第31話 理不尽な決定でも。
「止まりなさい」
足を止めたルルタに、マーリカは刺すような厳しい眼差しを向ける。
「私は『仕事に戻るように』と言ったはずです。聞いていなかったのですか?」
肩で息をつくルルタの姿を見て、マーリカは冷たく目を細める。
「回廊を走り、そのように息を切らすなど。みっともない。侍女としてあるまじき振る舞いですよ、ルルタ」
鞭が打ち鳴らされたような強い叱責だったが、ルルタの耳には届かなかった。
「マーリカさま、私がシャナラさま付きの侍女を外されたというのは本当ですか?」
マーリカは冷厳な表情のまま答えた。
「本当です」
「何でですか!」
ルルタはマーリカにすがりつかんばかりに言った。
「私に至らない点があるなら改めます。悪いところは、全部直します。お願いです、シャナラさまの侍女でいさせてください」
「私の決定ではありません」
ルルタの言葉にいささか胸を打たれた風もなく、マーリカは淡々とした口調で言う。
「寵妃さまから、そのようにお話がありました。私は寵妃さまのご意向を承っただけです」
ルルタは呆然として呟いた。
「シャナラさまが……私を辞めさせると決めたんですか?」
「そうです」
マーリカの言葉が虚ろになった胸の中で冷たく響き渡る。
ルルタは震える声で呟いた。
「……何でですか?」
マーリカは表情を動かさず、黙ってルルタを見つめた。
「シャナラさまは何て言われたんですか? 教えて下さい」
「寵妃さまからは、ご説明は何もありませんでした」
「何も……?」
「ええ、何も。あなたは近々婚姻を控える身になったから寵妃さま付きの任をとく。落ち度があったわけではない。むしろ、この上なくよく仕えてくれた。そのつもりで今後処遇せよ、との仰せでした」
言葉を見つけることが出来ずにいるルルタに向かって、マーリカは言った。
「あなたの新しい役目については、おって知らせます。それまでは日々の務めを率先してこなすように」
話を終えてマーリカは唇を結んだが、ルルタは動かなかった。
「シャナラさまに会わせて下さい」
微動だにしないマーリカに向かって、ルルタは叫ぶ。
「私、シャナラさまの気持ちを何も考えてないで、ひどいことを言ってしまったんです。お願いです、マーリカさま。お会いして謝りたいんです」
マーリカの薄い色合いの青の瞳に不快げではあるが、同時にどこか理解しがたいものに対して不審を感じている光が浮かんだ。
「寵妃さまに会いたい。あなたがそう望めばお会いできる。まさか、本気でそう思っているのですか?」
「どうしてもシャナラさまにお伝えしたいことがあるんです」
ルルタは必死の思いで頭を下げる。
「お願いします! 少しのあいだでいいんです。せめて、シャナラさまに私がお話したがっていると伝えて下さい」
「いい加減になさい」
マーリカの鋭い声が、ルルタの言葉を遮る。
「お妃さまたるかたが、あなたに会う必要はない。そう言われているのです。あなたも侍女であれば、大人しくその命に服しなさい」
マーリカの言葉は、普段以上の硬質の響きを帯びていた。
「分をわきまえない振る舞いをあくまで改めないと言うなら、侍女として不適格だと判断せざるをえません。後宮から出ていってもらいます。あなたはその覚悟をもって、私の前でそんな戯言を口にしているのですか」
はっきりとした口調で告げられ、ルルタは出かかった言葉を何とか呑み込んだ。
マーリカはそんなルルタの様子を見つめて、平素と変わらない声で言った。
「後宮の規律を乱すようなことは二度と口にしないように。良いですね?」
「……はい」
ルルタは項垂れたまま小さく頷く。
そうすることが精一杯だった。




