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第21話 お前を僕の妻にしよう。

「寵妃さまのお人柄を聞けば、そんなかたではないとわかるんだがな」


 レイはルルタをチラリと横目で眺め、何食わぬ顔で付け加える。


「寵妃さまは公式の場に一切お出でにならず、侍女もお前一人しか置いていない。侍従である僕でさえ、寵妃さまとお言葉を交わしたことはない。だから宮廷の人間たちは、『それらしい話』が真実だと思いこんでいるんだ」

「『それらしい話』って、どんな……」

「それは、だ」


 レイはもったいぶった様子で話し出す。


「これだけ陛下のご寵愛が深いのだ。寵妃さまは、ゆくゆくは必ず陛下の御子を授かる。そうなれば、いかに蛮族の出身とは言っても正妃に迎えられるだろう。そうなったら、ラガルド将軍の天下も同然だ。何せ寵妃さまからたいそう()()されているのだから。それに、お生まれになる御子の父親は……」


 レイはそこでハッとしたように口をつぐみ、えへんえへんと咳払いをする。


「まあとにかく、だ。宮廷の人間たちはみんな、自分たちがいくら勧めても陛下が他の妃を迎えて下さらないのは、寵妃さまが自分が正妃になるために陛下をたぶらかしてそう仕向けているからだ。そう思っている」

「そんな……っ」


 ルルタは思わず呟く。

 仮にシャナラが国王にそう頼んだとしても、妃となったからには自分を唯一の妻と思って欲しいと思うのは、人の情として当たり前ではないか。それを権力欲のみで解されるのはあんまりだ。

 何とかシャナラの弁護をしなければと思い、ルルタは必死で訴える。


「シャナラさまは、そんなかたじゃないです」


 シャナラがいかに無欲で高潔で優しく公平な人柄か、富や権力などにまったく興味がなく清貧な生活を送っているか。

 熱弁を振るうルルタを見ながら、レイは優しげな笑みを浮かべて「うむうむ」と頷く。

 話が一区切りつくと、いっそう笑みを深めた。


「寵妃さまは、不運な境遇にお心強く耐えられている、優しく慎み深いかたなのだな。そのお人柄ゆえに、部族を救ってくれたラガルドを無下に扱うことが出来なくて、皆から誤解されている。こういうわけか」

「レイさま」


 ルルタはすがりつかんばかりにレイに迫る。


「何とかラガルド将軍を寵妃さまのお側に近寄らせないように出来ませんか? 寵妃さまは静かに暮らされたいだけなのに、国を乗っ取ろうとしていると思われているなんて……あんまりです」


 レイの顔に一瞬、「してやったり」と言いたげな表情が浮かぶ。

 だがその表情は、すぐに真剣に悩むような顔つきによって隠された。


「寵妃さまはあらぬ誤解を受けている。そうわかったからには、僕も力になって差し上げたい。もし寵妃さまがクランスカ家を頼りたいとおっしゃるなら、相手がラガルドだろうが誰だろうが全力でお守りしよう」

「本当ですか!」


 ルルタは顔を輝かせ、レイに抱きつかんばかりの勢いで手を取りブンブンと勢いよく揺らした。


「レイさま! ありがとうございます」 


 余りに予想外のことにレイはしばらくされるがままになっていたが、ハッと気付いて慌てて手を引っ込める。


「な、何だ、年頃の娘がいきなり男の手を取るなど。はしたない」

「済みません、嬉しくて……つい」


 レイは、外見だけならば小柄で優美な少女のようにしか見えない。「男」と言われてもまったくピンとこないが、言われたことは尤もなのでルルタは謝る。


「ふ、ふん、まあいい。大目に見てやる」


 動揺を沈めるために咳払いをひとつすると、レイは尊大な様子で話を続けた。


「そのためには、ラガルドや他の重臣たちをしのぐ権威をクランスカ家が持てるよう、陛下に対して口添えをしていただかねばならない。僕たちクランスカ家が力をつけることが、寵妃さまがお心を安んじて後宮で過ごしていただく環境をお守りすることになるのだからな。お前の口から、寵妃さまにそうお伝えするんだ。まずは御簾みすごしでもいいから、僕に会ってみるように伝えろ」

「はい!」


 大きな声で返事をするルルタを、レイは不安げに眺める。


「いいか、いきなり『クランスカ家が後ろ楯になってくれるそうですけど、いかがですか』なんて言うんじゃないぞ。最初はそれとなく聞いて、感触が良さそうだったら、ゆっくり話を進めるんだ」

「はい! 頑張ります」

「……頑張るなという話をしているんだが」


 大丈夫かと言いたげな眼差しで、レイはじろじろと眺める。

 その視線が、ルルタの茶色の髪にを束ねた編み紐を捕らえた。


「お前、髪にくっつけているその貧相なものは何だ」

「貧相……」


 ルルタはムッとしながらも、編み紐に触れながら答える。


「シャナラさまからいただいたんです」


 シャナラ自ら、編み紐を結わいてくれた時のことを思い出すと、誇らしさと同時に何か気恥ずかしく、しかし決して不快ではない胸の苦しさを感じる。

 ルルタの言葉に、レイは驚きで目を見開いた。


「ヴォルガは織物が盛んと聞いたが、まさか寵妃さま、自ら編まれたのか。こんな気もきかない田舎者の小娘をそんなに気に入っているのか」


 主が自分に仕える者に身の回りの品を与えること自体は、よくあることだ。

 だが、国王と妃の私的な関係が権力の構図に大きく関係するように、国王の寵愛が深い妃が誰を気に入り側に置くかも当然、政治的な重大時である。

 レイは初めて興味を持ったように、ルルタをしげしげと眺めた。


「お前、年はいくつだ?」

「年?」


 突然脈絡もなく尋ねられて、ルルタはきょとんとした顔になる。


「十六ですけれど」

「十六。ひとつ違いか」

「誰とですか?」


 レイは、ルルタの質問など聞こえていないかのように話を続ける。


「親は確か平民だったな。娘を後宮に寄越せるくらいだから、地元では有力者なのだろうが」

「父さまと母さまは、アルバ・レリアにいます」

「なるほど、どうりで田舎者なわけだ」


 天気の話でもするような悪気のなさで、レイはそう答える。


「しかし、いくら地方では勢力があるとしても、父親が平民では差し障りがある。今度の授与式の時に男爵か子爵の地位を与えてやろう」

「父さまにですか?」


 ルルタは呆気に取られる。

 本来なら望外の幸運と言うべきことなのだろうが、余りに唐突で話について行くことができない。

 レイはルルタの戸惑いには毛筋ほどの注意も払わなかった。


「他のことはともかく、体は丈夫そうだな。見栄えがもう少し良ければよかったが……後宮務めを続ければ社交界に顔を出す時間はないだろうしいいだろう。寵妃さまは、この野暮ったい鈍臭さが物珍しくて気に入ったんだろうからな」

「あのっ!」


 ルルタは、ちょうど同じくらいの高さにあるレイの鼻先に顔を突きだし、大声で話を遮った。


「何のお話をされているんですか?」


 二人の身分差からは考えられない振る舞いだが、そうでもしなければ一方的な独演会は止まりそうになかった。

 レイは気を悪くした風もなく、芝居がかった尊大な様子で言った。


「ルルタ、お前をクランスカ家の一員に迎えよう」

「……へ?」


 素のままの間の抜けた声を漏らしたルルタの前で、レイは胸を張った。


「お前を僕の妻にすることにした」


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