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海里の果て  作者: 黒霧
鯉の滝登り
56/57

竜の生まれた日

 竜の腹部から黒煙が上がった。雲に触れようかというところまで浮上した大竜エクは、力つきたように体を傾げ。


 落下が始まる。


/*/


「駄目。もう飛ぶ力はない」


 幾つも浮かび上がるウィンドウをまとめて粉砕してシグレは言った。


「無理してみたんだけどねー」

「どのくらい生きてる?」

「三割。重力場も死んでるから、こうなったら不時着時に逆噴射かけるしかないけど、中身がミキサーになるのは確実ね。内側から盛り上がって外装も裂けるかも」


 天井に手をついた僕はウィンドウをいくつか呼び出した。シグレの報告を前提にエネルギー残余を確認。速度は加速している。全身のねじれも。


「まだ嵐の中だよ」

「うん。つまり、全部おじゃん」


 僕はシグレをみた。


「あのさぁね、ここで諦めないでよ」

「諦めちゃいないけどさあ。論理的に詰んでるんだって」

「緊張感無いよね、君達って」


 プラント管理者が向けてくる半眼には無視を貫いた。


「シールド展開したら?」

「そうすりゃ粉々は避けられるでしょうね。だけど無理よ。重力場の計算だって艦内CBの力を借りての全力だったんだもの。浮かぶときと違って落下中はもっと計算が面倒。自分で制御できないもの。この状況だと船体のねじれとの相殺も考えなきゃいけないし、計算力があってもすでに統括しきれないわ」


 シグレは文字通りお手上げをした。


「何か……」


 今から避難。無理だ、焚きつけたせいでみんながバラバラの場所にいる。今から集める時間はない。強引にシールド展開。これもない。衝撃吸収の計算が追いつかずに船体全てが吹き飛ぶだろう。この嵐の中で生き残るには竜の無事が大前提。けど落下衝撃は殺せない。外殻だけなら耐えられても内部構造が衝撃を殺しきれない。内部構造の維持は重力場と物理構造の両方が前提。重力場が死んでる以上木っ端微塵だ。


 方法はない。何度考えても方法がない。


 スピーカーにノイズが走った。


「大竜エクより申し上げます。シールド展開。各員、衝撃にがんばって備えてください」


「――――、え?」


 僕も黒猫もシグレもプラント管理者も、おそらくはそう、竜の中にいる誰も彼もが、聞いたことのない声にぽかんと天井を見上げた。


/*/


 船体下部にエネルギーシールドが展開される。船体のねじれと速度、海面のうねり、風向き、その他観測可能な全てを条件に入れて高速計算を開始。艦内に存在する四千七百二十三機のCB全ての計算力を一時的に借りて、変数が代わるのにあわせて命令を下し始める。


 聞いたことのない声が叫ぶ。

 誰もがそれに応じて走り出した。


 シールドが十メートル単位で微調整を開始、形状を変えていく。手足のスラスターが噴射して傾きを調整。海面はまだうねっている。重力波による制圧場展開。爆発。制御回路が回復不能なレベルで吹き飛んだ。全身から黒煙をあげる大竜。


 だが傾きは消えていた。海はそこだけが奇妙になめらかになっている。


 艦内ブロックの制御をシールドの反力代替する。物理計算シミュレーションのために、千体のCBがブラックアウト。ばたばたと倒れていく。計算力が下がっていく。シールドがぶれる。


 否、シールドは不動。もう計算の必要はない。

 堂々たる態度で大竜は着水。


 轟音。海面から迸り、天を貫く逆しまの滝。雲をなぎ払い、海に、光が射した。

 ややあって、光のうねりが生まれた。

 降り注ぐ水滴が細い光を反射しているのだ。けれどそれはむしろ、生まれたばかりの白い体を大きくくねらせ、天に昇っていくように見えた。


 ――その日、竜は生まれたのだった。

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