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海里の果て  作者: 黒霧
鯉の滝登り
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エピローグ4 海里の果て

 数日ぶりの晴天の下で、大竜エクは揺れていた。ちょっと傾いてるのは、浸水してるせいだ。

 けれどその体は未だ形を保っている。内部は衝撃でぐちゃぐちゃになっていたが、一月もすれば完全に直ってしまうだろう。大竜エクとしては、まあ、大量の打ち身と内部出血、それに骨折、くらいの気分である。どう考えても重傷だが、今のところ、当人は文句を言っていない。


 エクから五十メートル離れた場所で、海が盛り上がった。

 銀色のとがった顎が水面を割って現れる。三角形の頭部。太い首が胴体に接続され、大きく広げた翼が水を書き散らして虹を作る。丸く膨らんだ胴体に続いて尻尾が表れ、大きくうねって水面を叩いた。


 竜の頭部ハッチがスライドした。そこから二体のCBが出てくる。


/*/


「テストはいい感じだね」

「この子も大分慣れてきたようですね」


 きゅい、と鳴き声をこぼすエーギル級大竜、ケケットのコクピットに座ったまま、月の女は頷いた。表情を変えずによしよしと言って肘掛け部のコントローラーをなでる。

 僕は前側席から彼女を見上げた。斜めに席がついてるせいで、足の下からみあげてるみたいなポジションになる。


「どうだった?」

「何がですか」

「性能」

「目的のスペックは達成しています。流石シグレですね」


 こくりと頷く。ならいいや、と僕はシートに腰掛ける。


 鯉の滝登り事件以来、彼女は竜の仮想人格を作れるようになっていた。事件の最後、大竜エクが目覚めたのも彼女の仕業である。


 艦内CBの九割がダウンしたあの事件は、僕と彼女の悪名を轟かせている。今も罰ゲームとして新型艦の処女航海と、装置探しのための海底探索を命じられていた。


「あのさ」

「はい」

「どうやって作ったの? 竜の仮想人格」


 後部座席から、髪の擦れる音。首を傾げた、のかな。


「誰も聞かないから、誰も興味がないと思ってました」

「そもそも君がやったと睨んでるのは僕だけだと思うよ。何故かログにも残ってなかったし。ケケットだって、エクの子供ということになってるでしょ?」

「エクが隠したんですね。何を考えているのでしょうね」


 心底不思議そうだった。


「で、どうやったの?」

「あなたの告白を利用させてもらいました」

「……利用って」

「全員が一つのシステムとして動くために夢を共有する。あなたの作戦は有効でしたから」彼女は言う。「あのときの皆の仮想人格なら、ストレスなく接続させることも可能だと考えたのです。そこで竜のマザーフレームから艦内全てのCBに接続、人格データをクロール、統合したものを作りました」

「竜の仮想人格を作ろうと思ってたわけじゃなかったんだね」

「はい。皆さんの通信がもう少し高速にできるようになれば、と考えただけでしたから」


 それが結果としてシールド制御可能なだけの思考回路と計算力を提供することになった、ということらしい。

 シートに深くもたれ掛かって、溜息をつく。


「なんか、かなわないなあ……」

「それでいいのです。できないことがあるくらい、不自由の理由にはなりません」

「そうかな……」

「何のために生きていると思っているのですか」

「まあ、そうだよね」


 僕は首を傾げた。胸の奥にもやっとしたものがあるんだけど、うまく言葉にできない。該当する言葉を探してくるんだけど見つからない。最近はこういうことがよくある。


「これからどうしよっか」

「色々確認しなくてはならないことがあります」

「なに、それ」

「恋の行き先をわたしはまだ知りません」


 空を見上げた。雲一つ無い青空に、目が痛くなるような太陽がかかっている。

 月の女は語る。


「確かめてみましょう」

「いいね」

「あなたはどうしますか?」

「そうだなあ」


 ……僕は首を傾げた。僕は彼女の夢を叶えたいという夢がある。その夢を抱いた理由は何だったか。


「君はなんで恋を語りたかったの? 設計者が仕組んだっていうのは聞いたけど、無視だってできたはずだよね」

「まあ、できなくもなかったんですが」


 月の女の声に、初めて色がついた。唇をとがらせているような、かすかないらだちがかいま見える。


「設計者は言ったのです。『わたしには恋なんてわからない。だけど、最近友達がやたら嬉しそうでね、なんというか、腹が立つんだよ』と」

「……はあ」

「不可解きわまります」

「それで?」

「それが理由です。腹が立つのも、喜ぶのも、よくわかりません。なので調べてみようと」

「そっかぁ」


 月明かりの下でないと、彼女はずいぶん泥臭い。

 なんか新鮮だ。


「僕は君をもっと知りたい。当面はそこかな」

「では手始めに、一緒に行ってみましょうか」

「うん。じゃあそのラインで」


 コクピットハッチがスライドして、竜の中が暗くなる。全方向ディスプレイが表示された。画面が浮かび、竜が空を飛ぶ。


/*/


 ――こうして僕達は、この海里の果てから始まった。


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