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第二話

 真冶は焦っていた。何とかしてごまかさないといけない。しかし自分のネタ帳を読まれてしまったのなら全く無関係なふりはできない。


「ああ、中を見たの? これは……、知り合いの人に借りたんだ。趣味でマンガを描いている人で、僕もそういうのに興味があったから」

「メガネ・デイズのクラモト先生はこの学校の大内先生、オオチ先生は倉元先生がモデルね。それにスズカと速見涼花さんも。マンガの校舎に描かれていた小物と同じ物がこの学校にも幾つかある」


 立て続けに証拠を上げられて、真冶はそれ以上ごまかすことができなくなった。


「あ、あの……。ごめんなさい」

「え? 謝ることなんて何もない」

「本当は僕がそのマンガを描いてたんだ。その、ちょっと知られたくなくて」


 その言葉に水瀬の笑みが広がった。真冶の頭の中で警報が鳴ったが、もう取り返しはつかない。


「どうしてやめたの?」

「やめたというか、描けないんです。分かってもらえないかのしれないけど、マンガってそういうこともあるんです」

「話の方はずっと先まで書いてるのに?」

「それはシナリオだから。絵と違って細かいところは必要ないんです」

「細かいところって?」

「セリフとか、話の筋と関係のない行動とか、……です」

「どうして描けないの?」

「まあ、なんと言えばいいか、その、経験不足というか」

「マンガって経験してないから描けないってことはない。九朗柿センセもあのマンガに体験したことだけ描いてるわけじゃない。あんな力を持ってる人なんて本当にはいない」


 水瀬はすこし強い口調で言ったが、口元の笑みは消えていない。真冶は先生に諭されているような気持ちになった。


「それはそうなんですが。でも、読者の誰も持っていない力なら、何を描いても嘘だと言えないってことですよね。それらしく描く必要はありますが」

「それは何?」

「え?」

「何が描けないの? 今までの話には描く必要がなかったことよね」


 真冶は言いたくなかったが、隠しておける状況ではなかった。


「最後の話は読みましたか?」

「もちろん」

「あの話で、リョウタとホノカは自他ともに認める恋人同士になりました。だから2人が交わす言葉や行動にも変化がないと不自然です」

「そうね」

「両想いになった高校生の恋人同士がどんなことをするのかなんて、僕にはわかりません」


 水瀬がすこし驚いたような表情になった。笑みは消えていないので面白がっているようにも見える。


「ギャグで2人をベタベタさせるぐらいだったら、それは何とか描けるけど、僕が描きたいのはもっとリアルな感じなんですよ」

「なるほど。確かにマンガばかり描いている中学生には難しいわね」


 真冶は彼女にディスられていると感じたが、確かに事実だから否定はできない。


「僕のマンガを読んでいるのは、確認できないけど高校生以上がほとんどだと思うんです。つまり僕から見たら読者の多くは恋愛のエキスパートなんです」


 すでに高校生活を体験したことがある人なら、それは彼の幻想だと指摘しただろう。しかし真冶はまだ未来に希望を持っている中学生で、水瀬も彼の言葉を否定しようとはしなかった。


「つまり」


 水瀬はそう言って指を立てた。


「九朗柿センセに恋人ができれば、続きを描けるようになるのね」

「まあそうなんですけど、それが現実になるのはかなり先の話になりそうだから」

「わかった。任せて!」

「? ……何を?」

「今日はみんな帰った後だから、行動するのは明日からね」


 状況が理解できないまま話が進められていく。真冶の頭の警報が最大音量になった。


「水瀬さん。ちょっと話が」「九朗柿センセ!」


 水瀬がその両手で真冶の左手を包むように握って顔を近づけた。右手ではないのはネタ帳を持っているからだ。だだでさえそんな経験のほとんどない真冶は、雲の上の存在と思っていた水瀬のその行為に頭に血が登るのを感じた。


「いきなり信じてとは言わない。これからの行動を見てて」

「あ、はい」


 真冶は反射的にそう言ってしまった。どんどん深みにはまっていく状況を何とかするため、彼は水瀬から情報を得ようとした。


「水瀬さんの目的は、僕に話の続きを描いてもらうことですよね」

「そう。わたしは九朗柿センセのファンだから」

「僕の?」

「第1話を読んだのは公開の少し後だったけど、2話目からはリアルタイムで読んでるの」


 一時はかなり人気があったものの、最近は1週間分のアクセスでさえ200前後だった。人数なら100人を割っているだろう。いつも超然としている水瀬がその中にいて、しかもファンを自称している。真冶には信じられないような話だった。


「本当。話は全部頭に入ってる。何でも質問して」


 真冶の顔から疑いの気持ちを読んだのか、水瀬は少しむきになっていった。


「質問と言っても……」


 真冶が言い淀んでいると、ふと別の考えが浮かんだ。


「ファンだったら逆に何か聞きたいことがあるんじゃないですか。作者と会ったんだから」

「もちろんあるわ。まずリョウタの……、あ、やめておく。やっぱりマンガを読んで知りたいから。ちょっと待って。これからの話に関係ないことで……。あれ? 本当に関係がないのかな。わたしには分からない」

「まず聞いてみてください。今後明らかになることなら言いませんから」

「じゃあ、ずっと気になってたことで。原作のリョウタはホノカの呪いを受け継いだよね。最も血の近い者が呪いを引き継ぐって設定だと、それはリョウタじゃないでしょ?」

「それはですね。直接じゃないんです。間に1人、呪いを受け継いだ者がいるんです」

「途中?」


 水瀬は少しだけ考えて、何かに気付いたようにはっとした。


「そうです。リョウタは自分が呪いの力を得たことを知って、初めてホノカだけでなくもう1人の命も失われたことに気付くんです。アニメの8話でメガネ先輩が妊婦を助けたシーンがあったでしょう。それにはこの伏線があったという……、え?」


 水瀬の顔はうつむいて、口元からいつもの笑顔が消えていた。今の説明が作品のファンである彼女を傷つけたのかと思い、真冶は慌ててフォローした。


「いや。それはもう没になった設定です。そんなことにはなりませんでした」


 真冶がそう言っても水瀬はなかなか顔を上げなかった。しかし、しばらくして真冶の方に顔を向けたときにはいつもの笑顔を浮かべていた。話に矛盾がないか頭の中で検討していただけなのだろう。真冶はそう思った。


「よく考えられた設定ね。思いつかなかった」

「ありがとうございます」

「九朗柿センセ。その敬語はやめて欲しいんだけど」

「え。そうですか……そうか。こんな話し方の方がいい?」

「うん」

「それだったら、九朗柿センセと呼ぶのもやめてくれないか」

「だめなの? 他に人がいるときは鹿波さんって呼ぶから。もし誰かに聞かれたら作者だとばれるから? それならセンセだけでもだめ?」

「まあ、それだけなら」


 その時、下校時刻を知らせる音楽が教室に流れた。


「じゃあまた明日。センセに難しいことは言わないから」


 そう言って水瀬は教室を出て行った。真冶はしばらく立ち尽くしていたが、見回りの先生に声を掛けられて、慌てて教室を出てそのまま家に帰った。




 翌日。登校した真冶は自分の机の中に見覚えのないノートを見つけた。開いてみると最初のページにこう書いてあった。


『今日、昼休みになったら、中庭のベンチで座っていてください』


 水瀬が連絡用に置いていったものだった。真冶は昼食を終えるとすぐに中庭に向かった。指示された通りそこにあるベンチの1つに座っていると、1組の辻占が現れて真冶の視線に気付くと手を上げた。色白で髪は長く水瀬ほどではないが美人だ。誰にでも気さくで男子の人気も高い。


「図書部の部長から水瀬さんへの伝言なんだけど、水瀬さんが今は忙しいから代わりに鹿波くんに説明しておいてって。すごいわね、鹿波くん。あの水瀬さんと友だちなんだってね」


 そう言うと辻占は手に持った紙を真冶に渡して説明を始めた。蔵書の入れ替えについての話のようだが、状況がよく分かららず混乱している真冶には、その話がうまく頭に入ってこない。


「じゃあ、お願いね」


 そう言って辻占は去っていった。真冶には今聞いた話を水瀬に正しく伝える自信がなかった。


「センセは辻占さんには興味ない? わたしとしてはお薦めなんだけど」


 いきなり背後から声が聞こえ、真冶は驚いて振り向いた。


「水瀬さん。いつの間にここへ?」

「この茂みに隠れてたの」


 確かにベンチの後ろには茂みがあった。今は水瀬が立ち上がっているので胸より上が見えているが、しゃがめば十分隠れられそうだ。その姿を想像した真冶は強い違和感を感じた。彼女がそんな真似をするとは誰も思わないだろう。


「それで、辻占さんの印象は?」

「問題は僕じゃなくて辻占さんの方じゃないかな」

「じゃあ、センセの方はOK?」

「今まで特に意識したことはないんだ」

「それじゃあ今後の可能性はあるけど、結果がでるとしても時間がかかるかな」


 どうやら水瀬は本気で真冶に彼女を作ろうとしているようだ。


「センセは誰か好きな子がいる?」

「普通は最初にそれを聞くんじゃないか?」

「マンガ漬けの生活だったからいないと思って」

「……たしかにはっきりと好きな子はいないけど」

「だからセンセが好きそうな子を選んだの。辻占さんってちょっとホノカに似てるでしょ。ヒロインに作者の理想が現れるって聞いたから」

「似てるといっても、色が白くて髪が長いところと、結構……その、かわいいってところぐらいだろ。つまり外見だけだよ」

「中身がホノカみたいな子が好きなの?」

「いや、それは勘弁……って、別に好きなタイプをヒロインにしたわけじゃないから。あの話にはああいうキャラが必要なんだよ」

「そうなんだ。そういえばスズカも最初の頃とすっかり性格が変わったよね。あれも話の都合なの?」

「まあね」

「すると、初登場の頃のスズカがセンセの好みだったのかな。あのモデルって速見さんよね」

「え?」

「そういうことか。ありがと。予定とは違ったけど参考になった」


 そう言って水瀬はその場を立ち去っていった。


「ちょっと、水瀬さん? 僕の意見も聞いてよ!」

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