モンスターハンター1
「晴れないねえ」
「まあ、世の中都合よく行くことなんてそうはないもんだ」
懐に潜り込んだまま言う台詞じゃないよなあ。
黄色い雨合羽を着てスクラップの丘を行く。仙人の言った北側の土地は特に丁寧に粉砕されていて、どれも小石大の大きさしかない。水と混じりあい浮ついた積み重ねは踏めばぐしゃりと音がする。
天候、嵐。あいにくの暴風雨は絶好の散歩日よりとはいいがたい。一方で道程は起伏豊かで絶好のハイキングコースを作り上げている。このスクラップの丘を作った者は、起伏をならすなんてことは夢にも思わなかったのだろう。そんなものはわたしの仕事ではない、とすら思っていた可能性もある。
遠くで、がらがらがっしゃんと音がした。盛大な倒壊音は、また一つスクラップの山が風の暴力に屈したことによるものだ。心の折れる劣ってこんな感じなのかなぁ、なんて夢想。僕も帰ろうか。
「こんな天気じゃ魔物もでてこないかもね」
「魔物がそんな根性無しなわけないだろ。お前さんじゃあるまいに」
ふん、と鼻を鳴らす黒猫。
自分の足でたたないくせに妙に偉そうだな。
……ん? それでいいのか。偉いなら。
くるんと思考がループして、攻めどころを見失った。まあ、そんなこともあろうさねと、山奥のおばあさんじみた感慨に耽る暇もなくあぶない吹き飛ばされるところだった。突風にあおられて、スクラップの斜面に身を預けた。
これって、天地をどちらかを向いてないという違いはあれ、倒れてるのと何の代わりもないよなあ、実際。
「そういえばさ」
「なんだい」
「仙人といるときずっと黙ってたけどどうしたの?」
猫はにたぁと笑った。懐から見上げてくるっていうアングルのせいか、そのままぱくんちょされそうだ。
「心配したのかい」
「そりゃまあ」
「そうかいそうかい。殊勝なことだね」
「はぁ……」
「単に、あいつが気に食わなかっただけさ」
……たとえば、唐突に稲光が走ったような。そんな鋭さが、声に満ちた。
「気に食わないねえ……」
「ああ。こっちの中身を勝手に覗こうなんざろくな生まれじゃないに決まってる。ありゃ元竜の目だね」
「竜の目? ああ。そういうのもあるんだね」
「そうさ。竜は都市一つを内に抱えるCBだからね。そりゃ内部管理用の目もたくさんいるってもんさ」
でかくなると大変なんだな。
「……竜って見たこと無いよ」
「大抵の竜は海の底か空の果てさ。そもそも箱船作戦用のCBなんだ」
「ああ。じゃあ、どこかにいっちゃったのか」
箱船作戦。星が水没する危機にあった人類にCBが提案した地球からの離脱作戦。何かの神話をモチーフにした一大プロジェクトは、実に地球生命の八十パーセントをつれていった。
そのために作られたといわれたら、なるほど、納得できないこともない。とはいえ、神話がモチーフなのに箱船の名前が竜というのはなかなかでたらめな感じである。
「仙人って何ができるの?」
「さあね。けど、いろいろ見えるんだ、いろいろいじくるのだってうまいだろうね」
「ふうん」
さて。スクラップの山に埋もれて休憩するのもいい加減飽きたし。
もう一踏ん張り、魔物探しをがんばろう。
……と、思ったところに、そいつは現れた。
跳ね上がるスクラップと水滴。暴風に叩かれながらも己の歩調をゆるめることのない無骨な影。
がちがちがちと、不器用な音を立てて巨大な顎か上下した。
見た目としては、たぶん、狼。十メートルはあるし、背中に妙な突起が生えているけど、記憶に一番マッチする画像を参照するならそれは狼と呼ぶべき物だった。
暴風を掻き散らす咆哮。五十メートルもの距離を置いてなおその声は全身を打ちのめした。
なるほど。魔物と呼ばれるだけはある。
「どうすんだい、お前さん」
「うん。逃げよう」
考える余地などどこにあろう。僕は全力で走り出、し、
「え」
滑る足下。
足が滑ったのではなく、地面そのものがずるりとスライドした。
もとより粉々のスクラップの土壌である。ここ数日の風雨によって、地盤はとっくに液状化一歩手前だったことがこの事態を生み出した。
「おお」
「にゃ」
つまり。
辺り一帯が、地響きをたてながらずるずると音を立てて滑っていったのだったぁぁぁぁぁぁぁ。




