第17話 母さまからのながああああい手紙
12.
さらに二月経ったころ。
ルルタはある問題に頭を悩ませていた。
「ルルタ、どうしたの? 難しい顔して」
夕食の時間、隣りの席に座っていたユンカがそう尋ねる。
ルルタはため息をつきながら答えた。
「最近、母さまからの手紙が凄いんだよね。そろそろ結婚しろって」
「十六になって婚約もしていないと、親も急に焦り出すよね」
「ユンカは結婚しろって言われないの?」
「うちは今、兄さまのお嫁さん選びで忙しいから、それが終わったら、かなあ?」
「うちは姉さまがもう結婚しちゃっているからなあ。後宮にいたからっていいご縁があるとは限らない。何だかんだ同じ地元の縁がある人が一番だ、いい人を見つけたから会ってみろって、そればっかりでさ」
最近、実家の母親から矢継ぎ早に長い文が届く。
内容はいつも同じで「あなたにピッタリの相手を見つけた。家に帰ってきて、会ってみなさい」というものだ。
後宮勤めという実績を積み、あわよくば上流貴族に見初められ妻になることができれば、と思っている父親とは違い、母親は今の地位に釣り合うそこそこの相手と結婚して、家のそばで暮らして欲しいと思っている。
二人の争いは母親のほうが優勢らしく、「早く結婚してそばに戻って来て欲しい」という望みが書かれた長い手紙が、三日と空けずに届く。
どの相手も会ったことのもないルルタのことを「たいそう気にいって」おり、「明日にでも妻に迎えたい」と言ってくるらしい。
夕べ届いた手紙は、いつも以上に長く、力がこもっていた。
※※※
落ち着きがなくそそっかしい性格のあなたを、しっかりと包み込んで導いてくれるような人がいいと思うのよ。(と、母親は頑強に主張している)
このあいだお会いしたゲール子爵は落ち着いてらして、とてもいいご様子だったわ。宮廷で武官としてお勤めをされたあと、今はご領地にお戻りになっているの。
ほら、あなたも昔会ったでしょう?
アルステッド卿の奥様が開かれた夜会でお会いした、洒落たご様子のかたよ。
あなたの髪型を、泡立てたクリームみたいで独創的だって誉めて下さったでしょ。覚えている?
年齢はあなたより十二歳年上だから……二十八歳ね。
私ね、あなたには十歳くらい年上の人がいいと思うの。あなたのことを一歩引いた場所から、見守ってくださるようなかたがね。
子爵さまにさりげなく聞いてみたのよ。
「お一人だと何かとご不自由ではないですか」って。
ラクスには「お母さまったら、じゃらされた猫みたいに子爵に飛びつくんだもの。イヤになっちゃう」って言われたけれど、飛びついてなんていませんよ。
あの娘は、何でもすぐに大袈裟に言うのよ。
そうそう、ゲール子爵のことだったわね。
うちの下の娘がちょうど年頃なんです。親としてそろそろ良い相手を見つけてやらなければと、思っているのですけれど、二十歳前の若い娘では、子爵さまには騒々しすぎますかしら? と言ってみたの。
そうしたらねえ。
何て言われたと思う?
「私は元気が良すぎるくらい活発な女性のほうが好きですね」
ですって!
「こちらが何を喋ってもウンともスンとも言わない大人しい手応えのない女性よりも、たくさん話して私の気持を引き立てて、明るくしてくれるようなかたのほうが気持ちが若返ります」
そうおしゃったの!
凄くわかったかただと思わない?
私、すっかり感心しちゃって、もう少し詳しくあなたのことを話してみたのよ。
そうしたらいたくお気に召されたみたいで
「ルルタ嬢こそ、私が長いこと求めていた理想の女性のような気がします」
そうおっしゃられたの。
一言一句、この言葉通りに言われたのよ。
直感が働いたんですって。
直感っておっしゃっていたわ。(「直感」の箇所に、紙が破れんばかりに太い線が引かれている)
「まあ、ゲールさま」
私、驚いてね、聞いてみたのよ。
大事なことじゃない? 結婚する相手の最初の印象がどうかっていうのは。
「直感(またしても太い線が勇ましく引かれている)なんてものがあるのでしょうか? 会ったことがなくとも、この人こそ結ばれるべき運命の人だ、と思うようなものが?」
ラクスが服の袖を引っ張って、「お母さま、止めて。そんなに身を乗り出さないで、お母さまったら!」って言うんだけど、ちっとも乗り出してなんかいないのよ。
ちゃんと礼儀正しく椅子に座って、子爵のお話を伺っていましたよ。
「お母さま! お母さまったら! やめてよ」
って最近そればかりなのよ、あの娘。
そりゃあ私だってちょっとはしたないかなとは思ったけれど、あなたのために確かめておかないと、と思ったのですよ、ルルタ。
大人しく引っ込んでいたら、来るご縁も来ませんからね。
レシア卿の奥様なんて、最近、娘のターニアさんの婚約が決まったって鼻高々なのよ。
ターニアさんって、あなたより二歳も年下でしょう。
「いいご縁に巡り合えた」ってそこら中で言いふらしているのよ。イヤになっちゃう。
そうそうそれで、ゲール子爵の話だったわね。
子爵に聞いたのよ。
その直感とやらは、どこから来るのですか?って。
何とおっしゃったと思う?
直感は天から授かるものなのです、いわば啓示です、って!
『啓示』! そうおっしゃったのよ!
神さまからそう言われたって言うことよね?
それで、私、すっかり興奮しちゃって、じゃあ世の夫婦は皆、その『啓示』を受けるのでしょうかって聞いてみたの。
はっきりさせておきたいじゃない? 一体、それが神さまが決めたものなのかどうなのかって。
例えば私とあなたのお父さまとかね。
それで聞いてみたのよ、ゲール子爵に。そうしたらね……。
※※※
(長い……長い! ながああああああああいっ!)
読めども読めども、文は延々と続いた。
話はしょっちゅう脱線し、途中から父親との出会いの話が始まり、父親が母親に求婚する前に、母親のことをたいそう気に入っていた「ご立派な様子の殿方」の話が延々と書き連ねられる。
「とてもいい雰囲気だったけれど、啓示がなかったのだから仕方がないわよね」
と書かれたころには、哀れなゲール子爵のことは母の頭から綺麗さっぱり消えてしまったようだ。
そんないつまで経っても結論が出ない文が三日と空かずに届く。
まるで古代の巻物のようだ、と後宮の伝書係から半ば呆れられ半ば笑われた。
「自分は結婚などしない。シャナラにずっと仕えるつもりだ」
そう何度宣言しても、母親は一向に諦めない。
後宮に残れるのは、ごく一部の優秀な侍女だけだ。
二十歳にもなれば、結婚相手を見つけるのが難しくなる。
年を取って後宮から出されたら、一体どうするつもりだ。一生、一人で家に引きこもって暮らすのか。
脅されすかされ、時には泣き落としのような手紙が引きも切らずに届くので、最近はすっかり辟易している。
母親の言うことが一理ある。
いくらシャナラに気に入られているとはいえ……いや、だからこそマーリカを初め、年配の侍女たちのルルタを見る視線は厳しい。
シャナラはルルタが何も言わなくとも状況を察して、何かと気を配ってくれる。
だが、シャナラがルルタのために何かすればするほど「特別扱いを受けている」と見られるため、出来ることはおのずと限られる。
下手をすれば、シャナラの立場も悪くなるかもしれない。




