第十四話
弐道の私室天井に潜伏していた影者は、誰にも気付かれずに白都の街中に移動した。
その人物は、龍矛という名であったが、全くの無名の影者で、彼の主以外には、その正体を知る者は誰一人いなかった。
白都の主街道を南に向かった龍矛の視界に、麟商会の白都第三店舗が入ってきた。
主街道に並ぶ他の店舗の規模感からしても、麟商会店舗は大きくもなかったが、龍矛が直ぐに気が付くことができたのは、店舗の前にできた数百人を超える長蛇の列ができていた為だった。
龍矛は店に近づき、購入が終わった客の声に耳を傾けていた。
皆、自分が望む量を購入出来ない事に対しては不満を持っていたが、効果が高い品物にも関わらず安価で買える事は喜んでいた。
どうやら販売数を制限している様子であった。恐らくは、多くの客に販売するための施策かと思われた。
白都内にある麟商会の残りの二店舗にも足を運んだが、概ね同じ様子であった。
そして、どの店舗にも影者らしき者達が複数名、店舗の様子を探っている姿を見つける事ができた。
当然、普通の人間には、影者であるか否かは見抜けないが、龍矛の目には一目瞭然だった。
しばらくの後、龍矛の姿は街中から消えていた。
発売から二ヶ月が経過し、麟商会の面々は多忙を極めていた。
現状の人員での暖燃粉増産が難しいとの悲鳴が方々から上がっており、人手追加が急務となっていた。
その為、麟商会本部では新たな人材達と麟冥の面談が数回行われていた。
羊坪の努力が実り、先月も30名程の作業員と1名の幹部候補が増え、さらに今月は50名の作業員と1名の幹部候補が増員されたのであった。
その他に、麟冥は当主補佐役である羊坪を人材登用に専念させる為に、当主補佐を3名採用した。
麟冥は以前、麟商会保有の「呂細論教書」という古書を好んで読んでいた事があった。
呂細は、南方の国「赤鋼」にて数百年前に軍師を務めた才人であり、その呂細の残した「呂細論教書」は、長い年月を得た現在に至っても多くの知者・学者の教本として扱われていた。
しかし、「万国植生学」同様に高価な書物なので、閲覧を望む全ての者が見れるわけではなかった。
その「呂細論教書」で麟冥が最も感銘を受けた教えは、人材の尊さについてであった。
優秀な人材は、何よりも大切な宝物であるという事が、色々な例を用いて説明されていた。
その教えを活かし、麟冥は数年先を見越した人材登用を羊坪に指示していた。
補佐役に選ばれたのは、新規雇用ではなく作業員の中から麟冥自ら選定した聡明そうな若者達だった。
麟冥は3名に、麟冥の思考と、麟調の教えを短期間で叩き込み将来の幹部候補として育成しようと考えていた。
又、補佐役の他に、田福の進言により、麟冥の護衛を2名採用した。