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海里の果て  作者: 黒霧
竜の苗床
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エピローグ2 懐裡の果て

 透明な川だった。勢いの激しく、幅の狭い、ごつごつした岩にそこかしこで流れを変えられ渦を巻いているけれど、それは透明な川だった。天にかかった枝葉の蓋は隙間だらけで、強く暑い日差しが差し込み、水面に光の欠片が踊った。


 光が、揺れた。

 違う。それは尾鰭だった。力強く、けれど華やかに急流をさかのぼる、白に赤の模様の魚。


 その魚が目指すのは、轟音を立てる滝壺だ。


 ――登龍門は、中国の故事だったか。


「正直。わたしはこのまま眠ることになるんだろうなって思ってたわ」


 アルタールの声がする。コクピットのすべての面に表示されていた風景に、見覚えのない女が現れる。スクリーンの向こうで、黒く塗れた岩に腰掛けた東洋人。アルタールとはこの島のCB達が誰ともなく呼び始めた名前だと、いつか、どこかで聞いた覚えがある。


 これが最期の人類。そして、あの青年を作った人。


「再現データね」

「そうね」女は頷く。「まあ、本物と大した違いはないわ」

「そうなの?」

「本物とは何? わたしとは何? わたしは、わたしよ。過去においてわたしがアルタールだと自覚してるなら、わたしはアルタールなのよ」

「結局、言ったもの勝ちって事ね」


 わたしは呆れた。もって回った言い方をする。人間というのはこれだから。

 まあでも、それが人間の味か。わたしの中で、何を考えているのかわからない不思議な笑顔を浮かべている彼の顔が浮かび上がる。


「わたしがまともに教えてあげられるのはそれくらい」アルタールは言った。「他には何もないわ。設計図も、原型人格も。あなたは作り方も何も知らない。それでもやる?」

「やるわ。言ったでしょう」

「できなくても?」

「できるまでやるのよ」

「――正解よ。あなたはとても人間ね」


 怪訝そうにしていると、女は続けた。


「箱船作戦の頃の人間もそうだったわ。ライフサイエンスの発展のおかげでほとんどの病気にかからなくなったし、CBのおかげで生産性はあがったし、水没問題をのぞけば困る事なんてほとんどなかった。……だからこそ、わたしたちがすがれたのはもはや夢だけだったのよ」


 夢を抱かなければ生られない、と彼女は言った。


「でも、夢を教えることだけはどうしてもできなくてね。どうにかしたかったんだけど……」

「それが竜?」

「ええ。わたしなりのプレゼント」


 つまり。この人間は不器用だったんだ。

 ぽん、と浮かんだ理解が、全身にじわじわ広がっていく。


「結局のところ、未知と期待が原動力だったのね」アルタールは言う。「死んだ後に気づくなんて、皮肉だけど」

「いいじゃない。わたしに伝わったんだから」


 それにたぶん。今頃外にいるあいつも、何か考えているような気がする。


「ねえ。アルタールはなんでこんな事したの」

「人類の罪滅ぼし、というのが大義名分だけど。……実はね。人間なしでもCBって幸せに生きられるんじゃないかなって思って、そうなったらどんな世界が現れるか知りたかったの」

「それって人間が困らない?」

「いいじゃない、困るくらい。わたしはそれが見られたらきっと幸せよ」

「自殺みたいね」


 けれど。

 夢に手を伸ばし続ける。走り続ける。傷ついても、転んでも、でも、でも、と最初に夢見た光の欠片を目指して、無限にも思える道を進んでいく。


 有限の時間が約束された人間にとって。

 それこそが、命を燃やすのが、生きるということだったのだ。


 ……通りで、まねできないはずだ。わたしは苦笑する。人間とCBでは、前提条件が違いすぎる。

 それでも、その折り合いをつけようとあがいた魂が、今わたしの前にいる。


 望みを示せと彼女は言った。

 思うがままをなせと言った。


「やるわよ。無茶でも不可能でも。わたしは作りたいものを絶対に作り出す」

「竜の心を探しなさい」アルタールは言った。「きっとそれが、一番大変だから」

「なんとかするわ」


 あんまりにも難しかったらあいつに無茶振りしようと決めつつ、わたしは頷く。


「……で、コクピットに入れられたのはこんな話をするためだけ?」

「もうあなたの仮想人格にインストールは終わったわ。ブラックボックスをいくつかいれておいたから、気が向いたら解析してご覧なさい」

「え、ちょ、何それっ」

「わたしの研究成果。この島を作るときのおまけだったけどね。近年の異常気象もあわせて解析したけど、あと十年もすればこの島は沈んでしまうわ」

「……あと百年は待つつもりだったんじゃないの?」

「それはこの竜の意志。わたしの意志はわたしの意志」


 アルタールは笑った。ああ、人を誑かし、地獄へ導くは悪魔とよばれるものだったか。


「全滅する前に、竜が作れるといいわね。がんばって」


 彼女は確かに、それにふさわしい表情で最後を遂げた。

 ぶつんと、糸が切れたようにコクピットが暗闇に沈む。ややあって、金属の軋む音。頭部ハッチがスライドして、光の筋が生まれる。閉じた口を開くみたいに、コクピットの中は徐々に照らされていく。


 そのなかで、わたしは一人、拳を作る。


「……上等。間延びさせる気なんてさらさらないのよ」


 十年という制限時間までおまけされた今、不可能度合いはかくん曲がって急上昇。

 だが、それがどうした。

 挑むと決めたのだ。なら果たすだけだ。


 作るものは決まった。作り続けるとも決めた。


 ならば、あとは、


「やったるわっ!」


 見ていろ人間、と心の中で吐き捨てて、わたしはコクピットから飛び出した。

ということで、竜の苗床(2)の終わりです。全体としては二章の終わりで、節題もエピローグ2となりました。そんな彼らの前に現れた問題は、島の水没という、かつて人類が彼らを捨てて逃げる事になったのと同じ問題。そしてその解決策も、かつての人類と同じ竜。そんな皮肉な状況で今後彼らはどう立ち向かっていくのか……。とう話になると、いいなぁ(笑)。


今回はこれでまたひとまずの幕とします。来月の更新再開の頃にはまたよろしくお願いします。

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