竜の苗床
そしてお姫様は竜に連れ去られてしまったのでした。
「ある意味こういうことなのかな」
「あれが姫という柄か。よくて町娘というところだろう」
黒猫は不機嫌そうに目を細めている。僕は顎の下を指で掻きながら、目の前で微動だにしない竜を見る。頭部ハッチは閉じられ、彼女は今その中にいる。何をしているのか。まさか分解しているわけじゃないだろうけど、中に入らなくてはできないことというのもいまいち想像できない。ネットワークで接続すれば大抵の情報交換は可能だし……。
ああ。けど……、
「アルタールは竜の情報を隠蔽していたんだっけ」
「それがどうした」
「いや、何でかなって」
そもそも竜というものがよくわからないような、わかるような、曖昧な感じだ。つまりわかっていないんだろうけど。
「竜ってのは家だ」
呟きに応じたのは門番だった。彼は竜の周りではしゃいでいる子供達を眺めながら唇を上下させる。
「家、村、街、国。そういう、ある空間としての世界っていうのを再現した者が竜だ」
「わかるような、わからないような」
「元々は箱船作戦のために生まれたんだよ」門番は続ける。「移民船だ。それが、サイズダウンしていって、より小さな竜になった。入れ子だな。国の小さいのが街。街の小さいのが村。村の小さいのが家。竜っていうのは徹頭徹尾、誰かが住む場所だ。けど、その空間を生活圏として維持するにはかなりり複雑なハードが必要だったし、統合制御する仮想人格も特殊なCBになった。そうして、竜が生まれたんだ」
「……ああ、なるほど」
「わかったか」
「うん。何故隠匿したのか理解できた」
門番は表情を変えない。ただどこか、血がにじみ、黄色い知るがじくじくとわいてくる傷口を抱えているような痛切さが瞳の奥でこごっている。
つまるところ。アルタールは予期していたのだ。普通のCBに村や街を作らせてはならない……というより、作ることはできないと。
CBの寿命は無限に近い。ハードの整備さえ充分ならば一生というものが終わりのないという言葉を意味することになる。もしも整備を木にしなければ、普通の短い寿命がやってくるだけ。
結局のところ。CBは、一人でいようとすれば、一人でいられる。すべてを、自分でこなすことができる。
CBが群れるとすれば、それは、それこそ竜が生命を保存するために複雑な環境維持システムを堅持し続けなくてはならないような……そんな、どうにもならない者達とのつきあいがあるからだ。
人間達を生かすためには、CBの性能は一つ一つでは全く足りない。
……だけど、自分一人を生かすためなら、CBの性能は過剰だった。
村が寂れた理由。成立しなかった供養の理由は、自らという存在そのものにあったのだ。
そして。
「だからこそ、自分一人では成し得ない事を望むやつを、ずっと待ってたっていう事か……」
そうでなければ竜を託す意味がない。竜を担える力がない。それは単純な性能の上下ではなく、ただの指向性の問題。けれどそれ故に、気づき、手にすることが難しい。
作るものが見つからなかったとき、彼女は眠らなかった。それでもなお作り続けようと何かを探し求めていた。それだって何十年と続ければ、浜辺で朽ちていく船のようにいずれは諦め眠ったかもしれないけど、彼女は答えにたどり着いた。
ふと思う。駅にやってきた、恋を求めたあのCBは、今も旅しているだろうか。
続けていてほしいと、思う。今ならまた、昔とは違う何かが言えそうな気がする。
「……なんだろう」
胸の奥で、ちりちりと焼けるようなものを感じた。
それはずっと、心のどこかでくすぶっていたものだった。雨が降れば消えてしまい、風が吹いても力つきるような、弱く、小さな火の欠片だった。だけどそれは今や赤く強く光り始めている。体に、動けと命令しはじめている。
どこでもいい。
いや、違う。
どこかにたどり着きたい。
顔を上げる。竜を見る。
……旅の始まりは、自分も夢を見つけたい、と思っていた。
人間に焦がれていた、とろけそうな心地よさで過去に浸るモノ達の、その瞳にあこがれた。
でも。僕に、煌めく過去はない。探したって見つかるはずがない。
なら、と思う。
今目の前に。自分の手で届くかもわからない夢とも幻ともつかないものへ手を伸ばした馬鹿がいる。
僕は、どうする?
何を願う?
何を望む?
「何か、こうさ」
「うん? なんぞ、怖い目をしとるな」
黒猫が見上げてくる。その目を見つめた。……ああ、こんな顔も、できたのか。
「おもしろいことをしてみたいね。なんかこう、派手なさ」
「よくわからぬが。やってみればいいではないか」
「……ん。そうだね。やってみようか」
盛大に。派手に。何かとびっきりの、おもしろいことを。
「よし。やってみよう」




