愛人と暮らすために私と結婚した伯爵子息、皇帝宮の夜会で本音を喋る魔道具を使ったらすべて暴露されました
プラチナ帝国の大魔導士、イオニーアは困っていた。
魔法とは、人を幸せにするためのものだ。
だが、未来視の魔術で見えてしまった。
――ある少女の、不幸な未来を。
「……せめて、少しでも回避できればいいのですが」
イオニーアは、小さな魔道具を差し出した。
「これは、“心に思ったことを言葉にしてしまう”魔道具。使うかどうかはあなた次第……」
それを受け取ったのは、子爵令嬢リリアーナ・グレイシャー。
「こ、このような貴重なものを……」
彼女は戸惑いながらも礼を言った。
だが――
結局、その魔道具は使わなかった。
なぜなら。
彼女の周りには、善良な人しかいないと思っていたからだ。
優しい父。
穏やかな母。
そして――
愛する婚約者。
ブリーズ伯爵家の嫡男である彼は、夜会で彼女を見初め、すぐに婚約を申し込んできた。
贈り物も手紙も絶えず、夜会では必ずエスコートしてくれる。
「早く結婚しよう」
そう言ってくれた。
侍女も持参金も不要。
早く嫁いでほしいと言われた。
――愛されているのだと思った。
だから。
彼女は疑わなかった。
そして簡素な結婚式のあと、ブリーズ伯爵家の屋敷へと入った。
初夜のあとだった。
夫はベッドの上でため息をつきながら言った。
「ふう……まあまあだったな」
リリアーナは微笑もうとした。
だが。
続く言葉で凍りついた。
「なるべく早く子供を産んでくれ」
「君の子は、私の愛人に育てさせる予定だ」
「反論は許さない」
世界が止まった。
「え……?」
「夜会にも出なくていい。女主人の仕事も不要だ」
「屋敷の奥で静かにしていればいい」
使用人たちは同情してくれた。
だが伯爵家には逆らえない。
やがて事情を知った。
彼には平民の愛人がいる。
しかしブリーズ伯爵家の跡取りには、貴族の血が必要。
だから。
自分が選ばれたのだ。
子を産むためだけに。
「親に言うなら好きにしろ」
夫は笑った。
「子爵家ごときが伯爵家に逆らえると思うなよ」
――逃げ場はなかった。
数ヶ月後。
皇帝宮で夜会が開かれることになった。
「俺たちの結婚が正式に公表されるらしい」
夫は吐き捨てた。
「仕方ないから連れて行く」
「絶対に口を開くな」
リリアーナは人形のように頷いた。
生きている意味も分からない。
子供を産めば、取り上げられる。
それでも。
使用人たちが丁寧に接してくれることだけが救いだった。
夜会の準備を侍女たちが整えているとき。
ふと。
彼女は思い出した。
――あの魔道具を。
イオニーアから渡された、小さな魔法具。
「心に思ったことを言ってしまう」魔道具。
彼女はそれを、そっと手に取った。
皇帝宮の夜会。
「久しぶりだな」
貴族が声をかけてくる。
「仲良くやっているのか?」
夫は満面の笑みを浮かべた。
「ええ、おかげさまで」
「早く子供が欲しいと思っております」
貴族たちは満足そうに頷いた。
その笑顔は。
まるで。
あの夜の言葉など存在しないかのようだった。
リリアーナは思う。
――言ってしまいたい。
――この男の本性を。
そのとき。
会場がざわめいた。
「皇太子殿下だ」
現れたのは。
プラチナ帝国の皇太子ローレル・プラチアーナ。
そして。
皇太子妃。
「結婚おめでとう」
皇太子が笑う。
「挨拶が遅れてすまなかった」
リリアーナは思わず頭を下げた。
なぜなら。
皇太子妃サーラ・プラチアーナは。
魔法学園時代の友人だったからだ。
一緒に――
「麗しの美剣士様」ファンクラブ活動をしていた仲でもある。
皇太子が夫に尋ねた。
「ところで」
「彼女のどんなところが気に入ったんだい?」
夫は笑顔を作った。
いつもの、人当たりのいい笑顔。
夜会でも、私の前でも、ずっと見せてきた顔。
――でも。
私だけが知っている。
その笑顔の裏側を。
リリアーナは、そっと手袋の中で魔道具を握りしめた。
小さな魔石が、かすかに温かい。
――大魔導士様。
あのときの言葉を思い出す。
「使うかどうかは、あなた次第」
……今だ。
その瞬間。
リリアーナは魔道具を握りしめた。
魔道具が、ほんのわずかに光った。
「えーと……そうですね」
夫が答える。
「従順で、言うことを聞いて逆らわないところですかね」
会場が静まり返る。
「……は?」
皇太子妃の声が低く響いた。
だが。
言葉は止まらない。
「それに貴族の血を引いた子供を産ませないといけませんから」
夫は口を押さえた。
だが。
止まらない。
「その後は屋敷に閉じ込めるか、病気にでもなってもらえば」
「私は愛する女性と暮らせるんですよ」
会場が凍りついた。
夫は必死に口を閉じようとする。
だが。
言葉は止まらない。
リリアーナは、静かに魔道具を握りしめた。
――大魔導士様。
あなたの魔道具。
ちゃんと役に立ちました。
夫は青ざめていた。
「ち、違う!これは何かの――」
「黙りなさい」
低い声が響いた。
それは皇太子妃だった。
普段は穏やかな彼女の声とは思えないほど、冷たい。
会場の空気が凍りつく。
「今の言葉、もう一度言ってみなさい」
「い、いや、これは誤解で――」
夫は必死に取り繕う。
だが、口が勝手に動く。
「平民の愛人と暮らすために、こいつを子供を産む道具として利用しただけです」
ざわり、と夜会場が揺れた。
皇太子妃のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……そう」
ゆっくりと彼女はリリアーナの肩を抱いた。
「この子は、私の友人よ」
その声は静かだった。
だが、怒りが込められていた。
皇太子妃サーラ・プラチアーナは、魔法学園時代、サーラ・デルフト侯爵令嬢であったときから、友人を大事にする性格であった。
皇太子ローレルはそういうところも気に入っているのだ。
「子供を産む道具?」
「閉じ込める?」
「病気にする?」
皇太子妃は夫を見下ろした。
「あなた、今、皇帝宮でそれを言ったのよ」
夫の顔が真っ白になる。
そこへ、皇太子が口を開いた。
「ブリーズ伯爵家嫡男」
静かな声だった。
だが、皇族の声だった。
「君の発言はすべて記録された」
宮廷魔術による記録水晶が光っている。
「貴族の義務を放棄し、妻を虐げ、跡取りを利用する発言」
皇太子は淡々と告げた。
「これは帝国法に触れる」
夫は崩れ落ちた。
「ま、待ってください!ブリーズ伯爵家が――」
「ブリーズ伯爵家?」
皇太子は冷たく言った。
「そのブリーズ伯爵家も共犯だろう」
会場がさらにざわめく。
「貴族制度は帝国法と皇帝への信頼で成り立っている」
皇太子の声が響く。
「その信頼を裏切る家は――」
「不要だ」
そして。
そのときだった。
夜会場の入口から、ゆっくりと歩いてくる人物がいた。
輝くようなブロンドの髪。
深い紫のローブに身を包み、静かにこちらを見据えている。
プラチナ帝国の守護神、大魔導士イオニーアだった。
夜会場中の視線が集まった。
大魔導士イオニーアは皇族以外には滅多に人前に姿を現さない。
このような夜会で姿を現すのは異例中の異例といえるからだ。
「やはり、こうなりましたか」
彼女はため息をついた。
皇太子が軽く頭を下げる。
「大魔導士殿」
大魔導士イオニーアはリリアーナを見る。
「大丈夫ですか?」
「未来視で見えてしまったよ」
「あなたの未来を」
リリアーナは驚いた。
「え……?」
「この男があなたを利用する未来を」
大魔導士イオニーアは夫を一瞥した。
「だから魔道具を渡した」
「“心に思ったことを言ってしまう魔道具”」
彼女は少し笑った。
「人間の本性を暴くには、これが一番よねえ」
皇太子がうなずく。
「実に見事な魔道具でした」
夫は震えていた。
「お、俺を罠にはめたのか……!」
皇太子妃は冷たく答える。
「罠?」
「違うわ」
「あなたが」
「自分で、自分の本性を暴いただけよ」
その瞬間。
皇太子が宣言した。
「ブリーズ伯爵家嫡男」
「帝国法に基づき、貴族籍を剥奪する」
会場がどよめいた。
「またブリーズ伯爵家についても調査を行う」
夫は床に崩れ落ちた。
全てを失った。
その後。
リリアーナは皇太子妃に抱きしめられていた。
「もう大丈夫」
「あなたは私の友人よ」
涙がこぼれる。
彼女は少し嬉しそうに笑った。
後日。
リリアーナは皇太子妃の侍女として迎えられた。
皇太子妃の話相手という側面のほうが強いが。
「麗しの美剣士様ファンクラブ」魔法学園外郭組織として活動しようと目論んでいるとか。
皇太子もこればかりは呆れている。
元ブリーズ伯爵家子息は貴族籍を剥奪され、愛人とともに帝都を追放された。
しかし、愛人はすぐに彼の元を去ったという。
貴族でも金持ちでもない男に、興味はなかったらしい。
この作品は、「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」シリーズの外伝です。
リリアーナは、第1作目の第3部のおまけ、のお話でてくる主人公の子爵令嬢です。




