世界地図
竜とは何かと問われたとき、定説となる回答がいくつかある。中でも最もよく使われる説明が「水没する人類が星から脱出するために作り上げた巨大移民船である」というものだ。
とはいえ、古くからのCBに尋ねれば「実は人類が水死するのが悲しいのでCBが移民船の建造を提案したのがきっかけ」と言われることもあるらしい。そのあたり、黒猫は多くを語らない。
「というより、語れるだけの事なんてないんだよ」
海岸に向かう道を歩きながら黒猫は尻尾を振る。影はいびつに揺らめいていたい。スクラップの作る山は異常発熱しており、心臓にように暑苦しく存在感を主張してやまない。どこの誰がそんなものを作ったのだろう。自然物にはあり得ない八十度オーバーの熱源は、スクラップを溶かして異臭をあたりに漂わせている。
黒猫が跳躍する。熱源とは反対側の山から突き出たクレーンの上に駆け上がる。背筋を伸ばし、顎をあげた。遠くを見つめることしばし。彼女は降りてきて、このまままっすぐ、とだけ口にした。
「君も竜についてはよく知らないの?」
「竜の事がわかるのは竜だけだよ」
「それもそうか」
CBはハード依存の事故成長型ソフトウェアだ。ハードの原型となる生命にあわせて仮想人格が構築される。ならば竜には竜の仕組みがあってしかるべきであり、猫にはわかるはずもない。
「まあそれとは別の次元で、竜ってのはCBの集合意識だ。前、仙人が言ってたろ。竜は世界だって」
「ああ、うん」
「竜は無数の生命体が長期間宇宙で生活できる事を目的に作られた環境システムだ。その維持のために無数のCBが組み込まれている。そもそも複雑系を処理するための環境適応システムとしてのCBなのに、そのCBが単独では環境一つを維持できないと判断したんだ。結果として、環境一つ一つをCBに管理させ、さらにそれら統御する上位CBとしての竜ができた」
そういえば、あの仙人は竜の目だったな。
僕は顎をかきながら考えた。
「竜に決まった形ってあったの?」
「なんだいそりゃ」
「普通CBはハード依存でしょう? 原型生命となる姿形が大事で、その機構という制約の元にありとあらゆる状況に対応するよう自己成長する」
「ああ」
「けど、竜は複雑すぎるよ。そもそも目的が違ってる。何かの形を模倣するんじゃなくて、世界を維持するっていう目的があってソフトが建造され、その元にハードが作られてる。違う?」
「違うよ」
「あれ」
「世界が生き物でないなんて誰が決めた?」
「ああ……原型生命か世界、なのか」
「そういうことだ。つまりシグレは世界を作るって事で、あんたはそれを手伝うって言ったんだ」
「あれ。怒ってる?」
「別に。ただまあ、暇つぶしの果てが天地創造ってのは、存外痛快なのかもしれないと思っただけさ。神様ってのが意地悪だと言われるのも当たり前だね。意地悪でなければ豊かな世界なんて生まれやしなかっただろう」
なかなかうがった見方だ。でも黒猫のそういうところは嫌いじゃない。
「で。あんたは仙人から何を聞くつもりだい。竜の作り方なんて、たぶんあいつらは知らないよ」
「DNAの理屈を考えれば、細胞一つから人間のクローンを作るみたいに、竜のパーツから竜も復元できると思うんだけど……」
「あいつ等がもつのは竜のパーツとしての機能と、自分と関わるべき周辺との接続方法だけだよ」
「ならそれでいいよ」
「……何考えてるんだい」
「まさにそれだよ。みんな、何を考えるんだろうね、竜って言われて」
僕は笑った。黒猫は不思議そうにこちらを見上げている。
「シグレはあの小さな竜からダンプデータを取って設計図やヒントを探してるけどさ……。僕としては、せっかく設計図がないんだから、好きな風に設計図を引いてみるっていうのも手だと思うんだよね」
「大勢の手でひいた設計図なんて使えるのかね。デザインがばらつくだけじゃないのかい?」
「でも僕はね、それでこそ世界ってものだと思うよ。……多分ね」




