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第6話 寵妃さまのために

 5.


 身の回りの世話以外に、貴人たちの交流の橋渡しや使いをする後宮の使用人にとって、教養や知識はあればあるほど良い。そのため、後宮には広大な書庫が完備されている。


「リズリラさま」


 そろそろ書庫を閉めようか、という時刻に、書庫長のリズリラは駆け込んできた三人の娘に声をかけられた。

 暇さえあれば書庫に通い詰めているキラと、主人の要望を受けて頻繁に書物を借りに来るルルタは顔馴染みだ。


「どうしたの? 今日は、寵妃さまのお渡りじゃなかった?」


 怪訝そうなリズリラの言葉には答えず、ルルタは受付の台を乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出す。


「済みません、調べものをしてもいいですか?」

「ええ、構わないけれど」


 書庫の管理がリズリラの仕事だが、その時間が厳格に決まっているわけではない。書庫を閉めて帰ると言っても、与えられている後宮の自室に戻るだけなので、時々書庫に泊まることもあるくらいだ。


「急ぎの調べものでもあるの?」

「出来るだけ早くたくさん調べたいんです」


 リズリラから許可をもらうと、三人は書庫の奥へと向かって歩き出す。

 書庫には、女性の背丈の二倍はありそうな頑丈そうな書棚が整然と並んでいる。ルルタがキョロキョロしているのを見て、キラが尋ねた。


「東方の何を調べるのよ?」

「ええと、どんな土地か、とか、季節はどんな風かとか食べ物は何が美味しいかとか、どんな動物がいて、どんな服を着るか、とか」


 キラは少し考えてから言った。


「じゃあ赤の棚がいいかしら。青の八番も見たほうが良さそうだけれど」

「すごおい、キラ、どの場所にどんな本があるか覚えているの?」


 心底感心しているユンカに、キラは呆れたように言う。


「ユンカ、あんた、少しは勉強しなさいよ。偉い人が来たときに、会話も出来ないじゃない。その人の出身地の話なんて、鉄板のつなぎでしょう?」

「本を読むと眠くなるんだよねえ」


 ああだこうだと話す二人を尻目に、ルルタはほとんど走るようにして赤の棚に向かう。

 棚に目を走らせ、東方地域に関係がありそうな本を、片っ端から腕の中に積み上げていく。

 ルルタが棚と閲覧用の卓を何度も往復したため、卓の上はアッという間に本で埋まった。


「ルルタ、それ、全部読むの?」


 本が山積みになった卓の前に腰掛けたルルタの決意に溢れる顔を見て、ユンカは目を丸くする。


「うん。寵妃さまはしばらくは陛下と過ごされるだろうから、帰ってこられるまでに読まないと」

「無理だよお、倒れちゃうよ」


 ユンカの言葉に、ルルタは拳を握りしめて言う。


「大丈夫。三人いるから間に合うよ」

「え……? さ、三人?」


 ユンカとキラは顔を見合わせる。

 ユンカが、恐る恐ると言った口調で尋ねた。


「ルルタ……まさか、私たちも読むの?」


 ルルタは本から顔を上げずに、きっぱりとした口調で言う。


「もちろん。私たち、みんなで力を合わせてシャナラさまをお慰めするの。『あるじの言わんとすることは、それが音となる前に察する』。『主の心をわずらわすことなく、常に身辺を平穏にするよう心がけよ』それがいい侍女だ、って事前教育でも習ったよね」

「そ、それは……そうだけど」

「私は食べ物と住居のことを調べるから、キラは歴史と気候をお願い。ユンカは服と風習ね」


 有無言う暇もなく本を差し出される。ユンカは肩を落として椅子に座る。


「はあ……。今日、ご飯食べられるかなあ」

「後にするしかないわね。食堂に行けば、何か残っているでしょ」

「……お腹すいたあ」


 キラは案外あっさり納得して、ユンカはブツブツぼやきながら受け取った本を読み出した。



6.


 それから一刻後、三人はいったん本を置く。二人の話を聞きながら、書かれたことをルルタがまとめるためだ。


「シャナラさまがご出身の部族は、パタ茶っていうお茶を作って飲むんだ。材料と作り方を書いておかなきゃ」

「乾燥が強いから、塩と水をたくさん取らなきゃいけないのね。雨が降る日が、ここの半分ってほんとかしら?」

「髪の毛に力が宿るから、布を巻いて守るんだって。布の織りかたによって、精霊の宿り方が違うって面白いわね。ねえねえ、この絵の人、格好良くない?」

「そんなの絵だから格好良く描いてあるだけよ。髪に巻く布は、砂塵と日光から顔を守る意味もあるみたいね」

「肉料理がほとんどなんだ。ずっと馬に乗っているから、いっぱい肉を食べないと体が持たないのかなあ」

「ううっ、私もご飯食べたい……」

「パタ茶は、山羊の乳を沸騰する寸前の状態で半日温める……っと」


 必死でカリカリとペンを動かすルルタの手元を、ユンカは覗き込む。


「ルルタ、書けたあ?」

「ちょっと、ちょっと待って。いっぺんに言わないでね。追いつかないよ」


 懸命に書き続けるルルタの横で、ユンカは本を開いてのんびりと呟く。


「男の人が女性に愛を誓うときは、自分の髪を編み込んだ編み紐で女性の髪を結って精霊の加護を与えるんだって。素敵ねえ」


 ユンカはうっとりとした眼差しを宙に投げる。


「さっきの頭の布の話といい、織物とか手工業がさかんみたいね。そう言えば、東方の織物って高価よね。ふうん、女の子が産まれると一族の女性が総出で肩掛けとか寝具とか嫁入り道具を用意し始めるんだ」


 キラが考えこみながら呟いたちょうどその時、リズリラがやって来た。


「どう? 終わりそう?」



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