第33話 何が何でもお側付きに戻るんだ。
「キラ」
ユンカがキラを制するように立ち上がりかけたが、キラは構わずに言葉を続ける。
「今まで、あんたは周りの人間にやっかまれても何も言わず、心を込めて寵妃さまにお仕えしてきた。それなのに理由も言われずにいきなりお側付きを外されて訳もわからないまま放っておかれて、『言うことをきかないなら後宮から追い出す』って脅されて抑えつけられる。こんな理不尽に黙って従うの?」
キラは昂然と顔を上げて言った。
「私は納得できない。影は自分の気分で好き勝手に放り投げられるものじゃない。主にそういう心があるから、侍女は主の影になれるのよ」
キラは決然とした表情で言った。
「これはあんただけの問題じゃない。私たち侍女全体の問題よ」
キラの言葉を聞いたユンカの顔に、みるみるうちに高揚した表情が浮かぶ。
「……そう、そうだよ、そうだよね」
ユンカは寝台の上にいるルルタのほうを勢い良く振り向く。普段は穏やかな茶色の瞳が興奮で輝いていていた。
「ルルタ、私はキラみたいにうまく言えないけど、やっぱりおかしいよ。何も聞かされないでいきなり側付きを外されて、二度と会えないなんて。ルルタは一生懸命寵妃さまにお仕えしたのに。辞めさせるにしても、何が駄目なのかちゃんと言ってくれないと、どうやって仕えていいのかわからないよ」
ユンカはふくよかな手を、ルルタの肩の上に置いた。
「私もルルタに、ちゃんと寵妃さまと話してきて欲しい。侍女として」
「ユンカ……」
「まったく、大した演説だな。恐れ入るよ」
皮肉たっぷりな口調でレイが口を挟む。
今の今まで存在を無視されていたことに腹を立てているのか、三人の侍女たちの間に割り込むように入ってきて尊大に肩をそびやかした。
「侍女ごときが、よくもそんな好き勝手なことをあれこれと言えるものだ。お前たちは、言われたことに黙って従えばいいんだ。それが役目なんだからな」
高慢な表情が浮かぶレイの顔を一瞥して、キラが素っ気なく言った。
「『侍女ごとき』に協力しなきゃならないなんて、レイさまも大変ですね」
「は? 何で僕がお前たちに協力しなきゃいけないんだ?」
キラは冷ややかな口調で答える。
「ルルタが寵妃さまの側付きを外されたまま終わったら、レイさまの宮廷での立場が微妙になるからです」
痛いところを突かれたのか、レイは言葉に詰まって口をつぐむ。
キラは畳み掛けるように話を続けた。
「寵妃さまはルルタを疎んじて役目を解いたわけではない。事実がそうでも、周りの人間はルルタが寵妃さまのお側付きを外されたということしかわからない。『寵妃さまに睨まれて遠ざけられた妻』を持ったら、レイさまは、今後かなり難しい立場になるんじゃないですか?」
「お前ごときが、一体何を……」
余りにヅケヅケと言われたために、レイは言うべきことが見つからないように口を意味もなく開閉させている。キラはレイの言葉を奪い取るように、語気を強める。
「かと言って、ルルタとの婚約を破棄するわけにもいかない。寵妃さまは、むしろルルタのためを思ってお側付きから外したようですから、婚約を破棄したなんてお耳に届いたら大変なことになりますよね。可愛がっていた侍女を結婚するから仕方なく送り出したのに、自分の侍女ではなくなったら冷酷無惨に捨てられた。そう聞いたら寵妃さまはさぞかしお怒りなると思いますよ」
「え? 捨てる? 誰が誰を?」
好奇心を露にして身を乗り出したユンカの横で、レイがルルタに指を突きつける。
「勝手に話を進めるな。一体、いつ僕がこいつを捨てると言った」
「そうですよね。寵妃さまのお怒りを買ったら出世の道は閉ざされる。下手をしたら、陛下にあることないこと吹き込まれて失脚するかもしれません。クランスカ家は権勢が強いぶん、敵も多いですから」
「え? レイさま、失脚するの? 大変じゃん」
キラの言葉に、ユンカは目を丸くして口に手を当てる。
「自分たちの仲間がもてあそばれて捨てられたなんて聞いたら、侍女たちだって黙っていませんよ。この先も侍従として生きていかれるつもりなら、侍女を敵に回さないほうがいいと思いますけれど」
「ええっ! レイさま、侍女をもてあそんで捨てたんですか? 許せない」
レイは引き付けを起こしたように顔を真っ赤にして叫ぶ。
「僕を脅す気か!」
「現状をありのままに述べただけです」
落ち着いた声でそう言ったあと、キラは付け加える。
「ルルタを寵妃さまの側付きに戻せるかどうかが、レイさまの今後の政治的立場を大きく左右する。それがわかっているから、ルルタに会わせるよう私に頼んだんじゃないんですか?」
「頼んだわけじゃない」
レイは形のいい眉をしかめて、悔しげに反論する。だが、やがて自棄になったように大きく息を吐き出した。
「ああ、そうだよ。その通りだよ。寵妃さまに婚約を知られていないならともかく、知られてしまっているからな。ルルタには、何が何でも寵妃さまの側付きに戻ってもらわなくちゃならない」
キラは寝台の上にいるルルタに視線を走らせてから、先ほどまでとは打って変わった躊躇いがちな様子で尋ねる。
「ルルタが寵妃さまに会えたとしても……本当にお側付きに戻れるんですか?」
「それはこいつ次第だ」
素っ気なく答えたあと、レイは寝台の上でうずくまっているルルタのほうへ歩み寄った。
「おい、いつまで腑抜けているんだ。ぐずっている暇があったら、どうしたら寵妃さまの決心を覆せるかを考えろ。泣いてもわめいても寵妃さまにしがみついてもいい。何でもいいから、何が何でもお側付きに戻してもらうんだ」
「寵妃さま……」
ルルタは呟いた。
「シャナラさまに会える……んですか?」
「会える」
「本当ですか!」
ルルタはかぶっていたかけ布を跳ね飛ばし、レイにしがみついた。




