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恵も、つられたように笑った。

夏は眩しい。



夏は眩しい。遠景が陽炎のようになって揺らめく。

 陽炎は、左端の、小さな、ほんのごく小さな点として現れる。ゆっくり、確実に大きくなっていく。とぐろを巻くように、黒と白が混ざり合って、一つの円をなす。煌々と燃え上がる大地。熱気を帯びたそれは、空と呼応するかのように、息をしはじめる。ハッ、ハッ、ハッ。

 やがてそれらは、奥底から、騒音をもってしてもそれを一瞬のうちにかき消すかのような、一面を覆い尽くす鋭さをもって空間を支配する。あるはずのない記憶がよみがえる。セミ………そう、これは、あのセミの懐かしい鳴き声だ。

 僕は幼少のころの記憶をたどろうとする。………しかし、それは戻ってこない。何かが邪魔をする。僕は根源を掴めない、ただセミの鳴き声は今もやまずに僕の体内をかけめぐる。


 空と、焼け付くような大地の赤。ここには、何が足りないだろう? そうだ、緑だ。どこまでも透き通るような若葉の色、風にそよぐさざめき。空気、光、命。

 それらのイメージが、セミの鳴き声に凡て一つにまとめられて、伝わる。僕は無意識のうちに、足りないイメージを音として欲求していたのだ。僕は、一つ、また一つと思い出していくだろう。今の僕に足りないもの。かつての僕が持っていたもの。

 あるいは、思い出さないかもしれないが。


 とにかく、暑い。ここは。永遠に続く道のようだ。

大地はどこまでもわたっているかのようだ。終わる気配をみじんも見せない。空はどこまでも大地をおおっているかのよう。昼は終わらない。

 この足にかかる重みを、体一つ分のしっかりとした、まどろっこしくてのろまな重みを、感じながら、セミとともに歩く。



 夕食は、お母さんお手製の――――お手製の?―――カレー。スパイスが売ってたからと、ルーから選んだインド・カレーに、きゅうりとレタスとトマトのサラダ。卵スープ付き。ベタでも、暑いときはカレーを食べると元気が出る。ベタで、健康的な食べ物が好きだ。

 夕食を食べて、お風呂に入って、湯上りに冷蔵庫をあける。冷たい麦茶を氷とともにグラスに注ぐ。

 リヴィングでは、弟がテレビをつけっぱなしにして宿題をしていた。

 「こらぁ、こんなところで勉強ができるか!」

ゆさゆさとうちわをあおぎながら、弟はこっちを見もせずに適当な返事をかえす。

ワハハハハ………。ブラウン管から乾いた笑い声が流れる。あっ、あれ□□□だ。ゴールデンにも、本当最近よく見るなぁ、と恵は思う。

 「ほら、テレビをつけっぱなしにしない。 テレビを見るか、宿題をするか、どちらかにしたら。」

 まぁそう言いつつ私もテレビにつられているのだが。

 「はいはーい…。お姉ちゃんは口うるさいなぁ。」

 「なにぃ!?」

弟はけだるそうにテレビのリモコンをさぐってスイッチを消し、今度はラジオのスイッチを付けた。FM放送。

 「ほらこれならいいでしょ。」

いじわるっこみたいにニヤけてこっちを見る。まったく。

FM放送からは、何ともジャジーな選曲がかかって夏の夜にムードを添えていた。


 さて。自分の部屋に戻って、タオルを首に巻いたまま恵は一息つく。

村山くんが言っていたことを思い出す。“もし時間があったら家のパソコンからアクセスしてみて”。、か。ちょっとやってみようかな。

 ハード・ウェアの本体のスイッチを入れる。たちまち、ヴイーンという鈍い音がして、電源用のランプがつく。

 パソコンは自分ではめったにつかわない。このパソコンも、両親が中学生になったら使うからと春になって買ってきてくれたものだ。ただ、恵はパソコンをあまり使うほうではなかった。学校の宿題とか、ちょっとした息抜き程度にマインスーパーをやるとか、その程度だ。

 パソコンの隣には緑の観葉植物がおいてある。大きな葉が二つ、表面がつるりとしている。恵はそれを撫でながら、大きなパソコンが起動しおわるのをゆっくりと待った。その間、もう一度村山くんが言った言葉を正確に思い出した。ヤフー、メッセンジャー。


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