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海里の果て  作者: 黒霧
恋の島
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解体心因

「どうしようもない、のかなあ?」


 ……言った後に訪れたのは驚き。それから呆然。

 それを言ったのが自分なんて、しばらく信じられなかった。


「どうしたんだい」


 猫が見る。バグったプログラムでも見るようなまなざし。


「本当に無理なのかなあって思っただけ」

「手は無いだろう」

「うーん」


 頭の中で記憶がぼんやりと渦を巻く。

 イメージは綿菓子。棒を差し込んで、絡みつくものを形にする感じ。

 けれどぐにゃぐにゃの意識では、まともな言葉()は得られない。

 だからぐにゃぐにゃのまま解きほぐす。


「正直な話、死にたいなら僕は止められないんだけど」

「そうかい」

「生きたくないの?」

「それは同じなのかねえ」


 黒猫は尻尾をふった。


「生きたいと、死にたくない。死にたいと、生きたくない。我が輩にはどこか違う気がするね」

「そりゃまあ」


 そんなのは明確だ。

 生きたと死にたいは願望で、

 死にたくないと生きたくないは逃避だ。

 何かを目指しているのは変わらないけど、向いている方向が逆なのだから。そりゃ違うようにも思えるだろう。


「黒猫は生きたくないんだっけ」

「……」


 沈黙で迎え打たれた。踏み込むなという無言の要求。

 なので、踏み込んでみた。


「そんなに人間が恋しい?」


 瞬間。空気が音を立てて凍った。


「僕たちは人間がいなくても存在していられる。人間に求められて生まれたけれど、それだけしかできないわけじゃない」


 生まれる動機と、生きる動機は違うものだ。

 前者は自分の内に無く、後者は自分の内にしか無い。

 そして僕達は、自分の内がわからない。


「君達って人間が好きだよね。僕にはよくわからないし、たぶん、もう人間に会う事がない僕にはどうあっても共有できない気持ち(ロジック)なんだろうけど」

「何時までも引きずるなとかいうつもりかい?」


 素早く、かみつくように黒猫は言う。

 僕は肩をすくめて返した。


「いや。それを言い訳にして自分のことを考えないのは、愛してくれた人への侮辱だよねって思っただけ」


 ――お前に何がわかる。

 そんな予期した反論は、誰も口にしなかった。

 ただ黒猫は。


「じゃあ、お前はどうしろっていうんだい」


 困り果てたようにそう言った。

 彼らは派手に失恋して、派手に傷ついた廃棄品。

 今でもそれを忘れられない、恋に囚われた眠り姫。

 その夢は甘美で、だからこそ、いつまで経っても出てこられなくて。

 ――人を知らない僕だけが、その夢を共有できない。


 だから。

 だ、か、ら。

 そんな事は知るもんか。そんな過去なんて気にするか。

 よそ見をしてたら蹴っ飛ばされても文句は言えないのだ。


 だから。彼らが何時までも微睡み続けるというのなら、


「僕と楽しく生きようよ」


 僕はその()を引き裂こう。


***


 しばらく猫は黙っていた。

 けれど答えは、そんなに待つこともなかった。


「楽しくって。我が輩はもう終わりだよ」


 ひねくれた失笑がそれだった。

 僕は言った。


「そんなのどうにかする」

「どうにかできるのかい」

「そっちにどうにかする気があるならね」

「ほー。大きく出たね、こわっぱのくせに」


 からかいの色は消えない。僕は黒猫をじろりと見た。


「生きたい? 死にたい? どっち」


 逃げさせやしない。そういう意思を込めた一言に、黒猫は戸惑うように尻尾を揺らす。けれど体を押さえたら、やれやれと息をついた。


「……生きたい、と言ったらどうするんだい?」


 黒猫こちらを見上げる。


「お前は整備士じゃない。そんな知識もない。まあ、お前の作り手の墓でも暴けば何かはわかるかもしれないけど、ユアンでも駄目ならどうせ足りないパーツなんて作れっこない。それでもあんたには何とかできるのかい?」


 彼女の言うとおり。そしてそんなことは百も承知だ。

 けれど。治さなくてもいいのなら、なんとかする方法は一つある。


 ということで、猫を横におろして立ち上がった。

 言い争いに負けて打ちひしがれているシグレに言う。


「お願いがあるんだけど」

「……何?」


 眉をひそめるシグレに、僕は笑顔のまま答を告げた。


「かわいい黒猫を一匹、新しく作ってくれない?」

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