仙人の語る竜
灯台守だ、と仙人は名乗った。
「仙人じゃないの?」
仙人はどこか遠くを見るように目を細めた。
「そう呼ばれたこともありすねぇ」
「ですか。ところで仙人って何ですか?」
「その昔、山に隠れ住んでいた人間の一種族だそうです。一説によれば不老不死だったとも、雲霞を食べて生きていたとも伝わる不思議な種族だったようで」
「燃費のいいハードだったんですね。味気なさそうだけど」
「ははは」
笑われることなのだろうか。まあ、楽しいことに悪いことはないかな。多分。
僕は隣に腰を下ろした。黒猫は少し離れたところで丸くなる。
「あなた方は何をなさっていたのですか?」
「海の底に沈んだ伝説の秘宝を求めて」
あ、口が出任せを。仙人もきょとんとしてるし。
「というのは冗談で。目的はあんまりないんですよ。ただ旅をして、いろいろ見てみようかと思って」
「見識を広げる旅ですか」
そう言われると真面目なものに思えるから不思議だ。実体は何も変わっていないのに。この世は気のせいでできているんだなぁ。
いいことだ。それなら誰だっていい気になれそうだし。この世も悲嘆したものじゃない。
「仙人さんは何をしてるんですか」
「だから、灯台守ですよ。あの灯台で、船が来るのを待ってます」
仙人が指さしたのは、首を曲げなくてはてっぺんが見えないくらい高い白い灯台だった。歩いて上らなくてはならないとしたら大変そうだ。壁を上ったら両手が鳥の糞まみれになるだろう。
「船かあ。少し前にきましたね」
「長いつきあいでした」
「あ。知り合い?」
「はい。最後の船出の時には、もう顔を合わせることはないと思いましたが」
案の定でしたねと、仙人は笑った。
確かに、あの船がやってきたのはこの港ではなく、ゴミの押し寄せる廃浜だ。
「どうしてこなかったんでしょうね」
「ここにきたら、清掃システムに片づけられてしまいますから。竜がいない今、それを選ぶのは自殺者だけでしょう」
「……さっきから気になってたんですけど。竜って何ですか?」
竜が釣れた、とも言っていたし。いったい何を指しているのやら。
とはいえ。こっちとしては当然の問いは、仙人をきょとんとさせただけだった。そんなに変なことを言っただろうか。
「ああ……いえ。竜というのは、なんと言いますか。一つの世界です」
「世界?」
「はい。すべてはそこから生まれ、そこで生き、帰る。独立した循環系のシステムです。人間たちが箱船として用いたCB種族でもあります」
「ふうん……」
聞いたこともなかった。
潮風に吹かれながら頬を掻く。竜。竜か……。想像もつかないなぁ。
「なんで僕が竜なんですか?」
「さて」仙人は首を傾げた。「そう見えただけです」
「竜はドールなの?」
「竜は竜です。もっとも、竜を名乗るCBはハードにこだわりを持たない物が多かったと聞きます。その仮想人格が特殊だったのでしょう」
CB、サイバーブラッドは仮想人格と体から成立する。とはいえそれらは独立ではない。元々複雑系の処理のために生み出されたのが自己改良型ソフト、仮想人格だ。だからCBは自分の体にこだわりを持つ。
しかし竜は体にこだわりを持たないと言う。なんと奇妙な。
「それって、CBと言えるんですか?」
「どうでしょう。彼らの心のあり用はついぞわたしには理解できませんでしたから」
僕は口を斜めにした。すこし考える。含みのある言葉を追求すべきか、はぐらかされた方を追求すべきか。どっちの方が嫌がらせになるだろう。
「で、なんで僕が竜なんですか?」
嫌がらせよりも自分の好奇心を優先した。
「……わたしにはプログラムが見えるんですよ」仙人は答えた。「あなたの形は、竜のそれを思わせました」
「なるほど」
地面に横になる。溜息をこぼした。
わかってしまえばあっけない。
……竜、か。
どんな形かもわからないものに、今見ている物が似ていると言える。その心のありようはなかなか興味深かった。
なるほど、仙人なんて呼ばれるわけだ。
「あなたはここで何をやってるんですか?」
「釣りです」
声はわずかにこわばっていた。
風が吹く。
さきほどの印象なんて嘘だったように、彼の表情は変わらないままだった。
「が、そろそろやめましょうか。嵐がきます」




