猫の見た夢
良くも悪くも。意志というものは現実と関係なしに行動を選び取る。恋人を捜す彼女しかり、諦めを知らないシグレしかり。
そのくせ僕たちは無限の時間があって、それをいくらでもつぎ込める。
だから。
諦めない限り、できる事がほとんどだ。
「でーきーたっ!」
故に、パーツを集めて新しいハードを作るくらい、造作も無い事なのだ。
***
我が輩はプレゼントとして作られた。
柔らかくもふもふで抱き心地のいい体。
清潔さが売りで、汚れなんてつくこともない除菌機能のナノマシン付き。
たとえ管理区域の病院でも問題なく過ごせるオーダーメイド。
黒猫の形はその部屋の主の希望であり、ひねくれた話し方も好みの童話を模したものらしかった。
そうして作られた時から思っていた。
我が輩はその子と共に生きて、
その子が死ぬ時に、存在意義を失うのだろう、と。
そうしてやってきた病院で、我が輩は半年を過ごした。
子供に与えられたのは百平方メートル。高価な無菌室は、3D映像で密林でも火星の地表でも無限の可能性を再現できた。
我が輩達は旅をした。場所は決まって森の中。奥に行けば行くほどに深く生い茂る暗い森。不気味な鳥の鳴き声に、タキシードを着たうさぎの案内。
不思議な歌を歌う兵隊達をこっそり追いかけて、城や薔薇庭園に紛れたりした。
子供の声はどこまでも楽しそう。息を潜めてさえ、瞳の輝きは隠せなかった。
そしてある時、我が輩は聞いた。
「楽しいかい?」
子供は答えた。
「うん。楽しかった」
そして翌日、子供は息を引き取った。
……後悔があるとすれば、あの質問だけ。
もしもやり直せるのなら。
今度はあんな事を聞いたりせず、夢のように楽しいままあの子を見送ってやりたいと思った。
それが我が輩の後悔だった。
***
「悪魔みたいなやつだ」
目を覚まして早々にユアンの感想を聞く事になった。
ハードの全交換。これは人間に当てはめて言うなら、クローンへの脳移植みたいなものだ。いや、どちらかというとフランケンシュタインだろうか。何しろこの体は様々なパーツの寄せ集めなのだから。
「まあ。今の我が輩にはふさわしかろう」
「あいつは一体何なんだ?」ユアンは聞いた。「俺達らしく無い」
「我が輩もそれを知りたいね」
「……その我が輩ってのは何なんだ?」
「猫はそう言わなければならない、なんて言われたことがあってね」
童話のネタには無かったが、あの頃は疑問を持たなかった。主が喜べばそれで良かったから。
「しかし。よく生きる気になったな」
「別にその気なんてなかったさ。ただ……」
『僕と楽しく生きようよ』
「昔を思い出してね」
我が輩は黙って机から飛び降りた。前よりバネのある体だ。五メートルくらいの段差なら軽く飛び越えられるだろう。夜目もきくし、鼻もきく。……ずいぶんなオーバースペックである。
が、まあ、あいつを楽しませるのは骨だろうし、丁度いい。
「ユアン。ありがとよ」
ユアンは背中を向けたままけっと吐き捨てた。
***
ということで。
ユアンからは悪魔呼ばわりされ、シグレからはもっと早く言えと叱られたものの、黒猫は無事復活した。体も快調なようで、撫でようとしたら手も届かないくらい高い枝に飛び乗って逃げられた。復活しすぎである。
まあ元気になって良かった。
「……良かったのかなあ」
車の助手席で、ふとつぶやいた。ライトのつかない車で夜の道を行くシグレは、あん? と脅すようにこちらを睨んだ。
「いやさ。勝手な事したかなあって」
「勝手だったともさ。それが何よ」
相談する相手を間違えた。僕は沈黙する。
けど、冷静になればずいぶん勝手な事をしたと思う。
生きたいという一言だって、無理矢理言わせたようなものだ。
僕のどこにも、無理強いをする権利なんてないっていうのに。
そう。無理強いをする権利なんてどこにもありやしない。
僕はただ、嫉妬に駆られて暴走しただけだ。
それが正しいなんて風には思えないし、思うつもりもない。
だけど。
「あのさー」
「なによ」
「失恋してうじうじしてるやつって、ムカつくね」
「ぶっ」
車が揺れた。
「……突然何言い出すのよ、あんた」
「いやなんかさあ。こっちを見ろ、というかさ」
考えるに。
あのまま、一度もこっちをまともに見ないで死なれるのは、やっぱりおもしろくなかった気がする。
だからまあ。その点は、良かったのかなあ……なんて、思う自分もいて。
「むじゅかしぃね」
頬をつねられながら、僕はつぶやいた。




