空を見上げ始めた日
相方が空を飛んだ日。
仙人の相方が魔物から救われた夜。
空はまだ黒い渦を巻く雲に塞がれていたが、夜を見通すべく作られた耳と目は周辺地形を充分な彩度で捉えている。まあ、何よりも大きいのは、島の中央の蛍光塔が港と言わず照らしているということなのだが。
足取りは軽く。気分は伸びやかに。スキップを踏むのは難しいが、ててててて、と小走りに進む。
やがて立ち止まった先では、例の仙人と相方がいた。相方は今も仙人の膝に頭を乗せて眠っている。シグレによけいなパーツを取り外されて今では五体満足のはずだが、魔物として最適化した人格が元に戻るのは大変なのだろう。
わたしもまだまだ馴れないしね。
くつくつ笑っていると、仙人が振り返ってきた。絵に描いたような困り顔。見に来たかいがあったというものだ。
「ごきげんよう。どうしたってんだい、愛しの姫君を取り戻したってのに」
「……意外だったんですよ。あなたが話しかけてくるとはね」
確かに、こいつには話しかけてこなかった。
「わたしゃあんたなんかどうでもいいんだよ。あいつが楽しめりゃね」
「ドールを人に見立てているのですか?」
ふん、と鼻を鳴らす。だからこいつは嫌いだ。すぐに他者を見立ててくる。
とはいえ。それがこいつの本能だ。文句を言ってどうなるものじゃない。
「彼は珍しい人格をしていますね」
「比べたこともないわ」
仙人はなにやら感心したように唸った。背中をひっかいてやる。うむ、その顔でいい。
「何しに来たんですか?」
「なぁに。……ま、ちょっとした助言さね。しばらくはどうしたらいいかわからないだろうから、一緒にいてあげるこった」
「……」
「変わったことに自覚がなければ昔を引きずるってのがわたしらの性質だ。せいぜい今を見せてやるんだね。時には強烈な薬も意味があるってもんさ」
我が輩から抜け出せずにいた自分が、わたしになったように。
「言いたいのはそれだけだよ。あんたはいい娯楽になった」
「ああ……ええ、ありがとうございます。いつか、借りを返さなくてはいけませんね」
「いけなくはないけどね。返したいなら動くこった。わたしゃあ返してもらいになんかこないからね。あいつだってきっとそうさ」
あとは好きにおやり、なんて台詞は言うまでもないことなので割愛した。
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スクラップの丘。
僕の足もなんとか完治し、今はリハビリがてら散歩中。黒猫は整備中目を光らせていたが、おかげで疲れた……というか飽きてしまったらしく今は寝ている。もちろんシグレは整備士の仕事として予後経過も見るため憑いてきていた。
さあ。二人きり。丁度いいし、聞いてみよう。
「なんで竜のマザーフレームなんて調べてたの?」
「う……」
嫌そうな顔するなあ。追い詰めてくれって言ってるようなものだ。
「仙人とも会ってたみたいだし、君のことだから仙人や魔物の正体も知ってたんでしょう? その上で危険を冒して調べに行ったということは、目的があるとしか思えない」
「ずいぶん穿った見方するのね。知らなかった」
口を尖らせる彼女に、僕は首を傾げた。……穿ってるのかなあ。仙人の時もそうだけど、なんとなくそうかなと思った事を適当に言っていただけなんだけど。口にするというのは馬鹿にならないものだ。
本心にはヴェールを。表情は笑顔で固定。嫌がらせのように返事を待つこと、数秒。
「別に。わたしは単に……」彼女は溜息をついた。「前から気になってた事を調べてただけ」
「何、それ」
「この島って偶然できたと思う?」
鉄のように硬い、答えを確信した質問。
「意図的に、誰かが作ったの?」
「そう。わたしは最後の人類の仕業だって思ってる。……知ってる? わたしやあんたを作ったのもそいつなのよ」
「君もだったんだ」
「そう。しかもわたしは|見かけも中身もうり二つ《ミラードール》。いざ意識しちゃうとね……気になって。調べてたわけ」
そこで彼女は言葉を切る。話す事はそれで全部だとでも言うように、空を見上げて、こちらを見ない。仕事を思いだして欲しいと僕は内心で憤慨、してない。
頭はもっと、余計な事に囚われている。
己がルーツ。仙人も魔物も彼女までもがそれに振り回されている。考えてみれば黒猫もそうだし、あの駅で最後に見送った彼女もそう。
うまく実感できないけれど。それってそんなに大事なものなんだろうか。
――仙人の言葉を思い出す。
『あなたの形は、竜のそれを思わせました』
なるほど。未知というのは確かに、興味を惹く最良のスパイスだ。
「気になるね」
何の気なしに言った言葉だった。
そしてこれが、今後島中を盛大に振り回すきっかけになるのだった。
仙人編終了です。
仙人とか魔物とか竜とか名詞が「SF?」な感じになっています。
次はもう少しSFより、CBの集落にまつわる話……を、書けるかなあ、と考えています。
更新は今後1月に1話で、だいたい1話を10分割くらいのSSにしてお送りするつもりです。たぶん。きっと。




