表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海里の果て  作者: 黒霧
恋の島
1/57

孤高の月

 白亜の髪。青い瞳。

 月を射るように見上げている、一人の少女。


「……ほんと、いつまでそうしてるんだか」


 ぼやくのは僕。


 息をつけば白いもやがふわりと膨らんだ。けれど冬にふさわしい凍てついた空気は瞬く間に白を消し尽くす。その向こうには錆びた線路と、分厚い布を重ねみたいな不格好な海がある。押し寄せる潮騒に塗れた風は、ほんの少し塩辛い。

 そんな景色を、ホームの上から眺めているのが僕の日課。……うーん。案外あの娘と大差ないかも。


「……」


 電車はこない。来るかどうかは電車次第。彼らにだって気分がある。かつては勤勉の証書のようだった時刻表は、錆びて崩れてずいぶん経つ。


「……はぁ。わかった、降参」


 こらえきれず、歩き出す。足下で身繕いをしていた黒猫が、ばかだにゃーと見上げてきた。うるさいバカで何が悪いといいわけを思いつつ、僕は彼女に歩み寄った。


***


「昔、月の美しさを歌うことで、恋を語ったと聞きます。なので、月を見ていれば恋を語れるようになるのかと」


 無人の休憩室に招かれた少女は、そう言った。古びた丸い椅子に座ったまま、じっと湯気を上げるカップを見下ろしている。

 早く飲めよと内心こぼす。


「今なら、そういうソフトを入れた方が早いのでは?」

「そうですね。よく言われました」

「入れたの?」

「いいえ」

「ふうん」


 なら、それが彼女の趣味なのだろう。

 現代において、僕たちには無限の(時間)がある。趣味は時間を結い意義に潰せる唯一の娯楽だ。

 まあ。恋の理解に使うなんてのは、ちょっとロマンがすぎるけど。


「何で恋?」

「設計者に言われたので」

「ああ……もしかして、結構おばちゃん?」

「そうですね。作られたのは三百年前になりますか。もう主の子孫も誰も残ってはいませんが」

「仕事はなんだったの?」

「孫のお世話をしろと」

「どうだった?」

「整備士にはよくお世話になりました……」

「うはは」


 遠い目をする。彼女の記憶は今はどのあたりをさまよっているのだろう。


「で、何故恋?」

「だから設計者に」

「雇い主とは別?」

「はい。わたしは設計者のいたずらでバグを仕込まれました。命題は一つ」


 恋を知りなさい。そう、彼女の創造主は告げて。

 まるで、間違えた親を猛進する雛のように、彼女は三百年さまよっているらしい。


「その途中で、雇ってもらったのですが」

「野良ドールは外聞悪いからねえ」

「それに整備も必要でしたし。やすいですよーと言ったらカモンと言われて」

「ファンキーな雇い主だったんだね」

「思えば、なかなかにでたらめな方々でした」


 それは、そうだろう。人類生存時の記録をあたっても、仮想人格が人間を教育する事を許可した国はどこにもない。


「最後はどういう別れ方を?」

「一族最後の者とは老衰で。子供はいませんでした。もうあのころの人々は子供をほとんどつくりませんでしたから」

「自然消滅かぁ。それじゃあ、財産として差し押さえられたんじゃ?」

「危ないところでした」

「逃げたか」

「もちろんです。……でも」


 もしも、あの子が最後まで一緒にいてと言ったら、わたしは死んでもよかったけれど……。

 そう言って少女はココアを含んだ。


***


 白く透き通った光の溶けた、凍った空。


 星か人類が消えてから、そろそろ二百年。

 求められて生まれた僕たちは、求める物がいなくなった世界で生き方を探している。


「にしたって、しぶといよね」


 人の種子は絶えてしまったけれど、よもや彼らの作り出した物々がここまで意地汚いなんて、流石に考えていなかったのではないか。


「さて。そろそろ電車がくるみたいですよ。運がいい」

「最近は駅で待っていても電車がこなくなりました」


 ホームにでて、遠くからごんごんとレールを震わせる電車の到着を待ちわびる。

 僕は空に向けていた眼をおろすと、彼女に向けた。


「恋の正体は見つかりそうですか?」

「実のところ、もうわたしは体験しているのでは無いでしょうか」

「ほう」

「けれども、うまく認識できないようです」


 それはまあ、そうだろう。

 恋の正体は無意識であり、それはただ自分がどちらを向きたいかしか意味しないと、聞いている。

 であるならば。


「まあ、追いかけてみればいいんじゃないですかね。それでよしと思えるまで」

「そうですね」


 そうして。追いかけていった軌跡こそが、いずれ彼女の答えとなるだろう。


 ……そこで終わりにしてもよかったのだけど。

 電車はまだ時間がいるようなので、一つ、歌を教えてみた。

 ずっとここにいる僕には歌うことに意味がないけど、線路を行く者ならそこそこの余興になるだろう。


「なるほど。ありがとうございます」

「このお礼はいずれください」

「え」


 電車が到着する。一人で乗り込む彼女を、僕は黒猫と見送った。

 立ち去る電車。どこまでも続く線路の上を歌が行く。


 さて。月か死か。どちらもそうとは思わなかった彼女は、恋を何にたとえるだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ