第2話 陰口は許せない。
3.
夕刻になると、ルルタは寵妃の側から離れて、同僚の侍女と共に衣裳部屋の整理に入った。
ルルタが寵妃の身の周りの世話をするのは、朝から午後までだ。夕方からは侍従たちが世話に入る。
国王の一の寵妃と言えば、後宮であれば正妃、もしくは子を成した妃に次ぐ地位を持つ。常時、五、六人の侍女が側に控え、身の周りの世話をするのが普通だ。
なぜ昼間は自分一人ですべての面倒を見て、夜になると側から外されるかが不思議だった。
4.
色とりどりの衣裳が収納され飾られている衣裳室では、二十名ほどの侍女が入れ替わり立ち替わり賑やかに作業をしている。
仕事中の私語は禁止されているが、お目付け役の先輩侍女がいない時は、誰一人そんな規則は守らない。
年若い侍女たちは、仲の良い者同士で喋ったり、クスクスと笑いながら仕事をしている。
「ルルタ、今日は寵妃さまはどんなご様子だった? 相変わらずお美しかった?」
寵妃がこの先、身につける衣裳を点検しているルルタに、一緒に作業に入ったユンカが、目を輝かせて尋ねる。
ユンカは、ルルタと同い年の十六歳だ。
地方の裕福な貴族の末娘で、大柄で丸みのあるふくよかな体型をしており、性格もおおらかでおっとりしている。
後宮に上がる事前教育で一緒になったいわば「同期」で、同い年ということもありルルタとすぐに仲良くなった。
「いいなあ。私も寵妃さまのお側仕えをしたいわ。あの黒い綺麗なお髪をとかして結ってみたい。着替えをお手伝いしたら気絶しちゃいそう」
ユンカは頬を赤く染めて、うっとりとした顔で呟く。
ユンカは、後宮に上がり、寵妃を一目見た時からその美しさに憧れていた。
「一人でお世話を全部こなしているんでしょう? 大丈夫? 寵妃さまに、私も一緒にお世話しましょうか? ってさりげなく聞いてみてよ」
顔を赤らめてはしゃぐユンカの隣りで、衣装の形を整えていたキラが口をはさむ。無駄な肉がひとつもついていない、細身なしなやかな姿をしており、動作も素早い。黒い瞳には、ルルタへの心配以外に抜け目のない光が宿っている。
キラもルルタやユンカと同じ十六歳だが、後宮勤めは二人よりも長い。
宮廷に伺候する役人の父親に頼み、後宮に上がったと言う。
「女が力を持つには、後宮で出世するしかないもの。権力者の妻になっても、夫がドジを踏んだら一巻のおしまいだわ。私は、のし上がるにしても落ちぶれるにしても、自分だけの力でそうなりたいの」
一生、後宮で生き、侍女頭の地位を目指すつもりだ。
キラは出会った時から、そうキッパリと言い切っている。
結婚を考えず、後宮勤めをして生きていく。
そんなことを考えたこともなかったルルタにとって、キラの存在は大きな刺激だった。
キラは、寵妃のそばにいるルルタと親しくしていたほうが何かと得だから、という態度をことさら出す。それは一種の照れ隠しなのだとルルタは気付いていた。
同年代の女性ばかりが集まる場所の常として、どこの集団でも話は一向に止まる様子がない。
宮廷での流行や噂話、仕事の愚痴や朋輩たちの結婚のこと、故郷や家族の話、食べ物の話に趣味の話、話題は尽きることなく続いていく。
「この間、寵妃さまをお迎えに上がる陛下のお姿を見たけれど、本当に素敵だったわ」
「今日の寵妃さまの『お渡り』では、陛下のお姿を見ることは出来るかしら」
「ああ、陛下、私のことを見染めて下さらないかしら。正式なお妃さまなんて贅沢なことは言わないから……恋人としてだけでも」
「あら、あんた、陛下狙いなの?」
「そりゃあ後宮にいるんだから、陛下のお目に留まりたいと思うのは当たり前でしょ? 王さまっていうだけで十分素敵!って思うのに、エルシドさまは二十一歳っていう若さでしかも美形でしょ。恋人になりたいって思って当然じゃない」
「私も。エルシドさまなら、そこらへんの下級役人でもお嫁に行きたいわ」
「あんた、この前までラガルド将軍が素敵だって言っていたじゃない」
「ラガルドさまだって素敵よ。大人の色気っていうの? 恋人ならともかく、正式に結婚するなら十歳くらい年上のほうが頼りがいがあるもの」
「私はだっんぜん、エルシドさま! ああ、恋人だなんて贅沢は言わないわ。エルシドさま付きに異動にならないかしら」
「そうね、エルシドさまの恋人になるなんて絶対、無理ですもの」
「何よ、それ。ひどい。夢見るくらい自由じゃない」
「夢見るも何も、無理無理。だってねえ」
「そうねえ、エルシドさまは、シャナラさまにぞっこんだもの」
「ぞっこんだなんて……。そんな下々みたいな」
「他に言いようがないわよ。シャナラさまに遠慮して、他の女性にお手をつけられるどころか、未だに正妃さまさえお迎えにならないのだから」
「すごいわよねえ。国王さまなんて、いくらでも選び放題なのに」
「恋には上も下もないのねえ」
「だから、エルシドさまがあんたたちに目を向けられることなんてないわよ」
「わかっているわよ」
「憧れるくらいいいじゃない」
「ねえ」
「それにしても、シャナラさまって凄いわよね」
「確かに凄く美しいかただけれど」
「元はと言えば、東方の蛮族の出でしょう? それなのにご運の強いかた」
「それに……ね?」
「ねえ……まさか」
「ねえ、父親にも息子にも寵愛されるなんて」
「何か特別な手管でもあるのかしら」
「あら、蛮族の秘儀みたいなものが、ってこと?」
「ええええ、やだあ、何それ」
漏れ聞こえてくる朋輩たちの噂話に、ルルタは唇を噛む。
二十一歳の若き国王であるエルシドは、絵物語に出てくるような美青年のため、宮廷中の女たちの憧れの的だった。
シャナラはその横に並んでも何ら遜色のない美貌だが……いやだからこそかもしれないが、影では侍女たちのやっかみの対象になることがある。
「征服された小さな部族の長の子供であり、恭順の証に差し出しされた」という出自、そして元々はエルシドの父親である前国王のマグヌスから寵されていたという事情も、当てこすりの格好の的になった。
小さな笑い、意味ありげに目配せを交わしながらひそひそとシャナラについて囁き合う朋輩を、ルルタは睨みつけた。
陰口を叩いていた三人の侍女は、自分たちに向けられたルルタの険しい視線に気付いた。
一瞬気まずそうなひるんだ表情になったが、仲間がいるために気が大きくなっているからか、すぐに小馬鹿にするような薄笑いを浮かべる。
「やっだあ、怖ーい。睨んでいるう」
「新しく来たルルタ、だっけ? 平民でしょう? この子。何で後宮にいるの?」
「シャナラさまのお気に入りなんでしょう? 私たちなんかより、ずっと話が合うんじゃない?」
「シャナラさまって、ほら、東方の部族の出だから。私たちみたいな都育ちじゃあ、わからないことも多いからからさあ」
「何それ、ひっどおい」
さざめくような笑いを浮かべる三人に、ルルタは火を吹くような怒りに満ちた眼差しを向ける。
「……れ」
キョトンとした顔をする三人に、ルルタは次の瞬間、飛びかかった。
「シャナラさまに謝れっーーー!」
第二話まで読んでいただいてありがとうございます。
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第三話以降も、引き続きお楽しみいただければと思います。




