猫はそうしてやってきた(真)
骨のきしみが聞こえ始めたのはいつからか。
つい最近の事ではなかった。海に漂い、記憶が漂白される遙か前から、その音はずっと隣にあった。
けれど無視していた。直せないのはわかっていた。
世にあるものはすべて滅びる。
それが自滅の言い訳にならないのは知っている。滅びるからと言って滅びてもいいやと何もかもを諦めていたら、生あるものに許され.選択肢は生まれた瞬間から自殺だけだ。
わたしはそれでもよかったけど……。
「調子が悪かったらすぐに言ってね」
ずっと昔。余命一月と言われた子にそう言われてしまった時から。
『わたし』は『我が輩』をすることにした。
骨のきしみが聞こえ始めたのはいつからか。
つい最近の事ではなかった。海に漂い、記憶が漂白される遙か前から、その音はずっと隣にあった。
けれど無視していた。直せないのはわかっていた。わかっていたから、隠し続けた。
***
無理、とじっちゃん――もとい、ユアンは言った。
ユアンはオリジナルのパーツを作る偏屈だ。いや、偏屈というのは穏やかに過ぎよう。
そう。ユアンは死体を次ぎあわせて異形を作り出す狂人である。
現代では、CBはCBを作ってはならない、などという人間の決めたルールを遵守する者はほとんどいない。けれどやはりそんなことはしないとする者がほとんどだ。
仮想人格。複雑なシステムを制御するための、人格をモデルにしたシステムである。CBとは仮想人格を積んだ機械を指す。
人間をモデルにしているだけあって、CBは少し変わった癖を持つ。たとえば、自分の体に手をいれる事に嫌悪を感じるという具合に。
ユアンはその制約を突破した希有な例だ。本来別の型に入るべき仮想人格が人型のハードに入ったからのバグだという。
故に彼の手は、普通のCBより遙かに緩やかな制約しかなく。
その手ですら、我が輩の部品が作れなかったのだ。
「そうかい」
ユアンに無理と言われたとき、我が輩はそう返した。それ以上の言葉は持たなかったし、まあ、こんなものかな、という気もしたからだ。
我が輩をこの島につれてきたあの船が、声一つ上げずに海辺に横たわったあの時に思ったのだ。
『ああ、その時が来たんだ――』
しばらく物思いに耽っていると、ユアンは我が輩を抱きかかえて外に出た。シグレと、そういえばまだ名前も聞いたことのない男のCBが、ユアンの説明を聞いている。
シグレは見る見る険しい顔つきになっていく。彼女には諦めの二文字は無いのだろう。それはそれで希有な在りようだ。まるで人間のよう。
それが懐かしく、疎ましい。
思い出が楽しければ楽しいほど、それに手が届かなというのは深く胸をえぐってくる。
ユアンとシグレが相談に……というより、シグレがユアンにかみついているのを後目に、我が輩は彼の膝の上に丸くなった。彼の体は暖かい。電気を無駄にくいそうだ。
「ということらしいよ」
「そうだね」
返事はいつも通り淡泊だ。撫でてこようとしたので、尻尾で叩き落とす。
「お前はどうするんだい?」
「君はどうしたいの?」
残るのは沈黙だけ。
いや、ユアンとシグレの言い争う声。
「まあ、こんなもんだね。元々長生きしすぎたんだ」
「かもね。どうだった?」
「微妙だね。あんたも退屈な奴だったし」
「散々叩いておいてそれかぁ……難しいね、猫って」
「自分でないもんは、すべからく難しいもんさ」
ふうんと、気のない返事。わりかしいいこと言ったと思ったんだけど。
これだからつまらないというのだ。
「まあ。どうしようもないね」
「そっかぁ……」
我が輩は顔を上げた。
なんとなく、声の様子が、いつもと違う気がした。
「どうしようもない、のかなあ?」




