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第8話 私じゃお役に立てないのかな。

 シャナラは、絵画から身をもぎ放すように視線を逸らす。無言で髪から見事な青珠のはまった髪飾りをむしるように取り、卓の上に放り投げた。ルルタは慌てて、投げ捨てられた髪飾りを手に取り脇に置く。

 シャナラは、ルルタの様子には何の興味も示さず真珠色の羽織を椅子の背に投げて歩き出した。


「寵妃さま、ど、どちらへ?」

「沐浴をする」

「で、では、お世話を……」


 王族や高位の貴族の入浴の世話をするのは、側付きの侍女の役目のひとつだ。ルルタの前でシャナラが沐浴をする、と言い出したのは初めてだった。

 慌てて準備のために駆け出そうとしたルルタを、シャナラは刺すような眼差しで一瞥いちべつする。


「不要だ」

「で、ですが……」


 強い怒りのこもった瞳で睨みつけられて、ルルタは言葉を飲み込んだ。


「不要だ、と言っている」

「も、申し訳……」


 それ以上関心を示さず、無言で続き間の先にある沐浴室に向かおうとしたシャナラの背中に、ルルタは追いすがるように声をかける。


「シャ、シャナラさま。あ、あの……」


 冷たい氷のような視線を向けられ、ルルタはひるんだ。

 しかし自分を叱咤し、勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。


「あ、あの……わ、私、冷たいパタ茶を作ったんです。沐浴室にもご用意してありますので、良かったら中でお飲みに……」


 不意に、シャナラの端整な口元に笑いが浮かんだ。

 暗い感情をしたたらせた冷たい笑いだった。


「お前は、私を馬鹿にしているのか」

「え……」


 嘲りに歪んだシャナラの言葉に、ルルタは凍りつく。全身から血の気が引き、体が小刻みに震えてくるのがわかる。

 そんなルルタの姿を、シャナラは馬鹿にしたような眼差しで眺めた。


「ガラクタで部屋を飾り立てれば、私が泣いて感謝するとでも思ったのか? 生憎だったな」

「そんな……」


 シャナラは、美しく彩れた口元を嘲笑で歪めた。


「お前たち侍女が私を陰で何と言っているか、知らないとでも思っているのか? 東方から引きすえられて来た野蛮人、父親の次は息子に愛でられる恥知らずな生贄。笑い物にするのはお前たちの好きにすればいい。勝手に何とでも言え。だが、それ以上私に構うな。取り入ろうとしても無駄だ」


 呆然とするルルタを見ながら、シャナラは憎悪を押し殺した声で囁いた。


「誰か一人は置かなければならないからお前を置いているだけだ。余計なことをするなら、別の侍女に変える。代わりなどいくらでもいるからな」


 シャナラは暗い怒りを含んだ目で辺りを見回した。目についた馬の木彫りの置物を、ルルタの足元に投げつける。


「私が戻るまでに、部屋を元通りにしておけ。目障りだ」


 吐き捨てるように言うと、シャナラは部屋から出て行った。

 ルルタはしばらくその場で立ちすくんでいたが、やがてゆっくりと床に転がっている木彫りの置物を拾い

上げた。

 傷がついていないか確認すると、ソッと棚の上に戻した。



8.


「それで、用意したものを全部持って帰ってきたんだ」


 ルルタの部屋で事の顛末を聞いたユンカは、同情するように衣裳箱に詰め込まれ、外にまではみ出た東方の置物や食器、壁掛けを見る。

 その横の長椅子には、ルルタがしょんぼりとした顔で座っていた。


「ごめんね……二人にも手伝ってもらって、運んだり飾ったりしたのに」

「それはいいけど」


 ユンカは肩を落としているルルタを、気遣わしげに見つめる。


「ルルタ、大丈夫?」


 ルルタは落ち込んだ声で呟いた。


「寵妃さまの側付きを外されちゃうかも……」

「そんなに怒っていたの?」


 ルルタは昼間のシャナラの様子を思い出して、さらに深く肩を落とす。


「あんなに怒っている人見たことがない、っていうくらい怒っていた」

「たまたまご機嫌が悪かっただけよ」


 ユンカは慰める。


「きっと許して下さるわよ」

「うん……」


 ルルタは暗い顔のまま口ごもる。

 脳裏に部屋に戻って来た時のシャナラの姿が浮かんだ。

 シャナラはひどく怒っていた。だが同時に、そのまま消えてしまいそうなくらい寂しげに見えた。

 どれほど怒られても、今すぐシャナラのそばに行って心を慰めたい。

 そんな気持ちでいても立ってもいられなくなり、ルルタは立ち上がった。


「シャナラ様に謝って来る」

「え? 今から?」

「うん!」


 すぐに部屋から飛び出そうとしたルルタを、キラが落ち着いた声で引き留める。


「止めなさいよ。火に油を注ぐだけよ」

「でも」


 反論しようとしたルルタに、キラは冷静な眼差しを向ける。


「感情的になっている時は人に会いたくない人間もいるのよ。あんたから話を聞いた限りだと、寵妃さまはそういう方だと思うけど」

「そ、そうかも」

「自分の思いで突っ走るのはあんたのいいところだけれど……みんながみんなそうって言うわけじゃないからね」


 キラの口調には珍しく、ルルタを慰めるような柔らかさがあった。

 ルルタは再び椅子に座り込む。


(私じゃあ、何もシャナラ様のお役に立てないのかな)


 一体なぜ、自分はシャナラの側付きの侍女として選ばれたのだろう。

 ユンカよりもキラよりも……他のどの侍女よりも、侍女に向いていない。騒がしくそそっかしく気がきかず感情的で思いつきで行動してしまうのに。


「ルルタ……」


 ユンカとキラがルルタを心配そうに見守っていると、不意に部屋の扉が開いた。


「マーリカ様!」


 侍女頭のマーリカの姿を見て、三人はいっせいに立ち上がり、目上の者を迎える礼の姿勢を取る。

 マーリカは真っすぐにルルタの前にやって来た。


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