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【知恵の実】

作者: エビマヨ

「約束の日だよ」少年は部屋の隅で一人うずくまる少女に話しかけた。

 〈ガーン・ガーン・ガーン〉

 どこからか規則的な機械音が響いていた。その度に小さな部屋は、その音と共鳴するように震えている。

 外は春の陽光に照らされ眩しく輝いているとゆうのに、その部屋は闇を切り取ったかのように暗く、ジメジメとした空気を漂わせている。

 「やっと来たんだぁー、ヒカルゥー」どこか怠そうに少女が口を開いた。


 ※場面は三日前に遡る・・・

 

 古ぼけたアパートの一室に、ヒカルと少女はいた。

 「何も盗むものなんてないよ」少女はヒカルの方を見ようともせずに言い放つ。

 「オレの名はヒカル、泥棒じゃない」ヒカルは表情を変えずに名乗った。

 「じゃあ、こんな所に何しに来たの?迷子かな?」からかうように少女が言った。

 「忠告しに来たんだ」ヒカルはあくまで冷静であった。

 「大きなお世話だわ」予想していた答えだったのだろう。ヒカルの話を聞こうともせずにハッキリと拒絶する。

 「またなの!このままじゃいけないとか病気になるとかでしょ?市役所?ボランティア?吐き気がするわ!何様のつもり!」一気にまくし立てると側にあった雑誌を放りなげる。とっくに引退したアイドルが表紙を飾った雑誌は、ヒカルの胸に当たって床に落ちた。

 「そのどちらでもないし、何様のつもりでもない」やんわりと否定する。

 「あと3日」ヒカルは切なげに宣告した。

 「支払い?お金なんてないよ」少女は投げやりに言った。

 「後3日で君は死ぬ」ヒカルの表情は真剣そのものだった。

 「冗談言ってるようには聞こえないわね。宗教家?占い師?」ヒカルに対して興味を抱いたようだった。

 「その答えもハズレ。オレの言葉を信じるかどうかは君の勝手だが嘘は言ってない」ヒカルは歯痒さを感じていた。

 「もし私が3日後に死んだとして、あなたに何の関係があるのよ?」挑戦的に少女はくってかかる。今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 「もう・・もう誰にも死んでほしくないんだ」ヒカルはどこか違う景色をその瞳に写していた。そこには桜が咲いていた・・。

 「随分と優しいのね」小馬鹿にしたように少女は笑う。

 「運命を変える事が出来ないのなら、人は何の為に生きるのだろう」まるで自分に問いかけているようだった。

 「3日後に私はどうやって死ぬの?」挑むように聞く。

 「それは言えない」しばしの沈黙の後、苦しそうに言った。

 「あっそ、どうでもいいわ、たぶん原因はなんとなくわかるしね」興味なさげに答える。

 「3日後に、もう一度会いにくるから」ヒカルは急に周りを気にしだした。

 (近くにきている・・・。)

 「約束なんて破る為にあるものよ」少女はあくまで強気だった。

 「もう行かなきゃ」そう言うと、ヒカルは壁をすり抜けて消えていった。

 「マジで・・・」少女はヒカルがすり抜けた壁をいつまでも呆然と見つめていた。

  

※場面は冒頭に戻る


「その様子じゃ、あれから何も口にしていないね」ヒカルが、やや強い口調で言う。

 「食べようとは思ったんだけどねぇ」3日前とは別人のように元気がなかった。

 「どうして・・・」ヒカルが悲しそうに見つめる。

 「わたしねぇ、これでも昔はOLだったのよ」どこか懐かしむような目をする。

 「田舎から出てきて、コンビニでバイトしながら専門学校に通ってた、今思えば平凡だけど幸せだったのかなぁ」遠い目をしていた。

 「小さな食品会社に就職して、OLとして暮らしてたの。」しゃべるのも辛そうだったが、ヒカルは制止することができないでいた。

 「ある日、同僚に誘われてホストクラブへ行ったわ。この町に出てきて初めて優しくされた、そう思った」どこか懐かしそうに話す。

 「そこで知り合った人を好きになった。後はよくある話ね、貢ぐだけ貢いで捨てられた。若かったのね。後悔はしてないけどねぇ」強がりにも聞こえたが、その男を好きだった気持ちは伝わってくる。

 「眠れない夜が続いて、いつしか食事も喉を通らなくなったわ」やつれた姿が真実を映し出した鏡のようであった。

 「拒食症・・・」ヒカルが呟くよにぽつりと言った。

 「摂食障害の一つ・・・」ヒカルの言葉に驚いたように少女が顔を上げる。

 「詳しいのねぇ」じっと目を見つめながら言う。

 「だんだん食べれなくなって、最後はリンゴしか食べれなかった」そう言うと少女は近くの竹かごから、青いリンゴをとって見せた。

 「リンゴ?」どうしてリンゴなのか?好きだった果物なのか?ヒカルは不思議そうに青いリンゴに視線を落とす。

 「知恵がほしかったのかなぁ」まるで謎かけのようだ。

 「エデンにあるとゆう禁断の果実よ」少女は可笑しそうに言った。

 「そうだ、最後のリンゴあなたにあげるわ」 少女はヒカルに手渡そうとする。

 「ダメだ、君が食べなきゃ」ヒカルは驚いたように首を振る。

 「もういいの、こんな私の話を最後まで聞いてくれたお礼よ。今の私にはこれが精一杯だから」少女は切なそうにリンゴをさしだす。

 「ヒカルの闇がいつか晴れますように」そうゆうと少女はヒカルの手を握り締めながらリンゴを手渡した。

 「さよなら、やっと楽になれるわ。運命って変えられるものだったのね。ありがとう」少女が優しくヒカルに言った。

 「何もできなかった」ヒカルには少女の運命は何一つ変わったとは思えなかった。

 「いいえ、私の運命は変わったの。絶望して死ぬんじゃなく、笑って死ねるから」だんだん消えていく命の灯火を最後の気力でふりしぼる。

 「死んじゃダメだ!」ヒカルが今にも瞳を閉じようとしている少女に言う。

 「泣かないで、笑って」そう言うとヒカルの手を握り締めていた手の力が、だんだんと弱くなっていった。

 そして、完全に命の灯火は消えた。


エピローグ


 どれぐらいの時間そうしていたのだろう。冷たくなっていく少女の手を握り締めながら、ヒカルはむせび泣いた。

 やがて、重い足取りで部屋を後にすると、ヒカルよりも頭一つ大きな少年が待っていた。

「ヒカル、違反行為だぞ」責めるとゆうよりは、言い聞かせるようにヒカルに言った。 「暫く監視する事になりそうだ」やれやれといった感じでヒカルの肩を叩く。

 何も写し出してなかったヒカルの瞳に白い結晶が横切る。

 「雪かぁー、この時期に降るなんて」ヒカルの横で少年が珍しそうに空を見ていた。光を取り戻したヒカルの瞳は、真っ白な雪をただ黙って見つめていた。そこに、少女の面影を重ねているかのように。

 春先に降り始めた季節はずれの雪は、いつまでも、いつまでも、しんしんと降り続いた。


END 

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