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海里の果て  作者: 黒霧
鯉の滝登り
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心の在処(2)

 第一層外縁境界は、元々僕が暮らしていた駅に近い場所にある。このあたりは整備士のユアンが暮らしていた針葉樹林帯となっていた。


 足音は乾いている。ぱくぱくと枝の折れる音が一定感覚で響いていた。時が夜へ落ちていくにつれ、ドームの中も薄暗くなっていく。最近は曇り空ばかりなので、誰かの発案で夜店には無限の星空が映し出されている。見上げていると足下がふらつきそうになる。天動説の図を思い浮かべた。


 夜目の状態で森を歩いていると、仙人の姿が見えてきた。

 森林地帯がきれる。丸く開けた土地の中心に灰色の石碑の安置されていた。星明かりを反射して自らが輝いているように見える。


 仙人はそこから散歩離れて墓標を見つめていた。


「アルタールの墓標?」

「君が来たのか」仙人は振り返った。「竜はどう?」

「さっぱりだよ」

「やはり、システムアップデートをする方が」

「趣旨に反するよ。それより、これが変なもの?」

「地下施設がある」


 僕はもう一度石碑を見た。大地から直接生えているような石碑は、無理矢理引き倒さない限り動きそうもない。


「骨とかじゃないよね」

「行ってみる?」

「案外好奇心旺盛だね」

「見たことのないモノは見てみたいモノだよ」


 さすが竜の瞳。


「どこから入るの?」

「引き倒そう」

「あ、やっぱり」


 嫌な予感がしたんだ。僕は無言で石碑に近づく。仙人が助けを求める時は、決まってこっちが肉体労働に励むことになる。この一年近くで皆が学んだことだった。この仙人、結構いい性格してる。


 墓碑に触れた。手のひらに重たい感触。肩までのしかかる抵抗に、地球を素手で動かそうとしているような徒労を覚える。五分だけ、と心に決めて挑戦してみた。


 無駄だった。一ミリも動かない。


「無理だね」

「もう少しがんばってみよう」

「相当がんばってみたんだけど」

「態度に出そう」


 目なんだからそのくらい関節疲労とか見極めて自動判断してほしい。


「銃器は森だから入らないしねえ。牙は?」

「再処理プラントで労働中」

「うーん」


 僕はなんとなく、石碑に手の甲を当てた。握った拳の角を、こんこんとぶつける。


「開けてくれませんか?」

「何をして……」


「いいわよ」


 石碑が震動した。基礎構造がせり上がってる。土がぱらぱらとこぼれて、雨のように髪をたたいた。

 エレベーターが出てきた。中に入る。振り返る。

 仙人が立ち止まっていた。


「来ないの?」

「君はよくわからない」

「なにが」


 仙人は首を振るとエレベーターに乗った。二人で地下に降りていく。


 降りていった先はすぐそこが行き止まりだった。この部屋と地上を結ぶだけのエレベーターだったらしい。

 室内には工作機械が幾つか並び、その向こう側に大きな金属製のテーブルがおいてあった。テーブルの上には紙の手帳とペンがおいてある。


「アルタールの工房か」


 思考に頭の外が必要なのは人間だけだ。僕はアルミの切り子の残っているドリルを見た。


「なんで誰も気づかなかったんだろう」

「アルタールに関わろうとしなかったからじゃないかな」仙人は言った。「古くからのCBはアルタールを大切にしすぎている」

「君は?」

「わたしは見ること以外に興味はなかった」


 テーブルに近づいていく。手帳を開いた。

 白紙だ。最初から最後まで何も書いてない。


「ここに来たのはあなた達が初めてね」


 声が聞こえてきた。仙人が肩をつつき、部屋の片隅を指さす。

 錆びたパイプ椅子に女が座っていた。半透明の姿の、つなぎの女だ。シグレに似ている。シグレなら僕に似ていると言ったかもしれない。


「アルタール?」

「人格モデルは、そう」アルタールは言った。「アルタールモデルにロックされているわね」

「なんでここに?」

「あなた達が生き始めたみたいだったから、施設の制限が解除されたのよ」

「あ。やっぱりそれが目的か」


 アルタールはこくんと頷いた。


「シグレから聞いたよ。人間なしで生きられるCBの世界が見たかったんだよね」

「そう」

「でもそれ、嘘でしょう?」


 アルタールは首を傾げた。


「何故?」

「だってそんなの、わかりきってる。人間の認められる生き方は人間の生き方だけだ」


 道具に仮想人格を与えたように。「もしも自分なら」という考えを拡張するしか人間はしない。


「でもあなたは生きていた。生き物だったから、終われなかった。終わる理由がなかったから」


 生き物は、終わりたいと思えば終われてしまう。

 だからこそ、終わるのにも理由がいる。強制的に訪れる寿命というものが存在しなければ。


「あなたは終わりを目指していた。つまり、ずっと僕たちに求められている人間としての自分に終止符を打とうとした。その方法が、僕たちを生かすことだった。そのための未知が、竜の記憶」


 じわりと、にじむように明かりが弱まる。ややあって力を取り戻すように室内の明かりが再び灯った。


「どちらが先なのかしら」アルタールは応じた。「生かしたったのか、死にたかったのか。どちらが夢で、どちらが手段だったのか」

「あなたを見てれば明らかだよ」


 だってアルタールは、僕達の未来に存在しない。

 いようとしなかったから。


「人間はそんなに僕たちと決別したかったの?」


「違うわ。もう人間は振り返ってくれないということを伝えたかったのよ」


「伝えて、それで?」

「伝えることが、わたしの全て。人は、命は、一生をかけて何かを伝えるの。そして伝えたいと願った相手が死んでほしいとは願わないものよ」


「身勝手だ」

「そうよ。人間だもの。あなた達はどう?」


「たぶん、身勝手になるんじゃないかな。これからは」

「よい生を」

「そりゃどうも」


 ホログラムは唐突に消えた。余韻も何もない。そこにははじめから何もなかったように唐突に存在が消失したのだった。


「君は人間が嫌いなのかな」


 仙人を振り返る。

 海の底まで見通すような瞳が僕を見ていた。


「違うよ。そっちじゃない」

「そっち?」

「人間じゃないんだ」

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