」と答える。

「そうですか…………。葵さん、キンモクセイの花言葉をご存じですか?」

 ここで花の話題。一体どういうことだ?

「ゴメン。知らないや」

 ボクの言葉に、お花さんは「よかった」とホッとした表情を見せる。

「では聞いてくださいね。キンモクセイの花言葉は――」


 初恋。

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