第19話 何で報告に来ないんだ。
「馬鹿! 僕だ、騒ぐな」
今まさに声を上げようとした瞬間、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
ルルタは口を大きく開いたまま、少しずつ見えてきた目の前の影に目をこらした。
「レイさま?」
よく見ると小柄な人影は、少女めいた優しげな顔立ちにはおよそ似合わない仏頂面をしたレイ・クランスカだった。
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、今度は「なぜレイがこんなところにいるのか」という疑問がわいてくる。
それが露骨に顔に出たのか、レイはムッとした顔になって言った。
「お前が報告に来ないから、わざわざ僕が出向いたんだぞ」
「報告?」
ルルタは首を傾げる。
レイは辺りを見回したあと、回廊の柱の陰にルルタを引っ張り込む。
「昨日、僕が侍女の仕事ぶりを監察しに行った時、お前に合図を送っただろう。終わったあと僕の下へ来いと」
「え? 昨日、お会いしましたっけ?」
ルルタは首を傾げる。
ルルタの言葉に、レイはわなわなと震え出す。
「お前、まさか……まさかとは思うが、このふた月、僕が送っていた合図に何も気付いていないのか?」
合図?って何ですか? と言葉にする前に表情から返答を読み取ったのか、レイは呆然とした表情になる。
「信じられん……こんな使えない侍女がこの世に存在するとは」
レイの口からこぼれ落ちた言葉を聞いて、ルルタは口を尖らせる。
「また私の悪口ですか?」
「何が悪口だ。お前が使えないのはただの事実だ」
余りな言われようにルルタは頬を膨らます。
レイはルルタの様子にはまったく関心を払わず、暗がりの中で声をひそめる。
「お前、ずいぶん寵妃さまに気に入られたようじゃないか。一体、何があったんだ?」
レイはいったん口を閉ざしたあと、囁くような声で言った。
「何か弱みでも握ったか?」
「よ、弱みっ?」
ルルタは目を白黒させる。
図星を突いたと勘違いしたのか、レイは「やっぱりな」と呟いて満足そうな笑いを漏らした。
「教えてくれれば悪いようにはしないぞ。寵妃さまとラガルド将軍が親しい間柄なのは有名だからな。もしかして、現場を押さえた、なんてことは……」
「な、な、な、な、何を言っているんですかあ!」
ルルタは大声で叫ぶ。
「シャナラさまの弱みを握るなんて。主に対してそんなことをするわけないじゃないですか」
レイは平然として言う。
「いざという時のために、出来るだけ多くの人間の弱みを握っておく。そんなことは当たり前だろう。宮廷政治の人間関係は利用するかされるだけだ。主もへちまもあるか」
「そんな……」
反論しかけて、ふとルルタはレイが口にした名前に引っかかりを感じ、口をつぐんだ。
「ラガルド」
シャナラも、あの男のことをそう呼んでいた。
(ラガルド……? 将軍?)
どこかで聞いたことがあるような。
そう思い首をひねった瞬間、ルルタは「あっ」と声を上げた。
「ラガルド……あのかたが、ラガルド将軍ですか?」
レイは呆れたように言う。
「お前は、王国軍を束ねる元帥の顔も知らないのか」
「実際にお会いしたことはなかったので……そのう、もっと大きくて厳ついかたなのかなって思っていました」
ラガルドは元々は、この地を治めていた皇家の一族だ。血筋だけならば現在の国王エルシドよりも由緒正しい家柄の出身である。
前国王のマグヌスが、この地の人間を統治するために旧皇家の血筋を引くラガルドを将軍に据えた。さらに三年前の「東伐」の成功を以って王国の全軍を指揮する元帥の座につき、現在は若き国王エルシドの後見人となっている。
シャナラの部屋で会った男は「歴戦の武人」と言うよりは、洗練された物腰の優雅な貴族に見えた。
外見からは王国軍全軍を指揮する将軍とは想像がつかない。
「侍女の質も落ちたな」
「嘆かわしい」と言いたげにレイはため息をついた。
「お前も、寵妃さまが後宮に納められた経緯は知っているだろう」
「はい、それは……」
ルルタが頷くと、レイは話を続ける。
「寵妃さまは『東伐』によって王国に服従した部族の出身だ。寵妃さまが国王の妃となることが、王国がヴォルガの降伏を受け入れる条件のひとつだった。その話をまとめたのが、『東伐』の指揮官だったラガルド将軍だ」
「あの人が寵妃さまを後宮に連れてきたんですか?」
ルルタの言葉に、レイは薄笑いを浮かべる。
「そうだ。前国王陛下の時代は、寵妃さまは国王陛下よりもラガルド将軍とのほうが親密だ、ともっぱらの噂だった。さすがに真昼間から部屋に来るなんてことはなかったんだがな」




