第十七話
采白の積雪時期には、同じ距離でも通常時に比べ、3倍の移動日数を要していた。
現在、暖燃粉の製造場所は、白都に2箇所のみで、建設中である白都郊外の本社の1箇所が完成して合計3箇所になる。
白北は北原に最も近い大型都市であり、2日間北上すれば北原に到着する。
白都から白北には3日間北上する必要があった為、白都から北原は積雪時で約15日の距離となっていた。
そのため麟冥は、4番目にして最大の製造拠点を白北に建設する事を考えていたのであった。
白北は、白都に比べると地代も安いため、広い敷地を用意し、資材倉庫も兼ねた拠点にする事ができる。
利点を考えると一刻も早く着手すべきであったが、暖燃粉の売上があったとしても最近の設備投資や人材の増加で支出が増えており、白北工場建設は蓄えを全て使い果たす事になるので、大きな賭けだった。
何か少しでも問題が発生した場合、資金繰りが狂い、全てが破綻してしまう事になる。
麟冥は、その事を数日間考え続けていたが、悩みはある事を切欠に見事解決したのであった。
それは、先日 鷹飛が近況報告をしに、麟冥を訪れた際の事だった。
麟冥の私室で二人は話をしていた。
「鷹飛。毎日極寒の中、苦労をかけて済まない。」麟冥が開口一番で言った。
「情けない事を言うな」鷹飛が心外とばかりに声を荒げた。
二人きりの時は、鷹飛は麟冥に敬語は使わなかった。麟冥もそれが嬉しかった。
「何か悩みがあるのか?」鷹飛は麟冥の態度を見て心配になり、質問を投げかけた。
麟冥は白北工場の建設に取り組むか否かの判断が難しい事を鷹飛に相談してみた。
当主として弱みを見せれなかったので、麟調にも田福にも相談していなかった内容だったが、鷹飛には、義兄弟として悩みを聞いてほしかったのだ。
「なんだ、そんな事か。たしかに白北工場は魅力的だな。だが、俺らなら大丈夫だ。
雪や寒さなんかには負けねえからよ。暖燃粉も十分な量を採取部隊には支給してもらっているしな。
最近は狼との戦いにも皆慣れてきてもいるから、採取の速度を上げてみせるさ。」
鷹飛は笑いながら言った。
「それに街中で、暖燃粉を買ってくれた奴らを見てると、俺らの努力が皆の役に立っていると感じられて
疲れも寒さも忘れちまうよ。
だから、ちゃんと準備が出来てから白北工場に取り掛かればいいじゃねえか。」
麟冥は黙っていた。鷹飛の言葉を聞いて、自分の悩みが恥ずかしく思えたのだ。
鷹飛の言葉には、私利私欲や不平不満が全くなかった。
寒さのせいで、苦しんだり飢えたりしている人達を救いたいという素直な気持ちが強く伝わってきた。
それに引き換え、自分は、利益や保身ばかりを考えており、暖燃粉の開発に成功した時の志を忘れてしまっていた。
鷹飛が部屋を出た時には、麟冥の考えは固まっていた。
確かに麟商会の皆の事を考えると、難しい賭けに簡単には乗れないが、皆の力を合わせれば必ず乗り切る事ができる。そして事で多くの人々に暖燃粉を届ける事ができる。
麟冥は、鷹飛との打合せの直後に、幹部を招集し、白北工場建設の準備に取り掛かる旨を伝え、各自の役割を果たすように命じた。
その場には、珍しく鷹飛も参加していたが、麟冥の吹っ切れた様子を見て、末席で微笑んでいた。
この決断を下した事により、麟冥は、また一歩成長したのであった。