鯉の滝登り
船体の揺れときしみは今や構造限界に果てしなく近づいていた。苦鳴はっとくに悲鳴に代わり、背筋が震えるような声をねじれた鉄があげている。
それが風雨にさらされた緑色のドームの光景だった。
斜めに傾ぐ。大地が音を立てて断裂し、巨大なブロック構造の土地が浮かびあがり、そして、力つきるように水中に没していった。突き上げられた竜の船体はもはやひび割れに挟まれ砕かれる寸前かと思われた。
竜が咆哮した。
ドームの下から小さな顔が突き出た。短い手足、大出力スラスターがつきだしていく。地の底よりもなお深いところから巨大な何かが迫り来るような音。
それが彼らが築き上げた竜の、産声だった。
竜が、じわり、じわりと浮かび始める。
――いや。
地響きに似た爆音が轟いた。竜が黒煙を吹く。
体が傾いだ。
/*/
「ジェネレーターが一機爆発したよ」
淡々と報告するのは仙人だ。そのウィンドウの向こうでは各整備用CBが消火活動のため全力疾走し、残るCBが現在もなおうなりを挙げている六十九基のモニターを行っている。
また、爆発。船体か揺れる。
「後部がやっぱり安定しないわね」
声が響く。空中に無数のウインドウが散らばっている黒色のコントロールルームは、喧噪と一枚壁を隔てた緊張によって満たされている。
艦内全体状況をモニターしているシグレは、目を細めてそう言った。続けざまに指示をとばし、エネルギー供給を調整していく。その横では再処理プラントの管理者が船体の歪みの報告をまとめて図に落とし込んでいた。
全部の報告を眺める。
言ってまえば、終わっている。どう考えても手が足りない。元々各ブロックを分解、結合させているために内部構造は柔らかい。各連結部は島と同じで、無数のブロックをロープで鎖をつなぎ合わせたようなものになっている。本来ならそれで衝撃を吸収するのだけど、こうも斜めになっていて、しかもジェネレータも不調とくれば、制御用のエネルギーが足りない。そもそも艦内調整用の計算機である竜の仮想人格もない現状、確認すら各ブロックを走り回っての実作業で、現状に追いついていなかった。
そこまでまとめたところで、僕は全艦放送のシステムを立ち上げた。
「現状はこういなっています。みなさん、把握されましたでしょうか」
一度言葉を聞る。反応はわからない。モニターまで使わせてくれるほど電力に余裕はない。
「所詮は無理な夢だった、ああ残念だった、と思うのも、まあ、ありかもしれません。ここまでよく楽しめたと思うのモノもいるでしょう。今働いているモノ達には不愉快でしょうけど、ただ、個人的にはそう思うことはそれほど悪いとも思ってません」
「なぜなら、僕たちはこれまでずっとそうして過ごしてきたわけですから」
それでも僕にはその気持ちは分からない。人間に捨てられた彼らと違って、僕が生まれた頃にはもう人類なんて一人もいなかったから。
だから彼らが、何に思いを馳せているのか、僕は知らない。
どんな過去を抱いているのか、僕は知らない。
だから、知ったことかと、思うことにした。
「けど、もし、もう諦めているのなら、僕から頼みがあります」
……途端に息苦しくなる。言葉を紡ぐだけなのに、空気が岩のように重たくなって、体に震えが走った。
大地が斜めに傾いでいるのは、事実以外の理由もあっただろう。
「僕はずっと駅にいました。今竜の中でみなさんを運んでいる電車がよくきました。この竜の心臓となっているジェネレーターを乗せていた船が時々やってきました。バスは今だって働いています。けど僕はずっとそれを見ていました。見ている、だけでした」
「何をしてるんだろうと思ってましたし、何でしているんだろうと、思ってました。だんだん、思うのも面倒になってきて、なんでもいいかって、思うようになりました」
「一つだけ本音を言うのなら。僕はあなた達がずっとうらやましかった。思いを寄せられる夢があなた達にはずっとあった。かつて人がいて、手と手をとって歩いていたという夢が」
僕はそれを夢としかいえない。僕はそれを体験していないから、どこまでいっても、それは夢物語だった。
「でも彼女に会いました。彼女も人との思い出を大事にしていたけど、それだけじゃありませんでした。彼女は問いをもっていて、それを明かそうとしていました」
うまく、言葉にできないな。僕は内心で苦笑する。どうして言葉はこんなに野暮ったくて、不自由なんだろう。
「彼女は恋を語れるようになりたいと言いました」
――伝えることが、わたしの全て。人は、命は、一生をかけて何かを伝えるの。そして伝えたいと願った相手が死んでほしいとは願わないものよ。
ああ。言葉に不自由なのは当然だ。言葉だって僕たちと同じ、人間に作られた道具だったのだから。
「僕は今こう思ってる。彼女の夢を叶えたい。手伝いたい。だから――」
だから?
「だからここではまだ終われない。僕の夢を、手伝ってください!」




