第九話
「お主が麟冥か。よく来た。」厳かな声が謁見の間に響き渡った。
寒冷の地に建つ城の内部だけあって、雪の季節ではないこの時期も肌寒さを強く感じた。
今年56才になる吏邦は白くなった長い顎鬚をなびかせ玉座についた。
「毎年、禮の果実を口にするのが楽しみでな。来年も頼んだぞ」
威厳があるが、親しげな口調で麟冥への言葉が続いた。
筆頭大臣の景稔と総司令官を務める大双が吏邦の左右に並んだ。
さすがの麟調や田福も緊張の面持ちで麟冥の後ろに控えていた。
「お忙しい中お時間をいただき大変光栄です。陛下。
この度、新たに麟商会の当主を任せれた麟冥と申します。
以後お見知りおき下さい。」
麟冥も丁寧な挨拶をしながら頭を下げた。
「麟皆の事は残念であった。惜しい男を亡くした。
毎年、禮の果実を届けてくれた時には、嬉しそうに果実の出来を説明してくれたのを覚えておる。
私よりも随分若かったであろうに」
吏邦は少し遠くを見るような仕草で話を続けた。
「有難きお言葉。
父 麟皆も天国で喜んで陛下のお話に耳を傾けさせていただいているかと思います。」
麟冥は、父の思い出と、吏邦の温かい言葉で僅かに目を潤ませながら答えた。
「うむ。ところで本日は、報告があって参ったと聞いたが。」
吏邦の言葉で、改めて謁見の雰囲気に入った。
「はい。ご挨拶もお聞き入れいただきましたので、本題のご報告に入らせていただきます。」
麟冥は麟調に預けていた暖燃粉を受け取り、吏邦に捧げる体制をとった。
大双が麟冥に近づいてきて、巾着に入った暖燃粉を受け取った。
巾着を持った手に温もりが伝わったので、大双は一瞬怪訝そうな顔をして麟冥を目視した。
「危険はございません。ご心配であれば、説明が済んだ後に陛下にお渡しください。」
麟冥が大双に向かい話しかけた。
大双が麟冥に頷き、吏邦に向き直り軽く頭を下げ、麟冥の提案通りにするという事を無言で伝えた。
「それでは、麟商会が開発いたしました暖燃粉の説明をさせていただきます。」
麟冥は、麟商会幹部にした内容と概ね同じ説明を行った。
吏邦と景稔は、麟冥の話の途中途中で表情を変えたり、頷いたりしながら聞き入っていた。