第十話
麟冥の説明が終わった。
説明の最中、吏邦も景稔も麟冥には質問を投げかけなかった。
正直な想いや疑問を口に出していたら、それは疑いの声色になってしまう事を懸念したためである。
もし、麟冥の話が本当であれば
暖燃粉は、采白の国力を飛躍的に向上させる程の力を秘めている事になる。
寒冷地に住む人間が、大昔に捨てさった希望を叶えられる発明であった。
大双は暖燃粉の入った巾着を持つ手から、温かさを実感していたので、吏邦達よりは麟冥の説明を素直な気持ちで聞き入れる事ができた。
戦場では一切感情を出さず、縦横無尽に敵を破る猛将として近隣の国々から恐れられている大双の顔が緊張している事に、吏邦が気が付いた。
「大双よ。その巾着をこれへ」吏邦が命じた。
本来であれば、安全の確認が取れていない物は、いかに主の指示であっても渡すことはしない大双であったが、麟冥の話が本当であったほしいという期待、自分ではその真偽を見定められないという判断、夢のような話を聞いた驚き等の色々な感情で混乱が生じ、無意識に吏邦に暖燃粉を手渡した。
幾度も戦場に出向き、鬼神の如き強さを発揮してきた大双も、過去に数回 凍死の危険にさらされた事がある。国力が乏しい為、兵士達に満足な食事をとらせる事ができなくとも戦場に連れ出さなければならない悲しみをこらえる為に、表情や感情を内に秘めてもきたのだ。
若者の言葉の真偽は分からなかったが、手にしていた暖燃粉の感触で大双の目から一筋の涙が流れた。
巾着を手にした吏邦も、疑いを大きく払拭する事ができた。
何より商家の若き主が、国主を騙しても得する事など何も無いのである。
景稔も巾着を手にして中身を手に広げてみた。
色々な政策を発令し国力向上に心血を注いできたが、自然の力には終ぞ勝てずと諦めが生じていた心に光明を見出す事ができた。
そして、せきを切ったように吏邦と景稔からの質問が続いた。
麟冥は田福の力も借りて、それらに明快な答えを告げた。
「見事である。」吏邦の声が謁見の間に大きく響き渡った。
「当然 この暖燃粉は買い取らせてもらうぞ。
この発明は、采白を必ずや豊かにしてくれるであろう。民に替わって礼を申す。」
「ありがとうございます。」麟冥は嬉しそうに答えた。
「うむ。しかし、買い取るだけでは、この発明の褒美は足りんな・・・何か望みはあるか」
実は麟冥は、吏邦のこの言葉を予測していたのであった。