エピローグ1 乖離の果て
白亜の髪。青い瞳。
月を射るように見上げている、一人の少女。
前に聞いたよりも上手になった、子供っぽい歌を響かせて。
彼女は再び、現れた。
***
「まだ居たんですね」
「そっちこそ、まだ探してるんですか」
ええまあ、と彼女は頷いた。
今度は休憩室まで案内しない。電車の過ぎ去ったホームで二人でたたずんでいる。
「……ちょっと景色が変わりましたね」
そうして目を向ければ夜の海には一つの巨影が屹立している。文字通りの、墓標だった。
「まるで墓標ね」
「まあ。果ての島だしね」
そんなことより、と僕は聞いた。
「見つかりそうですか?」
「どうでしょう。でもよく見れば、そこかしこにあるような気もするのです」
彼女はこちらを向いた。
光を閉じこめたように堅い瞳。
「わたし達はみんな望まれて生まれたはずなんです。誰一人として、望まれなければ生まれなかったはずなのです。だからそこには、何かがあったと思うのです」
……ふと思う。
僕を作って、僕とは決して顔をあわせなかった、この島にいた最後の人間。
その人は何故僕を作ったのか。
その疑問が、口を開かせた。
「本当に望まれて生まれたのかな、僕たち」
「論理的には」
「そっか。……でも、結局それって、何の意味があるの?」
「そこには愛や恋がある気がするのです」
とっさには、何も言えなかった。
けれど、黒猫の事を思い出して、思わず聞いていた。
「もう届かない愛に意味はあるの?」
「わかりません。……けれど考えてみれば、この島に流れ着いた誰もが、すべて、存在する意義があったはず。だったらそこには意味があると思います」
「過去に求められていた事があったとしても、生まれた理由が愛だったとしても、今僕たちは誰にも求められていないし、誰の愛もうけていない。だったら、そんな事に意味はあるの?」
自分でも僻んだ問いだと思った。
けれど彼女は迷い無く答えた。
「あります。少なくともわたし達は、好きだった人達を否定はしたくないですから」
それは。僕には決して共感出来ない答えだった。
でも、僕の心境に気付かずに彼女は続けた。
「その上で意味が欲しいなら、今の誰かに求めるのが筋でしょう。……もしかしたらそれが恋という関係なのかもしれませんが」
そう言うと、彼女は駅から出て行った。あの歌を響かせながら。
***
一人取り残されて、僕はベンチに座り込む。溜息は案外重くて深かった。
足音もなく黒猫がすり寄ってきていた。軽くジャンプして肩に着地。重い。
「なにやら妙な顔をしているの」
「妙って……」
まあ。妙と言われれば妙か。愛だの恋だのという話は、僕にはあんまり似合わない。
「……黒猫はさ。人間が好き?」
「前の飼い主は嫌いじゃなかった」
「ふうん。……僕は?」
黒猫は笑った。意地悪そうに。
「言ってもいいのかい?」
「あー。うーん……」
悩んでいると、黒猫は髭をぴくぴくさせた。
「馬鹿者め。お前が愛だの恋だの語るのは百年早い」
「ですか」
「ああ。……だがその気があるなら、いずれわかろうさ」
どこか投げやりな口調。
僕はちょっとがっかりして、息をついた。
「……ええい。確かめてみればいいではないか。お前も、自分の足で」
「自分の足で?」
「そう。どうせずっとこの駅にいたのだろう。なんならこの島をもう少し見てみるのも良かろう。その方が楽しかろうしな」
僕はしばらく黙った。まさか黒猫が、こんな風に自分から提案してくるなんて。
修理したときにバグったのかな?
けどまあ。そうだとしても、その提案はなかなかに面白そうだった。
「それもいいかもね」
早速席を立つ。すたすたとホームの端に立ち、左右を確認。電車の迫る様子はなし。左右に延びた線路は緩やかなカーブを月明かりに輝かせている。
「どっちに行く?」
「ま、待て。もう行くのか?」
「うん。どっちにしようか。……んー、よし」
着地。左向け、左。
さ、行くか。
「せーんろはつづくーよ」
どこに続くのか。
どこまでも続くのか。
それは知らない。わからない。
けれどここはすでに果て。
人の居なくなった星の果てであり、人を失った機械達のなれの果て。
そう。ここは思いと思いの乖離の果て。
けれど彼らは手放せない。どうしても手放さない。後生大事にかつての夢を抱えていて、離れたことに傷ついたまま。
それは僕には決して共感出来ない思い。
だから疎外感を感じていたけど。
……いい機会だし。どうせなら。それがなんなのか確かめてみることにしよう。
黒猫編、もとい乖離編終了。
次からは解離編です。島を旅しながらもうちょっといろんな機会達の有り様を描いてみたいなあと思ってるけれど果たしてどうなるだろう。




