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海里の果て  作者: 黒霧
鯉の滝登り
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世界の終わり

 地面が傾いていた。外殻の軋みが息苦しそうに響いている。巨大な万力に左右を挟まれ、力任せにねじっていくような光景を想像する。このまま悲鳴をあげることすらままならず腹部からぶちぶちとちぎられていくのではないか。不安は腹の底に闇の固まりを飲み込んだような感覚にさせた。


「計算上はまだ大丈夫」

 シグレは手すりをつかみ、外をにらみながら言った。横顔に、石礫のような雨が衝突してははじけていく。険しい顔は風雨に削り起こされ、時を経るごとに深刻になっている。


「けど、こりゃもう、選択肢は一つしかないかも」

「飛ぶしかない?」

「うん。島の陸地部分の自重がね。まずい。中央に向かって圧搾かけてる感じ」


 荒天の海に島が浮き沈みし、衝撃吸収が追いつかなくなった島の大地がひび割れを起こしている。上下にずれた土地は、大地の底から沸騰するような声をあげて互いにぶつかり合っていた。巻き込まれれば通常のCBなど砕けてしまう。竜だからこそ、船体の軋みで済んでいた。


 だがこのままでは苦鳴が悲鳴に代わるのもそう遠くないとシグレは言う。


「駅、なくなっちゃったね」


 シグレは海面を見つめて言った。僕が見ていた方角には、スクラップの浜辺も、客のこない駅もない。バスがよくやってきたロータリーは断層に切断され、アスファルトはなめとられ、土の上に引きずられた跡だけ残っている。


「やってくれるよね、自然」

「……平気なんだ」

「何が?」


 シグレはきつい目で僕を睨んだ。


「平気かどうかはよくわからない。最近気づいたけど、僕はそういうのに感づくのに時間がかかるらしいから」

「あ……そうなんだ」

「うん。今はこっちの対策をとらないとね。飛べる?」

「現状だけ言うなら、無理」


 彼女はあっさりと絶望を放り投げてきた。肩が重たくなり、足の裏の影が地面と体をくっつけてしまうような感覚。


「でも今急ピッチで制御周りを調整してる。ジェネレータの並列駆動は間に合わせの回路でやってる。瞬間出力ならともかく、安定動作は難しい」

「そう」

「シールド発生もできない。あれは竜の船体全体をモニターしながら、歪みや速度も把握して、各ブロックの稼働力をフルに使うから。人格、間に合わなかったんでしょう」

「うん」


 シグレは舌打ちした。


「……悔しいなあ」


 声は風雨に飲まれて、僕のところまで届かなかった。

 けれど、胸の奥に重たい石を飲み込んだような息苦しさだけは伝わった。


「シグレはまっすぐだなぁ……」

「何、それ」

「やりたいことをやってるように見える」

「誰だってそうでしょう?」

「やりたいことと、やりたかったことは、区別が付かないんだよ。前はそうだったでしょう?」


 過去を思えばそれはやりたかったこと。すなわち後悔。

 先を思えばそれはやりたいこと。すなわち夢。


 そうありたいという意味ではどちらも同じ。 


「なのに、なんで変わったんだろう……」

「そうしてみたいと思うことに、理由なんているの?」

「いるかいらないかじゃなくて、あるんだよ」

「考える理由がわからないけど。もしもあるだんとしたら、どうするの?」


 どうしたいのかは見えている。

 どうすればできるのか。それも曖昧には見えている。

 あとはそれをどうやって現実に書き下すか、それだけだ。

 その時間制限も、こうしてやってきてしまった。


「いいけど」シグレは頭を掻いた。「やりたいことがあるなら、やってみたら? 結局やらないと、何にもないのよ。考えてる時間が世界で一番無駄なんだから」


 僕は吹き出した。


「CBとは思えない台詞だね」

「CBだから、じゃないかい?」


 足下に目を向ける。……いつの間にか黒猫がやってきていた。

 黒猫はじっと僕を見上げている。


「思いは重い。考えている時間は動きを鈍らせる。わたしたちはずっと石になっていた。そういうことだろ」

「どうすれば直るんだろうね」

「お前はどうしたんだい? お前はもう、わたしにそれをやっただろう」


 僕は目を見開いた。

 それもそうか。……うん、そうだった。


「そうだね」

「お?」


 顔を上げる。海の果てを見つめた。

 怒りの咆哮を挙げる神々の代理であるかのように雷が海へ何本も落ちている。

 険しいなあ、と僕は苦笑する。


 でも険しいだけだった。道は見えた。


「うん。わかった。思い出した。確かにこれは同じだ」

「だろう」


 そうだ。そうだった。

 それでうまくいくとは思わないけど、やり方だけははっきりしていた。


「シグレ。ちょっと相談があるけど、いい?」


 シグレはにやりと笑って、どこから手をつける、と聞き返した。

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